10年前の漫画ですが、参考まで。桐花と魅月の8歳児コンビはこんな感じで大人をおちょくって行くスタイル。リューカはこういう人です。イタリア在住のルーマニア国籍。しかしてその正体は……。(この漫画描いた時点では、リューカはまだ単に容姿端麗年齢不詳性別不問なだけの普通の人という設定だったんですが)
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まったく。どいつもこいつも。
「父上。落ち着いて」
「そうよ。キジさん、そんな運転じゃ、幼稚園児とかお爺ちゃんとかシカとかツキノワグマを轢いちゃうわよ」
「シカとかクマだとこのミニバン潰れちゃうね」
「そうね。園児とか老人ならただ轢き殺すだけで済むけど」
8歳の幼女コンビの妙に冷静な会話のおかげで少しクールダウンできた。とりあえず車の速度を落とす。確かに山道を70キロでは咄嗟に飛び出して来たカモシカと正面衝突を免れない。
「で? リューカに後で拾うって言ったか?」
後部座席で連絡係りをやっている幼女コンビの片割れ、魅月に聞く。
「そのことだけど、鏡ちゃんが先に合流してから都ちゃんのとこに行こうって」
魅月はとても中年には太刀打ちできないスピードで、こちらの会話をライブでライン配信している。リューカと鏡祖母さまは、ここから40キロほど南西の林道を移動中だ。
「それじゃ、あの跳ねっ返りがバカやらかす前に捕まえられないだろう」
「今すぐ駆けつけたってどうせ間に合わないわよ」
「都ちゃん、その気になったらさっさと谷瀬の吊り橋からだってバンジー・ジャンプしちゃうに決まってるじゃん」
魅月が高さ54メートルの吊り橋の名前を上げるので、俺はクラクラして来た。
「咲(えみ)さんが、メイさんに事情を話せって」
桐花は俺のお袋、つまり自分の父方の祖母のことをファースト・ネームで呼ぶ。住吉の女性陣は基本ファースト・ネームで呼ぶのがルールなのだ。とにかく女ばかりで血縁がややこしいので、”お母さん”や”叔母さん”が乱立しているからだ。
「メイさんに? なぜ?」
「都ちゃん、多分、あっち側に下りてっちゃってるから、ザイルが必要なんだって」
「ザイル?」
俺には、住吉の巫女たちの会話はちんぷんかんぷんだ。去年の秋の大地震以来、桐花の直感力が急に強くなってしまった。お袋はもともとぶっ飛んでいたし、鏡祖母さまもぶっ飛んでいるが、どうも桐花もぶっ飛んでしまったらしい。
忌々しい。まったく。どいつもこいつも。
「あっち側ってどういうことだ」
「竜宮城ってことみたい。父上、都ちゃんの弓のお道具、積んで来てたよね?」
「あ? ああ」
会話の飛び方についていけない。
「今、この車に積んでる?」
「ああ」
後部座席の2人は、お袋やリューカとグループチャットで打ち合わせを進めているらしい。
「不動滝のオッチャン、繋がった!」
「父上、トンちゃんが落ち着けって言ってるよ」
「五月蝿いって返しとけ」
「わあ。中学校教諭がそんな言葉遣いでよろしいのかしら」
もう、かなり薄暗い。こんな時間に、こんな山道で、俺たちは都を捕まえられるのか? 何かと茶々を入れて気を紛らわしてくれる幼女コンビが一緒で良かった。俺ひとりだったら頭に血が上って、それこそ峠道を転げ落ちていたかもしれない。
「リューカ達、県道まで出て来たって。今、路線バスのバス停だって」
「三本杉、三本杉……あった! 父上、ここからもう15キロぐらい」
カーナビにバス停の名前を見つけた。すぐだ。
「桐、お前、大丈夫なのか?」
「何が?」
「何がって、今日は目眩したり耳鳴りしたりしないのか?」
「平気。鏡ちゃんももう大丈夫なはずだよ。都ちゃんがつないでくれたから」
「鏡祖母さまも? 都が?」
何のことやらさっぱりわからない。だが、はた、と思い当たった。
「都がもうあっちに降りてるから。だから、ということなのか?」
「そういうこと。だからもう、今更多少慌てても同じことよ、父上」
リューカ達が見えた。手を振っている。
「鏡ちゃん!」
「桐花!」
鏡祖母さまは、すっかり暮れ落ちた山里の道端で、文字通り輝いていた。金色の髪が普段より伸びてオレンジ色に揺らめいている。
「みっちゃん、リューカ、父上をお願いね」
「オーライ」
「ええよー。お気張りやす」「父上、じゃ、行って来ます」
桐花が鏡祖母さまに飛びついたと思うと、見る見る祖母さまの姿が変わった。いや、祖母さまの身体から、馬のような、シカのような、四足の獣の形をした焔が吹き出した。翼のように金色がかったオレンジの光をまとって夕闇を照らしている。桐花はその背中に座って、獣の首に抱きついた。そしてその獣の横に立つ、きさ祖母さま。
「リュウ坊、みっちゃん、頼んだよ。キジ坊を暴れさせないように」
「ラジャー」
「承りまして候」
「じゃ、行って来るよ」
「桐、気をつけて。鏡ちゃん、桐を頼みます。行ってらっしゃい」
きさ祖母さまは、自分の中に入っていた妖魔に手を振った。
俺の娘と俺の祖母の中味は、8歳の小学生女児と年齢不詳性別不明の美人とやっぱり年齢不詳な俺の祖母に俺の子守を任せて、夏の大三角形が輝く夜空にさっさと飛び去ってしまった。
まったく。俺を何だと思ってるんだ。どいつもこいつも。
「祖母さま、大丈夫か。鏡と別れるの、久しぶりだろ」
「祖母さまって呼ぶんじゃないよ」
どう見ても18、9の小娘、しかも今時のヤンキーだってそうそうやらないような完全な金髪にミリタリー・ジャケットを羽織ったギャルが俺をぎろっと睨み返す。
「いや。冗談じゃなく。ホントに平気か?」
「大丈夫。都があっちで繋いでくれてるからね」
桐花と同じことを言う。でも俺にはやっぱり、ちんぷんかんぷんだ。とりあえず、竜宮は巫女たちのエネルギー源でもあり、泣き所でもあるらしい。
都からの通話が途切れたGPS座標まで、車を飛ばした。リューカは地形図を見ながらナビをしていたが、急に大きな声を出した。
「キジさん、車! 車停めてください!」
「おお?」
急ブレーキを踏んで速度が落ち切らないうちに、リューカは車から飛び降りて夜道を走り出した。女性に見まごう柳腰の優男だとばかり思っていたので、その身のこなしと走る速度にびっくりしてしまった。
「魅月、お前、車から降りるなよッ」
「ラジャー」
「祖母さまッ。魅月と待っててくださいッ」
「はいはい」
慌ててリューカの走って行った方を追いかける。リューカが26,7のひょろひょろした男を捕まえて何か話していると思ったら、ちょうど俺が追いついた瞬間、リューカはその男に一発入れてノックアウトさせた。
「リューカッ。お前ッ」
リューカはえへへえっと照れた顔で笑って、オガタマを通した紐を上げて見せた。
「とりあえず、ドンちゃんさん、取り返しました」
「え」
「先にこうしとかんと、キジさんが一般市民殴ったらいろいろとあかんのでしょ」
「え」
「キジさん、チュウガッコーのせんせえやし、有段者やし」
「え」
「代理で一発かましといたさかい、これで堪忍してな」
桐花と鏡祖母さまが頼んでたのは、このことか。まったく。どいつもこいつも。
ひいひい泣き言を繰り返すあんちゃんを引きずって、山道を上がる。話を聞いているうちに殴りたくなったが、リューカに先を越されたので何とか我慢する。
「お前、俺たちが来なかったらどうするつもりだったんだ」
中川マサオと名乗った青年は、ひいひい言うだけではっきりした説明をしない。
「都が、お前の奥さん助けに降りたんだろう。それを見捨ててお前だけ逃げるつもりだったのか」
「でも」
さっきから、でもとかだってとか言い訳しかしない。ああ、殴りたい。
「殿。面目ない」
バンに積んであったポリタンクの水をかけると、どん兵衛は石から12,3ぐらいの男児の姿になった。
「しょうがない。あの鉄砲玉がその気になったら俺でも止められん」
「そうそう。都ちゃんがその気になったら、明石海峡大橋からでもバンジー・ジャンプしちゃうんだから」
魅月が高さ(路面高)65メートルの吊り橋を挙げるので、俺はまたクラクラして来た。
「で、ドンちゃん、今、元気なのね?」
「お気遣い痛み入る。お陰様でこの通り」
魅月はにっこりわらって両手を差し出した。
「じゃ、おんぶ」
8歳の幼女が12歳ぐらいの男児におんぶされているのは、荷が重そうに見える。魅月にはどん兵衛はもっと大きく見えているのだろうか。とにかく遠慮がない。
一方、きさ祖母さまの方はスタスタ石段を上がっている。外見は女子高生か女子大生だが肉体年齢80歳余なので気になってちらちら振り返るが、大丈夫かと聞くと年寄り扱いするなと殴られるに決まっているので言わないでおく。
「どん兵衛、お前、今、鏡とつながってるんだろ。鏡と桐は、先に都のところに飛んでるのか?」
「いえ。お2方は私たちの到着を待ちながら、高みから歪みの位置を調べているようです」
「歪み?」
「都が下りていくまで、”フリーズ”状態になってズレたまま止まっていた場所が、一気に崩れるかも、とおっしゃってます」
「フリーズ?」
「”よりによってこんな場所に”、とか、”よりによって都が”とか、おっしゃってますね」
どん兵衛は、たいして重そうでもなく魅月を担いで、かなり険しい山道の石段をひょいひょい上がっていく。元気になったというのは本当らしい。それにしても、話の内容がわからない。俺が運転している間、ラインでお袋たちと相談していたリューカが要約して説明してくれる。
「つまり、このお兄さんは、爆弾持ってはる人をわざわざ爆風の破壊力が最高になる場所に連れて来はって、そこへ都ちゃんが行って起爆装置を起動させてしもた、いうとこですかね」
「爆弾って何だ」
「このお兄さんの赤さん。嵐だの地震だの呼べるそうやないですか」
「都も嵐だの地震だの呼べるぞ」
魅月が鼻歌が混じり兼ねないほどの気楽な声で結論を述べた。
「要するに、自分も爆弾背負った処理班が、ガラス張りの高層ビルの天辺に別の爆弾片付けに行ってる感じね。ビルの中も外も人がいっぱいで、爆発したら地下まで爆風抜けてガラスが雨あられと降る、みたいな」
「しかも、そのビルが倒壊したらドミノ倒しみたいに周りのビルも次々崩壊する、みたいな感じですな。ここ、活断層の真上で、去年ズレた現場ですから現在、歪みMAXです」
リューカがニコニコ付け加える。
「爆弾赤ちゃんを、爆弾背負った都ちゃんが泣かさずに起こせたらオッケー」
「赤ん坊は泣くものですからねえ」
魅月を背負ったどん兵衛がため息をつく。
「うわあああああああ」
リューカに引きずられていた中川が泣き出した。
「やっぱりダメだ。あの人達の言う通りなんだ。澪が世界を破滅させる。澪を引き渡せば良かった。そしたら世界を救えたのに」
もうダメだ。もう我慢できない。俺のどこかで何かがブチッと音を立てて切れた。
「あーあ」
「あーあ」
魅月とリューカが声をそろえる。俺は両膝ついて地面に倒れ込んで泣き始めた中川を引きずり起こして吊るした。
「おい」
「あああああ」
「おい。その、”あの人たち”って何や」
「ああああああああ」
「いいから、答えっ」
「白っ。白いっ。変な服来た人が来たんですっ。澪の病室にっ」
「白い服やとお?」
「白水竜神教会とか言って。すごく怖くて、怪しくて、それで僕、澪を連れて逃げたんですっ」
「白水竜神教会いいい?」
「怪しいでしょ。絶対信じないでしょっ。変な新興宗教ですよ。でも世界を救うとか言って。このままだと天災が来て、世界が破滅するとか言って」
中川はパニック状態で泣き喚いている。
「でもあなた達も同じでしょ。同じこと言ってる。澪が雷とか地震を起こすんだ。僕には手に負えない。澪を渡せば良かった。このままじゃ日本が沈没だ」
俺の中でいくつめかの回路が切れた。
「同じだと。俺たちをあんな変な宗教と一緒にするな」
「キジさん、神社って宗教じゃないの」
魅月が指摘する。
「あんな誇大妄想と一緒にするな。うちは世界なんかどうでもいい。俺は、俺の家族さえ無事ならそれでいいんだ」
俺はきっぱり言った。
「中川、お前、世界のためにカミさんも赤ん坊も見捨てんのか。世界を救うため、言われたら赤ん坊殺すんか。そんなん、悔しくないんか」
「悔しい?」
中川がぽかんと口を開けた。
「迷惑だから死ね、言われたらお前死ぬんか? 雑草かて、害虫かて、生まれる権利あるやろ。生きてていいやろ」
キレて大声出しているうちに自分でもわからなくなって来ていたが、ふいに納得した。
そうや。おれの祖母さまもお袋も魔女やし、兄貴は宇宙人や。嫁は人柱で娘は魔法少女だ。ケッタイではた迷惑かもしらんが、だから何や。
お袋は兄貴をあきらめなかった。希さんは都を守った。サクヤはトン介を守ってる。桐花も魅月も戦ってる。
「俺は俺の家族を守る。お前も腹をくくれ。父親なんやろ」
俺に襟首離されて、再び地面に両膝をついた中川は、また泣き出した。その横にきさ祖母さまが自分も膝をついた。
「なあ。中川さん。私もな。その澪さんと同じ。赤ん坊産む直前まで、普通に黒い髪で普通のコォやったんです」
中川は隣に座ったどうみても10代の女性を見上げてキョトンとした。
「昔の話です。長男は普通に生まれたんだけど、次男を産む時にね、陣痛始まったら見る見る髪がこうなって」
難産で、きさ祖母さまは昏睡状態。新さんは生まれた時、髪が真っ白だったそうだ。白い髪は一週間ぐらいで抜けて黒い髪が生えて来た。泣いても地面が揺れなかったので、周囲は胸をなで下ろした。でも祖母さまは眠り続けた。年も取らず、こんこんと60年近く眠っていた。桐花が生まれたのと前後して、目を覚まし、住吉のご神宝の鏡に住む妖魔を身のうちに飼うようになった。どういう経緯でどういうメカニズムなのか、俺にはよくわからない。
問題は、大叔父の道照が眠っているきさ祖母さまを欲しがったことである。
中川と澪さんを追い詰めた白水竜神教会という団体は、道照が始めた宗教法人で、政財界のえらい人々を占ったり、ライバルを呪ったりして富を蓄えているらしい。名前を変えながら1000年以上前から活動している集団で、道照が亡くなった後は南部の叔父叔母従兄弟の誰かが引き継いでいる。とにかく広告塔になる霊能者が欲しいものだから、きさ祖母さまや鷹兄ィは絶好のターゲットだ。お袋が西に逃げて来て鷹兄ィを育てたのも、都が弓道の大きな大会や昇段試験をあきらめたのも、一重に奴らに目をつけられたくないからだ。親父と仁史兄ィはごく普通の人間なので、のらりくらり交わしてはこちらに情報を流してくれる。お袋が時々関東に戻ってはホタルを駆使して調べたところ、今のところ教会にはろくな能力者がいないらしい。だから安全とも言えるが、だからこそ狙われるとも言える。
南部本家も、住吉の姫の伝説は把握しているので、神社には手を出して来ないのだ。寝た子を起こして日本が沈没でもすれば、富も権力も紙くず同然になる。
「義兄が眠っている私の身体をどういう風に使いたかったのかは、今となってはわかりませんけどね。催眠術か何かで都合のいいことをしゃべらせるとか、あるいは単に信者に見せて”生き神様”とか呼んで祀らせるとか。実際、戦前はそういう人がいたそうです」
「人柱ってのもある」
俺はむすっと付け加えた。
「人柱!」
「昔の話じゃない。現代でもな、人間が何を信じて何を怖がるかなんて、理屈じゃないんだ。俺たちの血筋はな、”竜神に気に入られた”女子供が時々現れる。橋の下に埋めれば洪水が来ない、なんて言い出すバカな奴もいる」
「人柱……」
中川の顔が真っ白になった。
「災害を防いでたくさんの人を救うためだ、と言われたらどうします?」
祖母さまは、中川の顔をのぞき込んだ。
「都ちゃんもね、あなたの赤ちゃんと同じです。どう思います? 災害を防ぐために、生まれなかった方が良かった? それとも人柱に?」
「都はな、迷わずお前のとこに行ったぞ。ひとりで。お前のカミさんと赤ん坊を助けるつもりだ。お前はどうする?」
中川は、ぐしゃぐしゃの顔のまま、立ち上がってふらふらと石段を上がり始めた。その行く手の尾根が眩く青く輝いていた。
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