管制室でモニターを見ながら話し合ってすぐにわかってしまった。ここは地球じゃない。木星と火星の間。小惑星帯と呼ばれる地域にある小惑星のひとつらしい。彼らは自分の星をダンと呼んでいる。近隣の2つの小惑星、ハラ、ハクナとの間で国交があるらしい。小惑星帯の中の星から空を見上げると、空を埋めるようにいびつな形の小惑星が浮かんで見えるのかと思っていた。まったくそんなことはなく、地球から見る月以上の大きさに見える天体はなかった。意外だ。
私が太陽系第三惑星から来たと言っても、管制室の面々はそれほど驚かなかった。ある程度予測していたらしい。でもオリに似た人から、ミギワに会えと言われたことを告げると、ざわついた。私の世界とオリの世界はどのように結びついているのだろう。
この星から最も近い居住可能な惑星は地球だ。何度か地球に調査船を送ったが、一隻も戻らないどころか、無事に着いたという送信さえ返って来ない。調査船には星読みと風読みだけが乗せられたので、征服者達は一種のサボタージュだと判断したのかもしれない。移住先の候補として地球を避けるようになった。外宇宙の候補惑星の座標を登録して、都市が丸ごと入るような大型移住船が次々出航した。各船に予知を託宣するための星読みの司と、奴隷としての風読みが少数乗せられたが、移住者
の枠は征服者の上級市民で埋められた。星読みの独裁者達もすでに去った。この星に残っているのは見捨てられた被差別民と、治安維持軍ばかりだから、今更戦闘の必要もないはずなのに、何かと理由を見つけては空爆が続いているらしい。ミギワ達は、何とか残された人間と地球へ逃亡したいと、日々画策しているのだ。
驚くべきことに、彼らの科学技術では船で航行する以外に、人を星に送る手段があった。人や物体をエネルギー化して送信し、目的座標で再物質化する方法だ。大型の空母のような移民船の場合、航行中よりも離着陸の事故が多い。船を衛星軌道上に待機させて、乗客や荷物を地上に転送するために開発された装置らしい。送信できる情報の処理量が制限要因になるため、一度に送れる人数に限りがある。しかし研究が進んで、次第に遠い地点へ転送出来るようになった。また、目的座標には場所だけでなく、時間の項も含まれる。つまり、過去や未来へ旅行することも可能なのだ。
「いつの時代のどこの土地が一番安全と思う?」
問われてつくづく悲しくなってしまった。有史以来、地球上で争いのない地などあっただろうか。大国間の大戦がなくとも、内戦はどの土地でどの時代にもある。戦はなくとも、着の身着のままの難民を受け入れる土地がどのくらいあるだろう。
私は地理と歴史の知識を総動員して、各時代の地球の様子をできるだけ説明した。責任重大だ。さっき見た教室の子供たち。あの子達が送られた先で飢えたり、病気になったり、迫害されたりしたらどうしよう。地球人も異能に寛容ではない。外見のちょっとした違いで差別が起こる。同じ時代の同じ地域に送られたとしても、誰と出会ったかによって運命は大きく変わるだろう。この星の状況を聞いた時はなんて酷い、と思ったけれども、地球だって同じぐらい過酷だ。
「ミヤコ、ありがとう。この上なく有益な情報だ。今、この時に君がここに来てくれたことを、天に感謝するよ」
ミギワが消耗した顔で言った。
「いいえ」
私は答えながら、涙が出そうになった。いけない。感情を抑えないと、雷が落ちる。
「いいえ。私、何も出来なくて。ごめんなさい。私にもっと力があれば」
「それは、ここに残った大人、みんなが感じていることよ」
ミルテの言葉にハッとした。そうだ。こんな自己憐憫、子供たちのために何の役にも立たない。
「でもミヤコはここに来てくれた。遠い星から。時間を超えて。こんな絶望的な状況にいる俺たちを助けに来てくれた。ありがとう。うれしいよ」
オリが私の手をきゅっと握って、言ってくれた。あ、触れちゃいけないって言われたのに。でもその気持ちがうれしかった。思わず私もオリの手を握り返した。その瞬間、ぱたたっと涙が溢れてしまった。
わかってしまった。彼は鷹ちゃんだ。この見捨てられた星から、地球に来てくれるんだ。私の話したいろんな時代のいろんな国の中から、日本の、私のいる時代を選んでくれたんだ。どういう状況かわからないけど、咲さんと満さんの子供になって、住吉に来てくれた。私、未来のオリを知ってる。
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