白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

STOP! 桜さん! (その6)

2024年10月07日 22時53分36秒 | 星の杜観察日記
 輸入雑貨のお店で一目惚れして、お年玉貯金を一部崩して買った木苺模様の白磁のティーセットがあった。トランクのような形のバスケットの内側に、赤と白のギンガムチェックの布が貼られていて、5組のティーカップ、ソーサー、銀のスプーンとティーポット。買ったものの、今まで出番がなかった。
 ドイツパン屋さんで買って来たバタークッキーを白磁のボウルに盛り付けて。桂清水を電気ケトルで沸かして、ティーポットを温めて。茶葉は輸入食品の店で見つけた可愛い缶入りの、ストロベリーティー。甘酸っぱい香りが丹生神社の社殿に満ちた。拝殿の奥で見つけた使ってない白木の台に、木苺模様のティーカップとソーサーを並べて、紅茶を注いだ。
 やっと先生と碧ちゃんも一緒にお茶会が出来て、私は満足だった。2人は断れない立場で、強要されてて、緊張していて、ちょっと可哀想だったけれども。残念ながら、バタークッキーは私以外食べられないようだった。鏡ちゃんに聞いたら、『食べようと思ったら食べられるが、私が食べた後のお供え下がりは、だいぶ味気ないものになるぞ』とのことだった。紅茶はみんなと一緒に味わえた。楽しい。私はずっとこんな風に、友人を招いてお茶会をしてみたかった気がする。夢がひとつ叶った。

「あの。姉がまだ、お2人と会う準備が出来てないって、どういうことなんでしょう」
 私の質問に、お姫様は綺麗な細い眉をちょっと顰めて、優雅な仕草でティーカップをソーサーに戻した。
「あんまりティータイム向けな話題じゃないな」
「ごっ、ごめんなさいっ」
「いいさ。ずっと気になってたんだろう。どう言ったらいいかな」
 お姫様と黒曜は、顔を見合わせた。黒曜は、両手を口の前で組んで、言葉を選んでいるようだった。そんな仕草もとても洗練されていて綺麗だった。
「わかりやすい言葉で言えば、つまりトラウマだな。葵、お前も紫も傷ついていた。その傷のせいで魂が損なわれてしまった。お前たちは今少しずつ、傷を癒やしながら成長しているところなのだ。だから時間が要る」
「どうだ。こうして我らと茶を飲むのも、少しは足しになるだろう?」
 お姫様はハンサムな微笑でニヤニヤした。
「紫の場合は、あれだ。今の言葉でアニマル・セラピーなぞと言うんだろう?」
「あっ。ブランカ! あの、つまりブランカもあなた方の仲間なの? 神様の犬なの?」
「正直言うと、私も彼の正体はよく知らないのだ。あいつは大陸の方の森が荒らされて、この島に流れて来たからルーツが違う。でも我々と長い付き合いだ」
「なっ、長いってっ、ひゃ、100年ぐらい?」
「うーん、どのくらいになるかな?」
「1000年は経つだろう」
「あの子の叔父君の方が少し先に来たのではなかったか?」
「そうか? 狩場明神に使われた時は黒白セットだったのだろう?」
 どうやらうちの御祭神のお2人は、空海とも顔見知りらしい。すごい。
「あの、そんな1000年も生きてる犬さんて、あの、大丈夫なんでしょうか、姉のことお任せして」
「心配ない。奴は信頼できる男だ」
「あの子はいい子だから大丈夫だよ」
 いい犬さんかもしれないが、そんな犬さんに紫ちゃんが恋しちゃったら、どうしたらいいんだろう。紫ちゃんが失恋してまた傷つくことになるんじゃないだろうか。
「あの、それで、私と姉のトラウマって」
「うん。葵は紫のことを一生懸命守っていたね。イヤな大人に襲われ、攫われそうになってショックだっただろう」
「我々がもう少し早く気がついて、助けてやれれば良かった。しまなかった」
「いえ。そんな……」
 忘れてしまいたかったことを思い出した。身体が震え出した。あの無力感。嫌悪感。恐怖。必死で叫び声を上げた。幸い、誘拐犯の車が故障して動かなかった。紫ちゃんを車に引っ張り込もうとした男と、私を引き離そうと後ろから掴んで来た男は、雷に打たれたように身体が痺れて茫然自失状態になり、周囲の異変に気づいてくれた大人にあっさり取り押さえられ、逮捕された。
「あの時……お2人が助けてくださったんですね? ありがとうございます」
「いや。怖い目に遭わせてしまって、可哀想だった。それに紫はその後も苦しむことになった」
「紫ちゃんが……?」
「そうなんだろう? 先生?」
 先生は苦しそうに顔を歪めた。
「紫を家から離すよう桜に勧めたのは私なのだ。紫は学校や近所で……酷い噂に苦しめられていて」
「何それ。私、知らないわ。先生、どういうこと?」
「お2人の力で誘拐は未遂で防がれたのに、中途半端に事件のことを聞きかじった者が、紫が男2人に襲われた。つまり純血を奪われた、と噂を拡めたのだ」
「何それ……」
 怒りで目眩がした。なんて醜悪な。なんて悪意に満ちた中傷だろう。紫ちゃんが、そんな目に遭ってたなんて。何で言ってくれなかったの。
「誰が噂の元かわからず、それに広まってしまった噂は消せない。どんなに否定しても、人が悪い方に想像するのは止められない」
「そんな……」
「織居の家は、この地域では名家だ。そこの令嬢が襲われた。ドラマチックな事件が身近に起きた。人々のいい娯楽として消費されてしまったのだ」
「何それ……何それ……何なの」
「葵ちゃん」
 碧ちゃんが、私の横に来て、手を握ってくれた。先生がどこから見つけて来たのか、ふんわりしたバスタオルで私の頭をくるんでくれた。
 何それ、何なの、そんなの許せない、理解できない、そんな噂流して何が楽しいの。
 バスタオルの中で私はぐしゃぐしゃに泣いてしまった。黒曜が、バスタオルごと私を抱っこして、よしよし、と優しく撫でてくれた。
 悲しいのは私じゃない。悲しかったのは紫ちゃんだ。私、何も知らなかった。私、紫ちゃんを守れなかった。翠のことも守れなかった。私、なんて役立たずなんだろう。私、なんでこんなに何も出来ないんだろう。でもこんな風に自分を憐れんでも、何の役にも立たない。悔しい。力が欲しい。みんなを守れるぐらい、強くなりたい。
「よしよし。葵は優しい、いい子だね」
「時間が要るんだよ。葵。お前には力がある。でもトラウマのせいで、その力が発揮出来なかったのだ。今、こうして私や黒曜と話せるようになった。お前はこれからもっと、いろんなことが出来るようになる」
「……本当?」
「本当だ。御祭神の言うことを信じなさい。信じれば本当になる」
「……じゃあ、信じる」
「よしよし。いい子だね。たくさん泣いて疲れただろう。でも泣くのも必要なことだ。膿を出さないと傷は良くならない。こうして少しずつ、強くなっていけばいいんだよ」
「……うん」
 私はぐしゃぐしゃな顔のまま、バスタオルから少し顔を出して、何とか少し笑ってみた。
「お茶が冷めてしまったな」
 お姫様にチロリと流し目を送られて、先生が電気ケトルをセットした。
「お茶を淹れ直しましょう」
「よしよし。良い眷属だ」
 お姫様がわざとイジワルそうにニタリと笑ったので、私も笑ってしまった。泣き過ぎて、まだ頭がちょっとグラグラするが、もう大丈夫だ。私、強くならなきゃ。みんなを守れるくらい。



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