エクルーはエクルーで、アズアに呼び出された。
となりに潜り込んできたサクヤに眠りを妨げられて、そっとベッドを抜け出していつものように外で月を見ていた。そこへ青いビジョンに呼ばれたので、108コめの泉に飛ぶと、泉のほとりでアズアが待っていた。
「わざわざすまないな。毎日みたいにサクヤと青谷に来てるくせに、なかなか話す機会がないもんでね」
「サクヤやフレイヤと話してるとこをジャマしたくなくてさ」
「本当にそんな理由で私をさけてるのか?」アズアがにやにやした。
「わかったよ。サクヤをたぶらかしてる俺としては、サクヤのパパに会いにくかったんだ。これで満足?」
「正直でけっこうだ。実は君に頼みがあって来てもらった。こっちから出向けないので、ご足労願ったわけだ」
「アズア。ひとつ聞いていいか?」
アズアは微笑んだまま答えない。
「あんた、いつかそこから出てくるのか? 出てくる気はあるのか?」
「まだ約束はできないな。チャンスを待ってるんだ。今しばらくはここに潜伏して、力を温存しておこうと思う。本当に必要とされるまで。……私に出て来て欲しいかね?」
「サクヤにはまだ父親が必要なんだよ。未だに家に1人残されるとパニックを起こす。8歳からずっとだ。俺だけじゃダメなんだよ。父親と恋人の役を同時にこなすのは大変なんだ。追いつめてしまうのを怖がっていると、ずうずうしく迫れない」
「だから未だに手を出せないでいるのか」
エクルーはため息をついた。
「覚悟はしてたけど、うちの寝室の会話もつつ抜けってわけだな」
「サクヤを大事に思ってくれるのは有り難いが、出来れば春祭りまでにあの子をモノにしておいてもらいたい」
エクルーは口をあんぐり開けた。
「今、あの子の精神状態はかなり危ない。まあ、私のせいでもあるんだが。何かしっかりしたつかまれるものが必要なんだ」
「俺がモノにすると、それがつかまれるものになると?」
「好きな人と結ばれると、女のコはものすごく落ち着くものだろう?」
「なんでそんなに慌てなきゃいけないんだ? それでなくてもあのコはずっと背伸びして生き急いでるのに。あんた自分の娘がいくつかわかってるのか? 14には14しかできないこともあるじゃないか。自分を確立するのに思い悩むのだって、必要な時間だろう?」
「それはそうなんだが、あんまり悠長なことも言ってられなくなってね」
エクルーはしばらく黙ってアズアを見つめていた。
「春祭りに何が起こるのか、聞いてもどうせ教えてくれないんだろう?」
「申し訳ないがね」アズアが肩をすくめた。
「じゃあ、俺も必ずモノにすると約束できない。俺ひとり気張ってどうこうなるものじゃないし、無理強いしてサクヤを傷つけたくない」
「それでいい。ただ私のワガママを気に留めておいてくれればそれでいい」
エクルーはドームに戻ると、このところ寝室代わりにしているサンルームに向かった。以前は、ハンガーに置いた船で寝ていたのだが、夜中にサクヤが冷たいハンガーを横切って船に忍んでくるので根負けしたのだ。
サクヤは自分の使っている寝室にもうひとつベッドを入れればいい、と主張したが却下した。
「もう9歳の時とちがう。君はカギのかかる個室が必要だ。イヤな時は俺を閉め出せるように」
「イヤになったりしない。いつも待ってるのに、エクルーから来てくれたことないじゃない」
「いったい何の話をしてるんだ?」
近頃、サクヤと会話するといつも混乱してしまう。俺は悩むのは性に合わないんだ。なのに、あのオヤジは…・・・。人の気も知らないで。
いくら何でももう寝てると思ったのに、サクヤはベッドの上に身体を起こして毛布をかぶっていた。大きく見開いた目がエクルーを見つけてうるんでいる。
「起きてたのか。いつもお散歩だよ。ちょっと寝付きが悪いだけだ」
サクヤは何も言わずに、じっとエクルーを見上げている。
「俺が君をおいてどこかに1人で行くわけないだろ? 大学までついてゆく婚約者なんてフツーいないぜ?」
サクヤはだまって身体の向きを変えると、痛々しいほど細くて白い裸体が、居持ちの月の光を浴びて輝いている。
うつむいて胸に抱いた毛布にすがるように、身体を小さくふるわせている。
エクルーがベッドの上をいざって少し近づくと、びくっとした。
「そんなに震えないでよ。俺が悪いヤツみたいじゃん」
そう言って、サクヤの身体にふわっとキルトをかけた。サクヤはキルトをかき合わせながら、ますます身体を震わせて、とうとう泣き出した。
「ダメなんだ。やっぱり私じゃだめなんだ。もう私、これ以上あげられるものがないのに。どうしたらいいかわからない」
「どうしてそう、自分を過小評価するかな」
そうつぶやいて、くるりと身体の向きを変えると、自分の背中をサクヤの背中にもたせかけた。
キルト越しにお互いの体温を感じられる。
「あんまり追いつめないでよ。俺のことも自分のことも。君がどう思ってるか知らないけど、俺だって女のコとまじめにつき合うの初めてなんだからさ。こう、何というかプロセスを楽しんでるんだよ。あわてて省略しないでくれ。君が俺のとなりで安心してくれて、笑ってくれるだけでバカみたいに幸せになれるんだから。君が知らないだけで、俺はいろんなものを君にもらってるんだ。信じる?」
サクヤはだまってエクルーの言葉を聞いている。
「それと君はひとつ間違ってる。俺は女の子の服を脱がすのが好きなんだ。口説いて、一枚ずつ攻略するのがね。だから俺をその気にさせたかったら、思いっきり手間がかかりそうな服を着て寝といてくれ。例えば、背中にずらっと20コくらいボタンがついてるとか」
「そんなの、ゴロゴロして寝にくいじゃない」
サクヤが鼻声でやっと口を開いたので、エクルーがほっとして笑った。身体の向きを変えて、サクヤの顔をのぞき込む。
「何言ってんの。ああいうのは着て寝るためじゃなくて、脱いで寝るためのものなんだよ。脱いだら、ボタンなんか関係ない」
サクヤが赤くなったので、エクルーはからかった。
「自分はヌードのくせに、今更何を赤くなってるのさ。俺はリビングで待ってるから、ちゃんと服着ておいで。精一杯、手のかかりそうなヤツ」
サクヤがおずおずとリビングに入っていくと、エクルーが台所で夜食を作っていた。
「甘い匂い。何?」
「スフレだ。それとウイグルの甘いお茶。こういう時、ホットミルクを出すと、君は怒るからな。子供扱いだと言って」
「だって、何だかごまかされている気がするんだもの」
「わかってないなあ」
エクルーがお茶とスフレのトレイを持って来た。
「女のコに甘いもの食べさせて安心させるのは、攻略の第一歩じゃん。サクヤがもったいながって、小さなスプーンでちまちまデザートを食べてるとこ見ると、俺はかなりそそられる」
サクヤはまた真っ赤になった。
「そんなこと言われると、どうやってスフレを食べていいかわからないわ」
エクルーはにやにやした。
「思いっきり扇情的に食べて、俺をユーワクしてよ」
サクヤがきっとにらんだ。
「また、からかってるでしょう」
「本気、本気。食べたらだっこしてベッドに運んであげるから。クマは温室にいるし。君はたまたま白いネマキを着てる。順番にちゃんとしよう?」
もうサクヤはスフレの味がわからなかった。
「エクルーはスフレ食べないの?」小さい声で聞いた。
「君からもらうからいい」
サクヤは何も考えずに、ひとさじエクルーに差し出した。
エクルーはぱくっとスプーンをくわえて、ぺろりとくちびるをなめた。
どうして今日はエクルーのくちびるが、こんなに柔らかそうなのかしら。
「こういうのもいいね。でも俺が考えてたのはこっち」
サクヤの肩を抱き寄せると、ふわっとキスをした。
バニラの香り。お茶の甘い香り。スフレより甘いキス。
「おいしいだろ?」
サクヤはうなずいた。
「もうひとくちちょうだい」
「どっちのスフレ?」
「どっちも」
エクルーが留守にしていた時からずっと緊張していたので、スフレを食べ終えてエクルーに抱っこされた時には安心して眠ってしまった。
エクルーはほっとしてため息をついた。
「パパのリクエストに答えるのは、もうちょっと先になりそうだな」
サクヤをベッドに入れて、その寝顔を見ながらエクルーは月の光を浴びていた。
春祭りに何があるんだろう。サクヤはかなり光のイドラまで見通してた。ばらばらに夢が降ってくるので時系列がはっきりしないが、グレンやイリスの名が現れてつなぎ合わすことのできた1番遠い未来は多分100年ぐらい先。その時、イドラが緑に包まれていたので、何となく安心して”大崩壊”以後のヴィジョンを真剣に険討していなかった。すい星は確かに近くを通過する。星も降ってくる。でも被害は防げるはずだ。今までのように。20年前にくらべてメテオシスラムの精度が上がっている。何か予知に誤差があるのか? サクヤはよく未来は不確定だと言ってた。”いつも、うれしい裏切りを待ってる”と言ってた。今度はどんな裏切りが待っているだろう。
となりに潜り込んできたサクヤに眠りを妨げられて、そっとベッドを抜け出していつものように外で月を見ていた。そこへ青いビジョンに呼ばれたので、108コめの泉に飛ぶと、泉のほとりでアズアが待っていた。
「わざわざすまないな。毎日みたいにサクヤと青谷に来てるくせに、なかなか話す機会がないもんでね」
「サクヤやフレイヤと話してるとこをジャマしたくなくてさ」
「本当にそんな理由で私をさけてるのか?」アズアがにやにやした。
「わかったよ。サクヤをたぶらかしてる俺としては、サクヤのパパに会いにくかったんだ。これで満足?」
「正直でけっこうだ。実は君に頼みがあって来てもらった。こっちから出向けないので、ご足労願ったわけだ」
「アズア。ひとつ聞いていいか?」
アズアは微笑んだまま答えない。
「あんた、いつかそこから出てくるのか? 出てくる気はあるのか?」
「まだ約束はできないな。チャンスを待ってるんだ。今しばらくはここに潜伏して、力を温存しておこうと思う。本当に必要とされるまで。……私に出て来て欲しいかね?」
「サクヤにはまだ父親が必要なんだよ。未だに家に1人残されるとパニックを起こす。8歳からずっとだ。俺だけじゃダメなんだよ。父親と恋人の役を同時にこなすのは大変なんだ。追いつめてしまうのを怖がっていると、ずうずうしく迫れない」
「だから未だに手を出せないでいるのか」
エクルーはため息をついた。
「覚悟はしてたけど、うちの寝室の会話もつつ抜けってわけだな」
「サクヤを大事に思ってくれるのは有り難いが、出来れば春祭りまでにあの子をモノにしておいてもらいたい」
エクルーは口をあんぐり開けた。
「今、あの子の精神状態はかなり危ない。まあ、私のせいでもあるんだが。何かしっかりしたつかまれるものが必要なんだ」
「俺がモノにすると、それがつかまれるものになると?」
「好きな人と結ばれると、女のコはものすごく落ち着くものだろう?」
「なんでそんなに慌てなきゃいけないんだ? それでなくてもあのコはずっと背伸びして生き急いでるのに。あんた自分の娘がいくつかわかってるのか? 14には14しかできないこともあるじゃないか。自分を確立するのに思い悩むのだって、必要な時間だろう?」
「それはそうなんだが、あんまり悠長なことも言ってられなくなってね」
エクルーはしばらく黙ってアズアを見つめていた。
「春祭りに何が起こるのか、聞いてもどうせ教えてくれないんだろう?」
「申し訳ないがね」アズアが肩をすくめた。
「じゃあ、俺も必ずモノにすると約束できない。俺ひとり気張ってどうこうなるものじゃないし、無理強いしてサクヤを傷つけたくない」
「それでいい。ただ私のワガママを気に留めておいてくれればそれでいい」
エクルーはドームに戻ると、このところ寝室代わりにしているサンルームに向かった。以前は、ハンガーに置いた船で寝ていたのだが、夜中にサクヤが冷たいハンガーを横切って船に忍んでくるので根負けしたのだ。
サクヤは自分の使っている寝室にもうひとつベッドを入れればいい、と主張したが却下した。
「もう9歳の時とちがう。君はカギのかかる個室が必要だ。イヤな時は俺を閉め出せるように」
「イヤになったりしない。いつも待ってるのに、エクルーから来てくれたことないじゃない」
「いったい何の話をしてるんだ?」
近頃、サクヤと会話するといつも混乱してしまう。俺は悩むのは性に合わないんだ。なのに、あのオヤジは…・・・。人の気も知らないで。
いくら何でももう寝てると思ったのに、サクヤはベッドの上に身体を起こして毛布をかぶっていた。大きく見開いた目がエクルーを見つけてうるんでいる。
「起きてたのか。いつもお散歩だよ。ちょっと寝付きが悪いだけだ」
サクヤは何も言わずに、じっとエクルーを見上げている。
「俺が君をおいてどこかに1人で行くわけないだろ? 大学までついてゆく婚約者なんてフツーいないぜ?」
サクヤはだまって身体の向きを変えると、痛々しいほど細くて白い裸体が、居持ちの月の光を浴びて輝いている。
うつむいて胸に抱いた毛布にすがるように、身体を小さくふるわせている。
エクルーがベッドの上をいざって少し近づくと、びくっとした。
「そんなに震えないでよ。俺が悪いヤツみたいじゃん」
そう言って、サクヤの身体にふわっとキルトをかけた。サクヤはキルトをかき合わせながら、ますます身体を震わせて、とうとう泣き出した。
「ダメなんだ。やっぱり私じゃだめなんだ。もう私、これ以上あげられるものがないのに。どうしたらいいかわからない」
「どうしてそう、自分を過小評価するかな」
そうつぶやいて、くるりと身体の向きを変えると、自分の背中をサクヤの背中にもたせかけた。
キルト越しにお互いの体温を感じられる。
「あんまり追いつめないでよ。俺のことも自分のことも。君がどう思ってるか知らないけど、俺だって女のコとまじめにつき合うの初めてなんだからさ。こう、何というかプロセスを楽しんでるんだよ。あわてて省略しないでくれ。君が俺のとなりで安心してくれて、笑ってくれるだけでバカみたいに幸せになれるんだから。君が知らないだけで、俺はいろんなものを君にもらってるんだ。信じる?」
サクヤはだまってエクルーの言葉を聞いている。
「それと君はひとつ間違ってる。俺は女の子の服を脱がすのが好きなんだ。口説いて、一枚ずつ攻略するのがね。だから俺をその気にさせたかったら、思いっきり手間がかかりそうな服を着て寝といてくれ。例えば、背中にずらっと20コくらいボタンがついてるとか」
「そんなの、ゴロゴロして寝にくいじゃない」
サクヤが鼻声でやっと口を開いたので、エクルーがほっとして笑った。身体の向きを変えて、サクヤの顔をのぞき込む。
「何言ってんの。ああいうのは着て寝るためじゃなくて、脱いで寝るためのものなんだよ。脱いだら、ボタンなんか関係ない」
サクヤが赤くなったので、エクルーはからかった。
「自分はヌードのくせに、今更何を赤くなってるのさ。俺はリビングで待ってるから、ちゃんと服着ておいで。精一杯、手のかかりそうなヤツ」
サクヤがおずおずとリビングに入っていくと、エクルーが台所で夜食を作っていた。
「甘い匂い。何?」
「スフレだ。それとウイグルの甘いお茶。こういう時、ホットミルクを出すと、君は怒るからな。子供扱いだと言って」
「だって、何だかごまかされている気がするんだもの」
「わかってないなあ」
エクルーがお茶とスフレのトレイを持って来た。
「女のコに甘いもの食べさせて安心させるのは、攻略の第一歩じゃん。サクヤがもったいながって、小さなスプーンでちまちまデザートを食べてるとこ見ると、俺はかなりそそられる」
サクヤはまた真っ赤になった。
「そんなこと言われると、どうやってスフレを食べていいかわからないわ」
エクルーはにやにやした。
「思いっきり扇情的に食べて、俺をユーワクしてよ」
サクヤがきっとにらんだ。
「また、からかってるでしょう」
「本気、本気。食べたらだっこしてベッドに運んであげるから。クマは温室にいるし。君はたまたま白いネマキを着てる。順番にちゃんとしよう?」
もうサクヤはスフレの味がわからなかった。
「エクルーはスフレ食べないの?」小さい声で聞いた。
「君からもらうからいい」
サクヤは何も考えずに、ひとさじエクルーに差し出した。
エクルーはぱくっとスプーンをくわえて、ぺろりとくちびるをなめた。
どうして今日はエクルーのくちびるが、こんなに柔らかそうなのかしら。
「こういうのもいいね。でも俺が考えてたのはこっち」
サクヤの肩を抱き寄せると、ふわっとキスをした。
バニラの香り。お茶の甘い香り。スフレより甘いキス。
「おいしいだろ?」
サクヤはうなずいた。
「もうひとくちちょうだい」
「どっちのスフレ?」
「どっちも」
エクルーが留守にしていた時からずっと緊張していたので、スフレを食べ終えてエクルーに抱っこされた時には安心して眠ってしまった。
エクルーはほっとしてため息をついた。
「パパのリクエストに答えるのは、もうちょっと先になりそうだな」
サクヤをベッドに入れて、その寝顔を見ながらエクルーは月の光を浴びていた。
春祭りに何があるんだろう。サクヤはかなり光のイドラまで見通してた。ばらばらに夢が降ってくるので時系列がはっきりしないが、グレンやイリスの名が現れてつなぎ合わすことのできた1番遠い未来は多分100年ぐらい先。その時、イドラが緑に包まれていたので、何となく安心して”大崩壊”以後のヴィジョンを真剣に険討していなかった。すい星は確かに近くを通過する。星も降ってくる。でも被害は防げるはずだ。今までのように。20年前にくらべてメテオシスラムの精度が上がっている。何か予知に誤差があるのか? サクヤはよく未来は不確定だと言ってた。”いつも、うれしい裏切りを待ってる”と言ってた。今度はどんな裏切りが待っているだろう。
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