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アルテイシアさんの『母親を殺した犯人はお前だ!』という記事を読んだ。日本の女性が晒されているルッキズム、エイジズム、セクシズムの呪い。呪いが母親を歪め、その歪みが娘を苦しめる。
『私は母に見た目を褒められたかったんじゃなく、愛されていると感じたかった』の行で泣いた。そうなんだよ。私も。
私は母から愛されてると実感したことがない。母は愛するとはえこひいきすることだと思っていて、私は常に最下位だった。今も連日、母はうちの3匹の猫のうちの一匹に『お前が一番いい猫』と話しかけていて、私はその度に少しずつ傷ついている。我が家は3人兄弟で、兄と弟は母に似て私だけが父似だと言われていた。兄と弟を誉める言葉は惜しまないのに、私は可愛いはもちろん優しいとすら言われたことがない。外見も性格も能力も、揶揄されたことしかない。”塾なんかやるお金ないよ”と言われてそれなりにがんばって兄と同じ進学校に合格したら、そのせいで『弟にプレッシャーがかかるから可哀想』と言われた。『成績なんかいくら良くても、そんなの人の善し悪しと何の関係もないんだからね』と何度も言われた。調子に乗るな、思い上がるな、と頭を押さえつけられて育ち、博士号を取っても申し訳ない、情けないとしか思えない。その資格が私の欠陥の証拠のように感じるのだ。
父への不満が、兄と弟にはポジティブに、私にはネガティブに投影されていたんだと思う。兄と弟は、母を父から救い出してくれる騎士か天使。私は父を取り合うライバル。私が父に可愛がられるせいで母が粗末に扱われると考えていた節がある。なぜなら父が亡くなった途端、母はケロッと私に”懐いた”からだ。散々文句言いながら父に守護されて、目覚まし時計の乾電池を交換したことも、駅で切符を買ったこともない人生を50年送り、今は私が母の騎士。もしくは小間使い。荷物を持ち、腕を取り、ドアを開け、何でも先回りして全て滞りなく、母が快適に暮らせるよう整えなくてはならない。
母は自分の姉のことが葬式にも出たくないと言うほどダイキライで、認知症で混乱すると私をその姉と混同し、近頃頻繁に私を"お姉ちゃん"と呼ぶ。解せない。
私は傷つきたくないので、昔も今も母と一緒になって兄と弟を絶賛する。母は私を貶めたいわけではなく、私を自分の延長部分だと思っていて、つまり母は自分自身がキライなんだと思う。子供を独立した自我として尊重しない点は兄も弟も平等なんだけど。
そんな母はもはや早逝した弟のことを時々思い出せないし、外で兄を見ても兄だと認識できない。私のことはダイキライなお姉ちゃんと同一視。なので今さら怒ったり傷ついたりしても詮ない話なのである。
で、冒頭の引用に戻るけど、母は揺るぎないルッキズムの人で、友人知人芸能人道行く人分け隔てなくブスだのデブだのバアサンだの切り捨てる。その刃が自分に返って来て、毎日鏡の前で嘆いているので、私は惜しみ無く綺麗、可愛い、その服似合ってると湯水のごとく誉めている。
思春期に傷ついた自分自身の鎮魂のために、母をバカブスグズと罵り続けた叔母の代わりに、毎日母を誉めている。
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