Be Natural

気取りも なんのてらいもなく  あるがままの自分を 感性の赴くままに そんな独りよがりの書き捨て日記です。

厳冬の日本海に魅せられて 

2016-03-23 18:28:14 | 旅行

 

 

今年も仕事に影響のない週末の1月24日

北陸に暴風雪&波浪警報出されたのを知り

矢も楯もたまらずに家を飛び出してしまいました

 

京都駅に着くと 

強風のためサンダーバードは運転を見合わせているとのアナウンスに

思わず『よし!』と心の中でガッツポーズを取り

胸を震わせながら敦賀行の湖西線快速に乗り込みました。

 

ところが、大津京を過ぎると1月末とは思えないような快晴

  

ようやく敦賀駅に到着して

”夜叉”で蛍が下りたホームをみても全く雪が見当たらず大ショック

 

このままでは、若狭方面に行ってもダメだろうな

かといって、サンダーバードもなくどうしようかと思案していたところ

名古屋からの”特急しらさぎ”がなんとか到着するとの情報が入り

それなら東尋坊に行こうと即決しました

 

福井駅に着いてみると

北陸線はほとんど運転を取りやめる状態

 

この状態で果たして東尋坊まで辿り着けるだろうか

電車がダメならレンタカーかなと 

ダメ元気分でえちぜん鉄道に向かってみました

強風は石川県内とのことで

運はまだ自分に味方してくれているんだなと、いつものようにいいように解釈して

えちぜん鉄道に乗り込みました

ところが、写真は撮っていませんでしたが

九頭竜川を過ぎた辺りから半端ない暴風となって

架線が波打って、パンタグラフが外れては幾度も停電を繰り返す状態でしたが

 

運転手さんも車掌さんも慣れた様子で

無事(?)終点の三国港駅に到着しました。

 

目の前の日本海から吹きすさぶ暴風に逆らうように

身体を前のめりにしながらほうほうの体でバス停に辿り着いてみると

船員殉職之碑があり、この日の天候から妙に納得させられました

 

 

ようやくのこと東尋坊に到着

 危険を感じて岩場に近づかない観光客を尻目に

ひとり岩場を這うようにして波打ち際までおり

びしょ濡れになりながらも身体が冷え切って震えが出るまで日本海を眺め

『これで大雪だったら文句なかったのになぁ。。。』

と、残念な気分ではありましたが

いつかリベンジに訪れようと、楽しみをとっとけるたのを喜んでもいました。(笑)

帰路は往路で確認しておいた荒磯遊歩道を歩くことにして

途中の温泉に立ち寄り

 

温泉と熱燗をあじわいながら

この日の日本海の情景をふりかえりながら

帰路につきました

とはいえ、実は福井駅に到着してみたところ

北陸線はまだ復旧しておらず、小一時間待っていたところ

臨時のサンダーバードが到着するとの情報を得て

強風で走れない湖西線を迂回して米原経由で帰りつくことができました

 

 いや~、今年の冬の日本海の旅も最高でした

 

 

さて、なんでこんなにも冬の荒れた日本海に執着しているのか

映画”夜叉”からの刷り込みもさることながら

実は私には こんな過去がありました。

 

////////////////////////////

 先日、映画「海峡」を観た。

青函トンネル開通までの話であったが
その昔、まだ船乗りをしていた頃のことを思い出した。

元々は、外航(海外航路)商船の船乗りであった私が、

若い頃、自らの意志によってキャリアーから離れ、

ポリネシアや東南アジアの国々で過ごし、

その後、結婚し子供が生まれ、

祖国に帰ってきて以前の上司の勧めで海とは全く関係のない

陸上のお役所仕事に就くこととなった。

 

慣れないながらも、新しい仕事に精一杯取り組んでいたものの

それまでの外地での浮世離れした暮らしとはあまりにかけ離れた

日本での逆カルチャーショックによって一般社会の生活に疲れ果て

幼い子供と妻を残し、止むなくまた海の生活に戻った。



ある日、太平洋から真冬の津軽海峡を抜け、日本海に向かう航海があった。



ほとんどの小型船が荒天との情報から津軽湾内に投錨して待機しているなか

わが船は予定通り秋田港に向かうこととなった。



真冬のことでもあり津軽海峡も当然荒れていたが

竜飛岬を越えたときの凄さは想像を絶するものだった。

それまでの船乗り人生の中でも、比較にならないほど小さなサイズの船でもあったため、

船橋にあって両手で計器を握り締め

体を支え足を踏ん張っていなければ操船ができないような状態であった。



アゲインスト(向かい風)の波浪を真正面から受け、

ジェットコースターなど比較にならないほどの上下動に耐えながら、

もはや針路を変えようにも、横波をうけ転覆した姿が脳裏をよぎり

ただただ暴風と三角波に正面から向かい、目的地までただ耐えるだけの深夜の航海であった。



横殴りの暴風雪の中、家に残してきた幼子と妻の顔が、暗闇の中に浮かび上がる。



当直交代時間になっても、もはや舵輪を託すことはできなかった。

『ごめん、すまなかった! もしかしたら、オレは、お前たちを残し、この海に散ってしまうかも』

つい、弱気になってしまった自分がいた。

///////////////


その後、船乗り生活から離れたものの

真冬に暴風雪・波浪警報が発令される度に

トラウマとなって否が応にも当時のことを思い出してしまうようです。

 


Comment    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 東日本大震災の被災地を訪ね... | TOP | ハンマーナイフ定期整備 【... »
最新の画像もっと見る

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

Recent Entries | 旅行