空と無と仮と

渡嘉敷島の集団自決 軍事オタクが読む不思議な証言②

なんじゃこりゃ?と思うとき

 前回に引き続き手榴弾についての証言を考察しますので、まずは引用文から掲示します。

 「私は二発、兄貴は二発だが、四発ともだめだった。取り扱い方があんまり。九十七式は後ろの安全栓を抜いて、ネジを締めなきゃいけないが、兄貴は軍人だからね、やったけどだめだった」

 要約するほど難しい文ではありませんので、特に説明することはなく簡単に理解できると思います。
 しかし手榴弾の性質をある程度理解していないと、この証言には非常に不可解な事柄があることに気付くことができません。

 単刀直入に申しますと「九十七式は後ろの安全栓を抜いて、ネジを締めなきゃいけないが」とありますが、九十七式手榴弾に「ネジを締めなきゃいけない」という操作手順がないのです。ネジを締める行為自体がないのです。

 では九十七式手榴弾の操作手順とはどういうものかといえば、操作手順を説明する文献の中から、あえて戦時中に内閣情報局から発行された、週刊誌「写真週報」に連載された「家庭軍事講座」第368号から引用いたします。
 ちなみに発行年月日は昭和20年4月25日なので、既に沖縄戦が開始された時期であり、この一カ月ほど前に渡嘉敷島で集団自決が起きた時期でもあります。
なお、読みやすいように常用漢字や現代仮名遣いに変換しております。

 「安全栓(安全ピン──引用者注)を抜き、頭部を堅いものに打ち付けると撃針が下の信管を突いて発火し、火導薬が燃焼し四~五秒ののち起爆筒に及んで爆裂する。
 信管頭を下にして信管噴気孔を左に向け、右手の親指で錫板の左側から、他の四指で右側からしっかりと弾体(本体──引用者注)を握る。この際、ガス噴出孔(信管の錫紙部)に注意しないと、手のひらを火傷する恐れがある。
 安全栓は左手でヒモをつまむかあるいは口にくわえて強く引いてこれをひき出す。栓を抜く時期は使用の直前で、あわてて栓を抜くことを忘れたり、早く抜いて危害をこうむったりしないよう注意する」

 文章のみだとイメージがわかないかもしれませんし、錫板(すずいた)や錫紙(すずがみ)等のあまりなじみのない文字が並んでいるので、そういった意味ではやや難解な部分もあります。
 しかしながら「安全栓を抜く」という項目はありますが、肝心の「ネジを締める」という項目がないということに、手榴弾を知らない方でも簡単に気付かれると思われます。
 ここでは「ネジを締める」手順が全くないことを理解してくだされば、それで十分だと思われますので、もし手榴弾にさらなる興味があるのであれば、インターネット等においてご自分で検索なさってください。

 手榴弾の操作手順を簡略化すると、安全栓を抜く→打ち付ける→投げる、ということになります。これは九十七式手榴弾以外の種類もほぼ同様です。例外は九十八式柄付手榴弾のみなのですが、これも「ネジを締める」手順はありません。

 本来なら絶対にありえない操作なのですが、手榴弾の扱い方を知っているはずの元軍人である兄も「ネジを締めた」ということになり、それが不発の原因だったということになります。
 
 個人的な見解ですが上記の証言を初めて読んだ時、最初に疑問がわいたのはこの手榴弾の扱い方でした。日本軍の兵器等の予備知識をある程度持っていれば、不可解な操作手順であることにすぐ気付くほどの間違いなのです。
同時に「ネジを締める」というのは沖縄特有の方言か何かと思い、それなりに調べたのですが、案の定方言ではないこともわかりました。

 ただし、ここでは鬼の首を取ったように間違いを指摘することが目的ではないことを強調し、証言者を「嘘つき」扱いにすることではないことも、はっきりとさせておくことをご理解いただきたいです。

 先述の通り手榴弾の存在は重要な要素であるという認識であり、それゆえに決して看過できないものであるということだと確信しております。したがって個人個人の証言を詳細に丹念に検証していくことが、集団自決の実像を解明する有益な手段ではないかと考えます。

 重要な一次資料でもある当事者の証言の中から、手榴弾の操作手順に明らかな間違いがあると指摘しましたが、実は似たようなものが文献の中に存在するのです。
 それを考察すると別の問題点が浮かび上がってきますので、その点については次回以降に続きます。



参考文献

沖縄タイムス社編 『挑まれる沖縄戦 「集団自決」・教科書検定報道総集』(沖縄タイムス社 2008年)
『フォトグラフ・戦時下の日本 原誌『写真週報』第18巻』(大空社 1990年)

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