こそこそ逃げる奴は、力を持たせてはならない。堂々と文句があるなら直接言え直接やれ。他人の手を煩わせずに。これが根源的な原理原則であり、根の貧弱さが増すほどに道具を多用して自存性を求める不健全な人間が作られる。資本主義と物質文明の歪な発展による人間性の劣化と解される。
堂々と身元を表し堂々と良いや悪いを申し述べ、その理由や根拠を表す事にあって健全な人間性と創造力が作られる。「気に入らない」等という事に対し、「こそこそ、負け犬のように自己が分からぬようにして対象に攻撃を加えるか、外堀を固めて相手を貶める」等という人間性の貧祖化に現代社会の問題の根が映る。
ボンボン育ちやガリベン、金満経営者等という性格から、特にこの傾向が産まれる様に思われる。人に金をあげて自己の意図する事をやってもらう習慣が根付いて自己の手足で直接に行うことが弱く道具の活用や間接的な手法を多用する頭と体の分断と精神と感性に問題の根源が出現する。急に大金を得た等という経営者も金に相応する人格を欠き、金と道具に振り回され人間の健全な精神や感性を失い身体性の効用に偏った歪性が産まれる。物質的な文明の発達に対し人間の側の適正が狂い歪な社会性と生態系を招く。
何が問題か、問題意識が揃うようであると建設的な協業性に発展する。土台的なベースが著しく異なると交わる事が難しい。どのような根源性に価値観を持つのか、あるべき生命観や人間性や社会観の見解を初動的な基礎として前段的に内外へ堂々と明示することが要る。とりわけ力が強まるほどに必要な要件とされる。
・人間観の見解、・社会観の見解、
・産出性(個別施策と施策の全体像)
これらを明瞭に整えそれへの共感に応じた力を与える事において「健全な民主主義や国民主権、平和主義、人権」等という基本理念と実際を満たす。歪な資本主義に外れぬ為の必須要件が産まれる。これを欠くと歪な感性と手法と産出の結果が広がる。根本原理を重視してその上に個別特定現象の適正が制御される。根本原理が脆弱で後者の側が前のめり病理的な力と稼働を広げ根本的な問題が産まれる。虫けら症という類が広がらぬ適切な施策に優先性が産まれる。ゴミみたいな気性が多産される事の無き教育と哲学文化が求められる。
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