1999年、私は当時北京に出張していて、宝塚歌劇団月組の北京公演『激情宝塚』を
見るという機会に恵まれました。
実はその時の通訳は、私の元学生の中国人のAさん。
公演後、久しぶりに会った私のために元学生のAさんは
パンフレットに載っていた宝塚月組のメンバーひとりひとりから
サインをもらい、世界にひとつしかないパンフレットをプレゼントしてくれました。
「先生、このパンフレットは絶対に北京で開けないでくださいね。
北京、上海には宝塚のファンの人があふれていますから。」
そのころ、私は宝塚について、あまりよく知りませんでしたから、
「はい、了解。本当にどうもありがとう。」みたいなことを言って、
そのパンフレットを持って、日本に戻りました。
数年間、そのパンフレットは私の本箱の上に無造作におかれていましたが、
あるとき、宝塚好きのお客さんにパンフレットのことを話すと
「◎◎さん(←私のこと)それはすごいパンフレットですよ。
売りに出したら、かなりの値打ちかも。」と、驚き、うらやましがりながら
教えてくれました。
改めて、『激情宝塚北京上海公演』のパンフレットを見てみれば
当時のトップスターは真琴つばさ
(→あまり関係はないけれど、彼女の実家は我が家から200mぐらい西、もちろん面識なしですが)
2番手はのちにトップスターとなった紫吹淳、
娘役のトップは現在女優として大活躍の壇れいです。
また、若手にはその後宝塚のトップスターになった大和悠河、
現在の宙組トップの大空祐飛、
月組トップの霧矢大夢の写真があり、すべてにサインが入っているのです。
早速、この話を家に帰ってすると、夫と長男がささっと立ち上がり、
台所からサランラップを持ってきて、宝塚のパンフレットを丁寧に、そして何重にもして包み始めました。
なんとなく、ふたりの魂胆が伝わってきましたd。
長男が『これは家宝だな。』と言ったのをよ~く覚えています。
確かに!
久しぶりにこのパンフレットのサランラップをとり、
先週訪れたA女学院の高校生たちに見せました。
この学校からは時々宝塚音楽学校の入試に合格する生徒が出るようで、
宝塚歌劇団はとても人気があるそうです。
6月には宝塚にめちゃくちゃはまっている主人の姉といっしょに東京宝塚劇場に
公演を見に行くことになっています。
私はそこまで宝塚にのめり込んでいるわけではありませんが、
1年に1回ぐらい宝塚を見に行くのは悪くないと思っています。
写真は宝塚の舞台のような神戸の旧ハッサム邸の居間。