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Retro-gaming and so on

ウルティマ-瞳のナイフ-

古典的なCRPG、ウルティマが日本のPCに初めて移植されたのは、スタークラフト、と言う往年の、洋ゲー移植メーカーとしては有名な会社の手に依って、だ。
ただし、移植されたのはウルティマのIIから、だった(ちなみに、このヴァージョンは後のポニーキャニオン版と違ってBASICでプログラムされている)。







ウルティマII(1985年)

何故にIからじゃなくってIIからだった、んだろう?殆ど単発契約に見える。
いや、実際単発契約だったんだわ。
これはスタークラフトの失策、と言うよりアメリカ側のウルティマの事情に拠る。
往年のゲームファンでも「ウルティマと言えばオリジンシステムズ」と販売会社の名称を覚えてるだろうが、実のトコ元々は、ウルティマIはカリフォルニア・パシフィック、ウルティマIIはシエラ・オンライン、ウルティマIIIで初めて作者のリチャード・ギャリオット自らが立ち上げた会社、オリジン・システムズが販売するようになる。
つまり、この時点では「シリーズ物」として翻訳権を全て取る事が難しかったんだ。従って「単発契約」しか出来なかった。1985年で本国でUltima IVがリリースされた事もあり、今後どうなるのかスタークラフトでも読めなかったんだよな。
もう一つの理由も想像出来る。実はこの辺から米国で性交成功したゲームの移植権は、徐々に高額になっていったんだ。
有名なトコでウィザードリィがあるけど、これもアスキーは移植して売れた割には大して儲からなかったらしい。とにかく「権利料の高騰」。これが「洋ゲー移植専門」のスタークラフトなんかにも重くのしかかっていったんだろう。
結果、スタークラフトはウルティマIIIを移植して、PC版の移植からは手を引く事となる。言っちゃえば、ウルティマシリーズ以外にも抱えてる「洋ゲー」があるんで、ウルティマシリーズだけにかかずらわってるわけにもイカンかったんだろう。
ここで代わりに出てくるのが、PCゲーム事業に乗り出してきたポニーキャニオンなんだ。

ポニーキャニオンはご存知、フジサンケイグループの音楽事業・出版社だ。元々全くゲーム事業なんかには関係ない。
しかし、1983年のアニメ映画、幻魔大戦の音楽出版に関わったのを皮切りに、この時、何故かポニカブランドで、PC用ゲーム「幻魔大戦」を出し、それからゲーム販売事業に乗り出す。


幻魔大戦(PC-6001用)

あくまで「ゲーム販売」であって「ゲーム制作」ではない。原則、大企業らしく、下請けに頼んでゲームを「作らせて」販売するわけだ。

そしてファミコンがサードパーティ制を導入した(※1)1985年と言う割に早い時期にどーゆーわけかファミコンにも参戦する。
しかし、初期のファミコン参加作はどれも、やっぱり、っつーか評価は高くない。
まぁ、当然と言えば当然で、フジサンケイグループの中核企業である「フジテレビジョン」にとってはファミコンは「視聴率の敵」。この時期、子どもたちから始まる、初めての「テレビ離れ」が起き、テレビ側に取っては「ビデオゲーム叩き」を事ある毎にやらなければいけない、って危機感があったんだよな(※2)。
ちなみに、1987年に、フジテレビが主催したイベント「夢工場」の関係で、任天堂に急接近、それでフジテレビ名義で「夢工場ドキドキパニック」と言うファミコンディスクシステム用ソフトがリリースされる(※3)。



この時、フジテレビはセガにも接近して、ラジコンにカメラを付けてアウトランの筐体で操作してレースをする、と言う「スーパーサーキット」をイベントの目玉として開発してもらう。
フジテレビは潜在的には任天堂やビデオゲームを「商売敵」として認識していながら、旧メディアとしては比較的アタマが柔らかい対応を取ろうとしてはいた。ただし、ファミコンソフトも、メディアミックスを狙った「小公子セディ」と言うゲームを一本だけ出して、あとは撤退している。

いずれにせよ、巨大な「旧メディア」企業グループ、フジサンケイグループとしてはそんなに「マジメに」ビデオゲーム制作・販売には取り組めなかったんだろう、と言う事だけは薄っすらと分かる。「ファミコンビジネスに参加するだけはする」んだけど、どうしてもそこまでマジメにはなりきれないわけだ。

ところで、ドラクエII(1987年)の登場で、ファミコンではRPGブーム、と言うのがほぼ決定的になった。
元々、アーケードのドンキーコング(1981年)の完全再現を目論んだアーキテクチャのファミコンなんだけど(※4)、1987年時点では既に、ハードウェアは陳腐化してしまってた。しかし、アクションゲームやシューティングならいざ知らず、あまりアクション性のないRPGブームのお陰で「延命」した、ってのが事実なんだよな。
そしてそのRPGブームの中。誰だか知らんが、ポニーキャニオンの社員の中にかなり目敏い人間がいたのは事実なんだろう。

「あれ、どうせなら本格的なアメリカ生まれのRPGをファミコンに持ってくればエエんちゃうの?」

と考えたのか。あるいは当人が実は洋ゲーRPGのファンだったのか。
いずれにせよ、ドラクエIIが出た当年、女神転生の後、初代ファイナルファンタジーが出る前に、問題作「ウルティマ 恐怖のエクソダス」をファミコン用にリリースする。
実はこの後、版権を整理したオリジン・システムズと契約し、国産PC用に(当時の)ウルティマ全作品をリリースするポニーキャニオン。会社規模としては吹けば飛ぶようなオリジンシステムズと巨大企業であるポニーキャニオンの契約、ってのは随分と「身分が違う」ように見えるが、逆に言うと、高騰した版権を「買える」のは日本じゃ弱小ソフトハウスじゃ既に無理で、ポニーキャニオンみたいな資金力がある大企業じゃないと成せなかった、とは言えると思う。
それにより、「ウルティマと言えばポニーキャニオン」のイメージになったわけなんだけど、実は国産PC用のゲームの契約よか、ファミコン版のリリースの方が「先」なんだわ。
そして、ソロプレイであるドラクエIスタイルのウルティマIやウルティマIIの移植はスルーした事。「もうRPGはソロで動くゲームにはならない」と言う予想もエラい。今更ウルティマIやウルティマIIをファミコン用にリリースしても市場ではウケが悪いだろう、と言う予想も正しい。
結果、この時期に「PCで名作と言われる」本格的RPGをファミコンでリリースしよう、ってのは実は相当アタマがいいし目はしは効いている。効いてはいる、んだが・・・。
「フジサンケイグループ」のおかしな人脈のせいで、甚だおかしな「評価の低い」ゲームと結果成り果てるんだよな(笑)。マジメに作っていたらひょっとして大化けしたかもしれんが、「札束で頬をはる」ポニーキャニオンは、下請けに丸投げな上余計な事を色々とやるのである・・・・・・。
日本で起きた「ウルティマ = クソゲー」の図式は、ぶっちゃけ、この「恐怖のエクソダス」一本で作られたんだ(笑)。すげぇぞ、これは(笑)。

まず、開発に携わったのは、詳細がよくわからん会社なんだけど、後に国産PC版「ウルティマ」の移植も承るようになる「ニュートピア・プランニング」。
しかし、ファミコンソフト制作に慣れてないらしく、ドラクエIIが避けてた「水平上にハードウェアスプライトを4つ並べる」事をやっちまった(笑)。従って画面チラツキが酷い。スクロールもカックンカックンするし。
いや、この「ニュートピア・プランニング」。かなりマジメに原作のウルティマIIIをそのまま移植しようとしてて、例えばドラクエでよくあるような「見えない部分は全部黒く塗る」と言う、元々ウルティマからパクってきた「仕様」も原作のままやろうと頑張ってる。
実はドラクエの場合、それでも「ファミコンの性能限界」をよく分かっていて、ある程度歩いたら黒で一気に埋める、って言うプログラムになってんだけど、ウルティマの場合、一歩進む毎に見えない範囲を決定してるわけ。従ってファミコンでそれやると余計画面がチラつくんだよな・・・(笑)。

ファミコン版「恐怖のエクソダス」の場合、一歩歩く度に「可視範囲」が決定し、黒で「見えない部分」が生成される為、スプライトの表示限界を簡単に越えてるんだか、メチャクチャ動きがトロくなる(なお、続編の「聖者への道」は、かなり改良されて「ドラクエスタイル」になっている)。

そして、当時のフジの秘蔵っ子、秋元康を監修に迎えた為余計ワケがわからん事になっている(笑)。この人全然ゲーム詳しくねぇ、って思うんだけど、何故にこの人を起用したか意味が分からん(苦笑)。おニャン子で相当儲けてたから、なのか、でも「畑違い」な人を持ってくる辺りが「フジサンケイグループ」のホンマおかしな決定なんだ。



なお、音楽も、当時おニャン子クラブで作曲の方を担当していた後藤次利を起用してる・・・ワケ分かんね。
まぁ、それだけ、それまでのポニーキャニオンのゲームと違って「本腰入れて作ってます!」って言いたいトコなのかもしれんが、なんか外してるんだよな(笑)。

ところが、このゲームそのもの、って言うよりその派生っつーかメディアミックス回りと言うか・・・。それで唯一成功してるものがある。
それがアイドル・・・今じゃもう「声優」としての業績の方が名高い、日髙のり子が歌ったウルティマイメージソング、「瞳のナイフ」って曲がやたら出来がいいんだわ(笑)。
まず、日髙のり子って人に付いては、僕以上に詳しい人の方が多いだろうけど、軽く説明しておこう。
元々この人はアイドルとしてデビューしてる。っつーか事務所側が売ろうとしてた、って事かいな(本人は元々女優志望だったらしい)。
ただ、言い方悪いんだけど(ゴメン)、パッとしない「売れないアイドル」だったんだよね。
アニメの声優デビューはまた遡るんだけど、この人が「声優として」一気に知れ渡ったのが、あだち充原作の「タッチ」(1985年〜1987年)のヒロイン、朝倉南の声をアテた時から、だ。
ただ、この時点ではまだ「アイドル活動の片手間にアニメ声優をやりました」程度の一般認識だったんじゃないか。同じあだち充原作の「みゆき」での荻野目洋子の例もあるし、「本腰入れた」印象はなかった。でも荻野目洋子と違って「上手かった」んで、そこそこ評価は高かったんだけど、「アイドル」日高のり子が「声優」日髙のり子にジョブチェンジするのはもうちょっと後、ぶっちゃけ1990年前後だったと思う。これ以降、数々の主役を射止め、「実力派声優」日髙のり子となって人気を不動のモノにするわけだ。
んで、「恐怖のエクソダス」の時点ではどっちかっつーとまだ軸足が「アイドル」時代なのかね。そんなわけで、「恐怖のエクソダス」のイメージソングを、よくあるアイドルの営業活動的な一環で引き受けてやるわけだ・・・。しかし繰り返すが、これが結構出来が良い。そして彼女は凡百の声優と違って、幸いな事に「歌も上手い」。

この「瞳のナイフ」。実は「恐怖のエクソダス」でのキャラメイクシーンで使われるバックグラウンドを流用してる・・・いや、逆なんか?元々歌にするつもりで作ったモノがキャラメイクシーンに流用されてるのか。
分からんけど、まぁ、ゲームやった側からすると「キャラメイク」シーンの流用っつった方がピンと来るわな。


「恐怖のエクソダス」のキャラ作成画面。
なお、原作の「Ultima III」との対比で言うと、ひと=ヒューマン、ようせい=エルフ、けものぞく=ドワーフ、こびとぞく=ボビット(※5)、まぞく=ファジー、だ。
また、せんし=ファイター(戦士)、シスター=クレリック(僧侶)、まじゅつし=ウィザード(魔法使い)、とうぞく=シーフ(盗賊)、きし=パラディン(騎士)、さんぞく=バーバリアン(野蛮人)、しじん=ラーク(吟遊詩人)、まじょ=イリュージョニスト(幻術師)、そうりょ=ドルイド(ドルイド僧)、かがくしゃ=アルケミスト(錬金術師)、レンジャー=レンジャー(遊騎兵)だ。
原作には性別があるが、ファミコン版では性別と職業が合わさっている(例えば騎士は女性である、とか)。
職業数はライバルのウィザードリィより多いが、原則、せんし、シスター、まじゅつし、とうぞく、が基本4職業で、ほかはこの4種からのある程度の「組み合わせ」になってる(例えば騎士 = 戦士 + シスターとか)。そしてレンジャーは4職業全部の特徴を持つが、能力は低く、器用貧乏となっている。

「キャラメイク」は、ファミコン上では、結果、ウィザードリィやファイナルファンタジー、そしてドラクエIIIより早く紹介してはいる(※6)。
ただ、他のゲーム、特にウィザードリィに比べると、職業の種類は多いけど取り立てて「キャラ設定」はそんなに凝ってない。結果、IV以降だと主人公を「タロットを模した」モノで作成し、キャラメイクらしいキャラメイクが無くなってしまった、と言うのもそんなに不思議ではないわけだ。

まぁ、それはともかくとして、日髙のり子が歌った「瞳のナイフ」はホンマ傑作だと思う。素直に、フツーに「いい曲」だと思える。

ウルティマ-瞳のナイフ-

また、「恐怖のエクソダス」のCMで流れていたのもこの曲だ。

ファミコン ウルティマ 恐怖のエクソダスCM 1987年 60fps

パッケージ写真もCMもアニメ調でカッコいいのに本編はキャラがダサい、とか(笑)、一体登場してる女の子は誰なんだ、とか(笑)、色々謎の不満が出てくる本作。
ゲームプレイせんでエエから、少なくとも日髙のり子の歌声を聴いて溜飲を下げようじゃないか。
ハァ。ポニーキャニオンェ・・・・・・(※7)。

※1: 元々任天堂は、ファミリーコンピュータのソフトを自社で全て賄うつもりだった。
しかし、アーケードゲームで繋がりがあったナムコと、ファミリーベーシックの開発で提携を結んだハドソンの強い要望により、サードパーティ事業への門戸を開かざるを得なくなった、のが背景。
そして、その「予定になかった」戦略のせいで、特にナムコとは緩いライセンス契約を結んでしまったのが後の確執の原因になる。
ちなみに、1985年の「サードパーティ解放」で10社以上の会社が結果参加する事となり、ポニーキャニオンはそのうちの一つだった。

※2: この時以降、周期的に旧メディア(新聞・テレビ・雑誌)によるビデオゲーム叩き、が行われるようになる。平たく言うと商売敵を叩きたいだけで、実は彼らの論調は、科学的事実には全く基づかない。メディアは必ずしも「正しい」情報を流布するとは限らない、と言った、殆ど最初の例になったんじゃないか。

※3: 後の米国版「スーパーマリオブラザーズ2」の元ネタ(国内版「スーパーマリオ2」はディスクシステム用だが、ディスクシステム自体が米国では販売されなかった為)。後にカセット化されて「スーパーマリオUSA」と改題されてリリースされる。このゲームだけ、マリオの操作感が違うのは、元々全然別のゲームだったから、だ。


※4: 話に依ると、アーケード版「ドンキーコング」がヒットしてからすぐファミコン開発が始まった、との事なんで、発売(1983年)まで、開発に2年近くかかっている、と言う事だ。

※5: タイポじゃなく「ボビット」だ。ホビットではない。
と言うのも著作権の関係で、ホビットはトールキンの「指輪物語」で作られた種族名の為、伝統的なものではないから、だ。
AD&Dで「ハーフリング」と呼称したり、ソード・ワールドで「グラスランナー」と言う名称になってるのもそれが原因。
なお、ウィザードリィではうっかりして、なのか「ホビット」と言う名称のままになってるが、訴訟問題に発展したかどうかは知らん。
いずれにせよ、ホビットと言う名称をそのまま使うのはリスクがある、と言う話。

※6: なお、RPGでのパラメータ振り分け、と言うのをファミコンで初めて紹介したのが女神転生だ(キャラを作成はしないが)。
女神転生と「恐怖のエクソダス」はほぼ一ヶ月違いでリリースされてるが、女神転生はパスワード制、一ヶ月後に発売された「恐怖のエクソダス」はバッテリーバックアップになってて、バッテリーバックアップ付きのカセット式RPGとしては、結果、初代「ファイナルファンタジー」より登場が早い。
うん、「恐怖のエクソダス」って色々と「惜しかった」んだよ。基本路線は良かった筈なのに、あまりに「惜しかった」が重なりすぎて、残念な結果になっちまったわけだ。

※7: なお、実はこの作品、当時の流行りなのか、MSX版も存在してて、そっちもスタークラフト版じゃなくってファミコン版に準拠してる。


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