塩野七生「海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年」には、地中海を制覇したヴェネチアの船乗りが呼んでいた風の名前が出ています。(イタリア半島とバルカン半島に挟まれたアドリア海を抜けて地中海に出たあたりでの呼び名ということです。)
方角そのものが呼び名になっているのは,
方角そのものが呼び名になっているのは,
南の風「アウストロ(ostro)」雨を運ぶ暖かく湿気の多い風。
東の風「レヴァンテ(levanter)」と西の風「ポネンテ(ponente)」は太陽が昇る方向と沈む方向の意味です。
地中海周辺の国の名前がついているのは,
地中海周辺の国の名前がついているのは,
北東のギリシアの方から吹く「グレコ(greco)」,
東南のシリアの方から吹く「シロッコ(sirocco)」,
そして南西のリヴィアの方から吹く「リベッチオ(libecchio)」。
北の風は「トラモンターナ(tramontana)」,北の山地を越えてくる風という意味。
そして北西の風は「マエストラーレ(maestrale)」で「お師匠さん」。地中海文明時代の人々の先生であったローマ人のいる方から吹く風という意味なのだそうです。
地中海の船乗りは、ずいぶんと“風と仲良し”だったのだなあと感じます。
北の風は「トラモンターナ(tramontana)」,北の山地を越えてくる風という意味。
そして北西の風は「マエストラーレ(maestrale)」で「お師匠さん」。地中海文明時代の人々の先生であったローマ人のいる方から吹く風という意味なのだそうです。
地中海の船乗りは、ずいぶんと“風と仲良し”だったのだなあと感じます。
ちなみに、「世界のおもな局地風」というサイトもあって、なかなか面白い(私にはネ!)です。→https://kotobank.jp/word/世界のおもな局地風-1614508
さらに日本では、風に関する呼び方はどんなのがあるのか調べたら、「風の向
き」に関するものだけでも結構ありました。
あい(あゆ) 春から夏にかけて、日本海沿岸で吹く、北ないし北東の風。
青嵐(あおあらし) 5~7月の青葉のころに吹くやや強い南風。せいらん。
あおぎた(青北風) 西日本で8月から9月ごろにかけて、晴天の夜間急に冷えて吹く北風。あおげたならい。
あなじ(乾風) 冬に近畿以西で吹く、船の航行を妨げる強い北西季節風。あなぜ。あなし。
油風(あぶらかぜ) 4月ころ吹く南寄りの穏やかな風。油まじ。油まぜ。
いなさ 東日本、関東で海から吹く南東ないし南西の強風。雨の前兆とされる。辰巳の風。
岩おこし 広島県で3月頃吹く西風。
陰風 陰気、不気味な風。冬の風、北風、朔風。
おぼせ 淡路、伊勢、伊豆などで4月頃の日和の時に吹く南風。
凱風 やわらかい南風。初夏のそよ風。英語で言うところのシーブリーズですね。
雁渡(かりわたし) 雁が渡って行く初秋のころに吹く北風。あおぎた(青北風)。
金風 秋風。西風。
下り 日本海沿岸、特に北陸地方以北でいわれる南寄りの風。京都から下るのに好都合な夏の季節風。逆は上(のぼ)り。
黒南風(くろはえ) 梅雨入りの頃、どんよりと曇った日に吹く南風。
黄雀風 陰暦5月に吹く東南の風。[くわうじやくふう]
谷風 春先、東方から吹いて万物を生長させるという風。東風。穀風。また、谷を吹く風。谷底から吹き上げる風。たにかぜ。
東風(こち) 東の方から吹いてくる風。特に春の東風。梅東風(うめごち)、桜東風(さくらごち)、雲雀東風(ひばりごち)など。
佐保(さお)風 奈良の佐保辺りを吹く風。また、東風をいう。
朔風 北風。
鹿の角落とし 山口県で2~3月の晴れた日に吹く南西風。
しゆたらべ 喜界島で梅雨の前に吹く湿気を含んだ南風。
白南風(しろはえ、しらはえ) 梅雨明けの頃、南から吹く風。しろはえ。
(以上は http://accent.main.jp/kaze/na.htm より)
他には、
やませ 北日本の(主に東北地方)太平洋側で春から夏(6月?8月)に吹く冷たく湿った東よりの風
ならい 東日本の太平洋側で吹く冬の季節風。
などは、わりあい知られている呼び方でしょう。
船名に使われる風の名前がありますね。和名なら東風(こち)、凱風、南風(はえ)あたりが船名になりそうかな?
シロッコ(sirocco)はカタマランヨットの種類にありました。
カムシン(khamsin)は北アフリカやアラブ地方で吹く暑い乾燥した砂漠風なのですね。
ロビン・ノックス・ジョンストンのスハイリ(suhaili)号はペルシア湾の南東強風で、曇天、雨天をもたらす風だそうです。
船名じゃないけどギブリ(ghibli)はリビアのトリポリで吹く北アフリカの砂漠からの乾燥した熱風で、スタジオジブリの語源。
面白いのはドクター(doctor)で、熱帯地方で吹く爽やかさをもたらす海風をそう呼ぶそうです。西オーストラリアのフリーマントル・ドクターはこのことだったのですね。