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布施弁天で出会った句碑のこと

2021年12月06日 | ぼくのとうかつヒストリア
偶然の出会い

しばらく前に布施弁天を訪れる機会がありました。いつもは本堂にお参りし、鐘楼を観察していくのですが、その日は小学生の一行が見学していたので、邪魔にならないよう、いつもは行かない本堂の裏手に回ってみました。
すると、そこで思いがけないものに遭遇しました。

[1]

碑の形状と状況


そこには石碑などが寄せ集めらたように建っていました。その中のひとつ、平たい自然石に吸い寄せられたのです。魚のエイのような形をした石に数行の文字列が見えます。他の石碑とは全く趣の異なる風雅な文字です。
これはまさか?! と驚くと同時に感激しました。これは『利根川図志』の挿絵にある石碑ではないのか、と。


[2]

石碑探索のきっかけとなった『利根川図志』の挿絵。〔崙書房刊の影印版(1978年)から一部を拡大〕


赤松宗旦が著した『利根川図志』にある布施弁天の挿絵には、本堂の向かって左側に三角形の石碑が描かれています。実は、私はそれをずっと探していたのでした。挿絵の中でも目立つ大きさで、文字列が4列確認できます。そこまで細かく描写されているのですから、見たくなるのも当然です。
ところが、現地のその場所に行ってみても、それらしい碑はありませんでした。不思議に思いましたが、古い時代のものですから、何らかの理由で撤去されたか、失われたか、あるいは絵師の空想だったのだろうと考えていました。
今、目の前にあるものが、その石碑なのではないか。本堂の前にあるものとばかり考えていましたが、まさか、裏側に移動していたとは。



謎の多い句碑

[3]

[1]の写真の碑文部分を拡大したもの(分かりやすいようモノクロ化してあります)。


碑の表面には下のように彫られています。文字の配置はともかく、4行というのは『利根川図志』の絵とぴたりと一致します。


     麦秋
闇に寝た
眼をあけ保能の
さく良かな


「あけ保能」とは、もちろん、「あけぼの」で、布施弁天向かいの小高い丘、曙山のことでしょう。地名を織り込んだ、布施ゆかりの句ということでしょうか。他にも句作上の技巧もあるように思えますが、文芸に疎い私にはよく分かりません。麦秋(松暁庵麦秋)という俳人と布施との関係も深いものがあったと思われます。ともかく、この石碑は句碑だったのです。


[4]

句碑の裏面


裏面に回ると、文化12年(1815)の日付と本多伯耆守の文字がありました。


文化十弐年六月日
本多伯耆守正温公御筆


本多公は、駿河田中藩の領主で布施村も領地の一つでした。代々布施弁天を庇護したので、東海寺とこの地域とは縁が深かったと思われます。
俳諧に熱心であった本多正温(まさはる)公(当時は隠居)が麦秋の句を揮毫し、それを彫らせたもののようです。そして、それを布施弁天に寄進したものでしょうか。『利根川図志』の挿絵は、この句碑が建立されてからの境内風景を写し取ったものなのです。この句碑建立が文化12年(1815)、『利根川図志』の出版が安政2年(1855)ですから辻褄は合います。絵師は正しかったのです。

しかし、麦秋とは誰なのでしょうか。句碑が造られるくらいですから、相応の立場にあった、あるいは才のあった人物と思われます。
地元布施で俳諧を嗜み、村の子供らの教育も行った雪月庵嘯花(せつげつあん しょうか.中尾彦兵衛、1761-1849)という人物の師匠にあたるらしいのですが、生没年や詳しいことは今のところ不明です。
また、句碑建立を巡っての本多公や布施弁天の関与についても具体的なことは分かりませんでした。確かなのは、いずれも俳諧が深く関わっているということです。


以前の記事、『旧水戸街道を少しだけ歩いてみる【一】』は馬橋で油屋を営みながら俳諧に精を出した大川立砂からスタートしました。今回の布施の状況と併せてみると、俳諧が地方にまでいかに浸透していたか、大きな影響力があったかということに驚かされます。

もやもやした部分は多いのですが、形状と刻字の印象から、挿絵の碑がこの句碑であることはもう間違いないと思います。たまたま、本堂の裏に回ったことで長年探していた碑を発見することができました。これによって、挿絵の句碑と現実の句碑がようやく一致しました。
しかし、それ以上については素人の私にとっては手に余ります。句碑と巡り会わせてくれた、あの日の遠足の小学生たちに感謝しつつこの項を終わります。

Nikon Z 6 / NIKKOR Z 24-50mm f/4-6.3


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