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乙川優三郎『さざなみ情話』の世界

2015年12月16日 | 折々の読書
 江戸時代、銚子から江戸に至る水運に生きる男と、その水運で栄えた河岸の飯盛り女に売られた女の物語である。舞台が利根川、江戸川と平潟と言う遊里であることから興味を持って読んでみた。

 修次は銚子で母と妹と暮らす船頭である。醤油樽などの荷を乗せて利根川、江戸川を上下する川船の船頭をしている。修次は、どちらかというと、理知的で、経済を知り、船や川の心得を知り、舟で生計を立て前向きに生きている男である。偶然、松戸の平潟河岸の遊郭、小鮒屋で知り合った遊女の「ちせ」が彼の運命の女となる。心を通わせるうちに、いつかは身請けをしていっしょに暮らすことを考えるが、金策のこと、家族のこと、雇人のことに悩みは尽きない。一方、貧しさから13歳で売られたちせは、苦海に身を沈めながらも純情さを失わず、修次との「逢瀬」に安らぎを、未来を託している。

 緻密な考証により、その時代の舟運の仕組みや経済を背景に描かれていて飽きない。船上の生活や舟の扱い、舟をめぐる経済のことはしっかりと書きこまれている。最初は、舟の道具や操作の表現に戸惑うのは、それほど舟運というシステムが忘れ去られている証拠だろう。当時の流通の大動脈で、銚子の醤油と江戸の雑貨を運ぶ利根川、関宿、江戸川というコースも平潟河岸も既に存在しない。現在は、流れも、風景も変わり、昔の風景はまったく想像もできない。川の風景も、変わっていないようで大きく変わっているものだ。流れゆくものこそ、儚いのかも知れない。

 遊郭での暮らし(食売、めしうり)も活写されている。遊郭とはいえ、船頭相手の女郎は、店に二人しかおけず、厳しい監視のもと、封建的な縛りと証文に絡め取られて、底辺で生きる境涯である。その、どうしようもない状況を、ちせの言葉が表現している。駆け落ちする女や病気持ちの女、そして、純情素朴な女からしだいに慣れていく、果ては過剰に順応していく女、抜け目のない女将、と、ちせの周囲の女たちは均質ではない。彼女たちとちせの生き方は、遠いながらも未来を見ているか否かで一線が画される。

 ちせを身請けするために懸命に働く修次であったが、彼らの前に降ってわいたように障害が立ちはだかる。あきらめるか。策に窮した修次の決断がみどころだ。

 今は、どこにも求めようもない、江戸川を行き交った川船と平潟河岸とそこで暮らしていた人間が、夢が、生き生きと蘇る物語である。
 もともと、私はこのような物語は読まないのだが、偶然、戦時中の話から平潟遊郭を知り、読んでみたもの。期せずして、2冊目の乙川作品となった。そして、現在の平潟を訪ねてみたが、そこは地名すらなくなってしまっていた。さらに知りたい思いがつのるのである。

乙川優三郎著『さざなみ情話』朝日新聞社、2006年6月刊.★★★★



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