海外在住の友人が来日しているといったことを知人たちに話すと、必ず「どこに連れていってあげたのか?」「何処其処へはもう行ったか?」と聞かれる。
特にどこへも行かず、家でのんびりしているとか、近くの公園を散策したとか言おうものなら、びっくりされて、非難めいたことまで言われてしまう。
日本人はたいてい、ことに外国からの客人に対しては、サービス精神旺盛だからなのだと思う。
人から言われたらというわけではないけれど、天気予報を見て、今週末は出かけようということになり、Eと共に日光へ。
足元は、新調した3足目の藍染のスニーカー。
男体山は雲に隠れていたけれど、青空が所々に見え、雨は大丈夫そうだったので、中禅寺湖まで一気に上がっていった。
イタリア大使館別荘前の桟橋は一番好きな場所。
ステイホーム中に一人で訪れて、心を整えたことが思い出される。
人も少なくて、のんびり静かに落ち着けた。
いつ来ても、気持ちが良くなる。
周辺を散策したあと、湖畔のレストランで昼食をとり、東照宮へ。
こちらは観光客が多く、中国語やイタリア語、スペイン語が飛び交っている。
「ゆうめいなばしょですか?」
お互いスマホアプリで練習している片言の日本語とドイツ語の復習をしながら、東照宮入口でチケットを買おうとしたら、「お金を払ってまで見学する必要はない」と言う。
「ドネーションのつもりなら別だけど、そうでないなら、やめようよ。神社に失礼な気がするから、僕はここで引き返したい」
世界遺産に認定されて、パワースポットではあるけれど、すっかり観光地化して、一種の美術館のようになってしまっているのは確かである。
せっかく来たし、きれいになった陽明門を見たり、鳴き龍なんかも面白いと思うけれど、客人の気持ちを優先させることにした。
「こっちの苔むした灯籠のほうが(五重塔よりも)ずっと美しいよね」
同感である。
美しい自然の中にあるからこそ、神橋もきっと輝いて見えるのだ。
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