福島原発事故から間もなく3年。いまも多くの被災者は健康被害を心配している。だが、肝心の医療体制や医療費の助成制度は脆弱(ぜいじゃく)だ。子どもの甲状腺がんが懸念されているが、人口流出を恐れる福島県は原発事故との因果関係を認めず、発症者への支援も十分ではない。政府も手厚い救済を渋り、被災者の「自助」に傾いている。(榊原崇仁)
俺的メモあれこれより転載
◆狙いは帰還 県外移住者は自己負担
「全国的に見ても、福島県の医療は心もとない」。国立病院機構・北海道がんセンターの西尾正道名誉院長はそう指摘する。
福島県の医師不足は深刻だ。厚生労働省が昨年9月に発表した「医療施設調査・病院報告」によると、福島県の病院の医師数は人口10万人当たり122.5人と、全都道府県でワースト2。全国平均の159.1人を大きく下回る。
同県は原発事故前の2010年時点でも、40位(10万人当たり124.7人)だった。県地域医療課の担当者は「事故後に県外避難した医師がいる。家族が避難を希望し、同行したケースが目立つ」と話す。
甲状腺がんの治療体制にも不安があるという。西尾医師は「甲状腺がんは耳鼻咽喉科の専門領域だが、福島の耳鼻咽喉科医が得意とするのはめまいやアレルギー。甲状腺がんに対応できる人材がなかなか育っていない」と指摘する。
県は300億円を投じ、県立医科大に先端医療の拠点施設「ふくしま国際医療科学センター」(本格運用は16年度)を設ける。大学1年の息子を持つ福島市の主婦高橋誠子さん(53)は「原発事故による健康被害をかたくなに認めない医大には、不信感しかない。県民のためというより、自分たちの研究のためにつくるのでは」と冷ややかだ。
県には子どもの医療費助成制度があるが、こちらも不十分さが目立つ。18歳になった年度(高校3年)までの子どもを対象に医療費を全額助成する現行制度は12年10月に始まった。
都道府県で高3までの医療費を無料化するのは全国初で、県児童家庭課は「『子育てしやすい県』を印象づけて人口流出を防ぎ、早期の住民帰還を促す狙いがある」と説明している。
ただ、誰にとっても使い勝手がよい訳ではない。利用条件には「県内に住民票があること」とある。
県外避難者でも福島に住民票を残していれば、将来的な帰還が見込めるとして助成の対象にする。県外で病院にかかっても医療費は無料になる。だが、県外に住民票を移した移住者には厳しい。人口流出を防ぐ趣旨にそぐわないとして助成対象から外している。
そもそも、この制度は継続性にも不安がある。県や環境省によると、財源になっているのは、国の交付金や東京電力の賠償金などを使って県が創設した「県民健康管理基金」だ。
ただ、国の交付金分は県民健康管理調査などに用途が決まっていて、助成制度には回らない。このため、実際の財源は東電の賠償金の250億円程度しかない。医療費助成には年間40億円ほどかかると見込まれており、これだけなら6年で底をついてしまう。
◆甲状腺がん 支援薄く 事故の影響 否定に躍起
福島県は11年10月から県民健康管理調査の一環として、甲状腺検査に取り組んでいる。この検査後の対応にも問題がある。
検査対象は原発事故当時に県内に住んでいた18歳以下。16年3月までに2回、以後は年齢に応じて2年または5年に1回検査する。今月7日の健康管理調査の検討委員会では、昨年末までに33人に甲状腺がんが見つかり、そのほか41人にがんの疑いがあったと報告された。だが、検査主体の県立医科大は従来通り、事故とがんの因果関係を認めていない。
そのためか、検査でがんが見つかって手術しても、県側は金銭面で患者側に特別な支援はしていない。県の医療費助成制度の範囲内でのみ支えるという。
つまり、県内に住民票があって高3までに治療を受けた場合に限り、医療費が助成される。県外に住民票を移した「移住組」は自己負担を強いられる。
事故当時は高3以下であっても、年月がたてば年齢も上がる。高校卒業後に検査を受ける例も増えてくるが、その際にがんが見つかって手術しても、現行の助成制度なら医療費の負担が患者側にのしかかる。
名古屋大病院乳腺・内分泌外科の菊森豊根医師によると、甲状腺がんの手術では健康保険に加入していても、患者負担は1週間前後の入院費込みでおよそ8万円。がん転移などがあれば費用はさらにかさむ。
原発事故とがんの関連を認めない県側だが、否定する根拠を調べてみると納得しがたい点が出てくる。
県側は原発事故から4カ月間の個々人の被ばく線量を推計するため、事故当時に県内に住んでいた人たちに事故後の行動記録を書き込む問診票の提出を求めている。昨年末現在で、回答率は25%にとどまる。
甲状腺検査で見つかったがんと原発事故の因果関係を分析する際にも、問診票を基にしたデータを使う。
しかし、がんやその疑いのあるとされた74人のうち、問診票を提出したのは4割程度。さらに具体的な線量を推計して示すことができているのは、わずか3割にすぎない。
県側は「がんやその疑いのある人たちの被ばく線量は2.0ミリシーベルト未満」と公表するが、あくまで一部のデータが根拠だ。それでも県側は「線量は高くなく、放射線による健康被害は考えにくい」と言い張る。
被災者支援を進める国際環境団体「FoE Japan」の満田夏花理事は「原発事故の影響を正しく評価し、必要な支援をすることこそ、本来の行政の役割のはずだ」と訴える。
政府の対応も極めて不十分だ。県は医療費助成制度のため、政府に財政支援を再三求めたが、基金の積み増しには至っていない。
そんな政府が強調するのは「自助」だ。昨年11月にまとめた住民帰還の基本方針では、帰還を選択した住民には個人線量計を持たせ、住民自身が線量の高い場所を避けながら生活するよう求めている。
国際人権団体「ヒューマンライツ・ナウ」事務局長の伊藤和子弁護士は政府の姿勢を激しく批判する。
「政府の対応では、健康被害が出た時に『気をつけなかった住民側が悪い』となりかねない。事故の責任は、国策として原発を推進した政府と事業者の東京電力にある。彼らには、住民が安心して暮らせる環境を整える責任がある。論点のすり替えや影響の過小評価は不信感を招くだけ。政府や県が推し進める住民帰還も遠のくばかりだ」
[デスクメモ]
都知事選が終わった。脱原発派は割れた。その後遺症を心配している。しこりが残るかもしれない。水に流したい。しかし、それだけでは強くなれない。すぐに再稼働をはじめ、反動の波が押し寄せるだろう。福島の被災者の人たちの苦難も続いている。逃げずに議論を尽くしたい。みんなで強くなるために。(牧)