京都市中京区の壬生での現場、編集局と連絡しないといけないことがあるが、
もう1人の編集委員に携帯メールのアドレスを教えていなかったので朝から携帯メールをコピーして1人の編集委員に添付して送信した。
どうしても連絡したいことがあるが電車の中だったりするのでメールをお願いした。
また今日から忙しい生活が始まる。
奈良県内では昨日か1昨日か、「平城遷都1300年祭」まで後、100日イベントが行なわれている。「セント君」があちらこちらとお出ましである。
そして平城宮跡に建設されていた大極殿がお目見えした。
平成の大極殿、これをまた後世につないでいく。
この広大に草原という平城宮跡、他府県からこられる観光客、電車の中から見える平城宮跡に「わあ。広い。こんな広い土地、このままにしてある。家を建てると何軒建つか」と話している。
普通、誰もが思うことである。奈良市民だってこんなに広い土地と思うがしかし待てよ。この広い土地はむやみに掘り起こすことはできない。建物が建てられない見える制約があるがもっと怖いのは見えない制約があるということである。
奈良の都を築いた先人たちの魂がこの平城宮跡で浮遊しているように思える。
長屋王のいたというところが現在のイトウヨーカドウあたりと言われている。
風水や考古学に勉学を積んできた人はイトウヨーカドウを立てる前は「そごう」百貨店だった。長屋王の跡地だけに風水からみてもここに建物を立てる前にそれなりの祭りごとをしないといけないと言っていた人もいたと言う。
「そごう」がオープンしたが何年かして閉鎖をした。
イトウヨーカドウは繁昌している。それなりの何かをされたのだろうか。
奈良に住んでいる者は昔の都跡にたたずむ古代の先人たちの心が今も伝えられているいにしえの都・奈良、そんなことを思うと平城宮跡は他府県の人が言う「こんな広い土地、このままにしてもったいない」と言う声に私は心の中で反発している。奈良の歴史がわからないからそんなこと言っていると。
奈良の古代史を勉強している人は電車の窓から見える平城宮跡に一緒に来ている人に説明している。
「ここが奈良の都があったところ」と言いその後、都がどこに移っていったのか説明してている。側で聞いていても奈良のことをよくしっている他府県の人がいると気持ちよく会話を聞いている。
2010年1月1日から始まる「平城遷都1300年祭」、こんなことを書きながら今年の年末といい正月、行政関係者は休みなくイベント会場につめなければならない。ふと、気の毒に思うのは側で見ている私だけなのだろうか。
奈良県の人たちは少しずつ「平城遷都1300年祭」に燃え出している。
活気ついてきたところである。
活気ついてきたところで思い出した。
昨日は東京オリンピック誘致を盛り上げるために原宿の表参道に関係者が出てパレードした。都市と地方の時代をどう結びつけていくのか。
肝心要のような気がした。
もう1人の編集委員に携帯メールのアドレスを教えていなかったので朝から携帯メールをコピーして1人の編集委員に添付して送信した。
どうしても連絡したいことがあるが電車の中だったりするのでメールをお願いした。
また今日から忙しい生活が始まる。
奈良県内では昨日か1昨日か、「平城遷都1300年祭」まで後、100日イベントが行なわれている。「セント君」があちらこちらとお出ましである。
そして平城宮跡に建設されていた大極殿がお目見えした。
平成の大極殿、これをまた後世につないでいく。
この広大に草原という平城宮跡、他府県からこられる観光客、電車の中から見える平城宮跡に「わあ。広い。こんな広い土地、このままにしてある。家を建てると何軒建つか」と話している。
普通、誰もが思うことである。奈良市民だってこんなに広い土地と思うがしかし待てよ。この広い土地はむやみに掘り起こすことはできない。建物が建てられない見える制約があるがもっと怖いのは見えない制約があるということである。
奈良の都を築いた先人たちの魂がこの平城宮跡で浮遊しているように思える。
長屋王のいたというところが現在のイトウヨーカドウあたりと言われている。
風水や考古学に勉学を積んできた人はイトウヨーカドウを立てる前は「そごう」百貨店だった。長屋王の跡地だけに風水からみてもここに建物を立てる前にそれなりの祭りごとをしないといけないと言っていた人もいたと言う。
「そごう」がオープンしたが何年かして閉鎖をした。
イトウヨーカドウは繁昌している。それなりの何かをされたのだろうか。
奈良に住んでいる者は昔の都跡にたたずむ古代の先人たちの心が今も伝えられているいにしえの都・奈良、そんなことを思うと平城宮跡は他府県の人が言う「こんな広い土地、このままにしてもったいない」と言う声に私は心の中で反発している。奈良の歴史がわからないからそんなこと言っていると。
奈良の古代史を勉強している人は電車の窓から見える平城宮跡に一緒に来ている人に説明している。
「ここが奈良の都があったところ」と言いその後、都がどこに移っていったのか説明してている。側で聞いていても奈良のことをよくしっている他府県の人がいると気持ちよく会話を聞いている。
2010年1月1日から始まる「平城遷都1300年祭」、こんなことを書きながら今年の年末といい正月、行政関係者は休みなくイベント会場につめなければならない。ふと、気の毒に思うのは側で見ている私だけなのだろうか。
奈良県の人たちは少しずつ「平城遷都1300年祭」に燃え出している。
活気ついてきたところである。
活気ついてきたところで思い出した。
昨日は東京オリンピック誘致を盛り上げるために原宿の表参道に関係者が出てパレードした。都市と地方の時代をどう結びつけていくのか。
肝心要のような気がした。
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