
主催者側は丁寧に子どものお世話にあたりプレスにしても親切に対応して下さった。
それにしも冷房が入れられていても暑い。
世話をする男性たちの背広、この真夏は気の毒に思った。
おもわず韓国の子どもに韓国で話しかけた。
「ノムノムトオーチヨ(ものすごく暑いでしょう)











男の子は「イエー(はい)」と答える。
私は「オデショ オシヨショミンカ(どこから来たのですか)」と聞く、子どもだから韓国語で言うパンマル(いわゆるため口)を使えばいいが私は韓国のため口が話せない。
男の子は「プサンエソワッスミダ(釜山からきました)」という。
それで私は男の子に「ナラエヌン バダガオップンスミニンカ ノムノムトオチョ(奈良は海がないからものすごく暑いでしよう)」と言った。
そして私はまた男の子に「プサンエヌン バダガイッスミンニッカ シオナダ(釜山は海があるから涼しい)」と話すと「イエー(はい)」と言った。
私の韓国語が通じた。
男の子との会話で韓国語が通じた。
このことが嬉しかった。
私はどこに言っても「ハングマル チャルモッタニカ ミアナミダ(韓国語でできなくてすみません)」と言いながら下手な韓国語で会話している。
なんか韓国語を話してテーブルで写真とったりしたがそれなりに通じてそのほうがうれしかった。オリニ(子ども)たち、どの子もみんな元気だった。
子どもたちの日本での朝鮮通史使外交は大成功、小学生高学年と中学生、どの子もみんな元気に意見を交換をしている。
未来のアジアの友好関係が明るく見えてきた。
この詳細的なことは仕事で入ったので韓国系の機関紙、民団新聞で書く。もちろん在日韓国人そして日本人のための新聞なので日本語版です。他に日本の五代紙の新聞記者がきていた。
朝日新聞は子ども新聞の記者が来ていたので詳細に記事にされると思う。興味のある子どもたちは読んでほしいな。
来年もあるから参考になると思うから。
元気な夢のある交流に私も元気をもらった。
意見交換の後、6時20分から懇親会があって奈良県知事さんの挨拶があった。この後、ジュースで乾杯した。喉が渇いていたのでオレンジジュース、コップ1杯ゴクンゴクンと飲んだ。ものすごく美味しかった。冷えていてものすごく美味しかった。冷えているタイミング、ものすごく美味しかった。
そして食事会が始まる時に会場を出た。7時10分前である。
バス停、大仏殿まで降りて行ってバスに乗った。近鉄奈良駅で降りて近鉄奈良駅構内の寿司屋さんに行って握りずしを買った。
(1時間早く帰れると思ったが懇親会の現場にも入った。3ヶ国語の通訳はそれなりに時間がかかりそうなので夫にとりあえず何かビールの肴は買って食べてと言っておいた)すし屋で夕食は買ったものの冷蔵庫の中は野菜が少なくなっている。スーパーに立寄って野菜と果物を買った。市内循環のバス停に行くとまだバスが来ない。やっとバスが来て自宅に着くと7時35分になっていた。
まず買物をしたもの冷蔵庫に入れて洗濯を取入れ簡単に家事を済ませてからシャワーを浴びた。
やっと食卓に座れたのが8時前になっていた。
けれど今日は疲れたと思わなかった。
かわいい元気な日本の子どもそして韓国・中国のこどもたちに触れて私が元気をもらった。
みんな今ごろホテルで休んでいるだろうか。それとも多くの人と友だちになって興奮して眠れないだろうか。
能楽ホールと多目的ホールでちびっ子たちの国際交流が行われた。ずっと未来につなげてもらいたいと願っていた。
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