字幕の作業をしていて、ハートを掴まれるような気分になる映画があります。最近の作品では、『きっと、うまくいく』『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』『神さまがくれた娘』など、そしてこれからの公開作では、『ミルカ』に『女神は二度微笑む』。考えてみると過去の担当作品でも、胸から手を差し込まれて心臓をぎゅっと掴まれる感覚を覚えながら、字幕翻訳をした作品がいくつもありました。そういう映画を担当させてもらえるのは、ラッキー以外の何ものでもないですね。
中でも『ミルカ』は、ハートを掴まれると共に、切ないというか痛いというか、そういう感情も味わいながら字幕を作っていった作品でした。主人公は実在の人物で、ミルカ・シンという陸上中短距離のアスリート。インドのことを勉強していれば、いつの間にか知識として入ってくる名前で、日本でいえば「王・長嶋・大鵬」といった存在に匹敵する人物です。でも、この映画を見るまでは詳しい背景も知らず、シク教徒だという知識ぐらいしか持ち合わせていませんでした。というわけで「『ミルカ』萌え」シリーズの第1回は、映画の主人公モデルとなったミルカ・シンのお話です。
まずは、映画の基本データをどうぞ。
『ミルカ』 公式サイト
2013/インド/ヒンディー語・パンジャービー語/153分(インターナショナル版)/原題:Bhaag Milkha Bhaag
監督:ラケーシュ・オームプラカーシュ・メーラ
主演:ファルハーン・アクタル、ソナム・カプール、ディヴィヤ・ダッタ、プラカーシュ・ラージ、パワン・マルホトラ、アート・マリク、ジャプテージ・シン、ヨグラージ・シン
提供:日活
配給:日活/東宝東和
宣伝:スキップ
※2015年1月全国ロードショー
いつもならここでストーリーをご紹介するのですが、今回はミルカ・シンを知っていただくために、字幕翻訳時に作った彼の個人年表を出しておきます。字幕翻訳のためのメモなので、映画に出てくる出来事が中心です。
(C)2013 Viacom18 Media Pvt. Ltd & Rakeysh Omprakash Mehra Pictures
<ミルカ・シン年譜>
・Wiki”Milkha Singh”等を参照/下線を引いたのは映画中に登場した出来事(あくまでもメモなので、ネットの記述などに従ってあります。事実と違っている箇所があった場合はご指摘下さい)
1930年頃 イギリス領インド、パンジャーブ州ゴーヴィンドプラ村生まれ(パキスタン戸籍によると、1929年11月20日生まれ。別の記録では、1935年10月17日生まれ。生地も別の村説あり)
1947年 印パ分離独立によりインド、デリーに移住
プラーナー・キラーの難民キャンプで一時期を過ごす
既婚者の姉Ishvarと同居する
? 無賃乗車で逮捕、ティハール監獄に収監
1951年 兄Malkhanの勧めにより陸軍に入隊(4度目の受験)
中部インド、シカンダラーバード(ハイダラーバードに隣接した町)のthe Electrical Mechanical Engineering Centre勤務中に陸上と出会う
1956年 メルボルン・オリンピック出場~200mと400m、いずれも予選落ち
(パキスタンのアブドゥル・カーリクは100mと200mで準決勝まで進出)
1958年 200mと400mでインド新記録(カタック開催のインド国体にて)
1958年 東京でのアジア大会に出場~200mと400mで金メダル(大会新となった200mは、パキスタンのアブドゥル・カーリクと0.1秒差)
1958年 英連邦大会で400m金メダル
1959年 パドマーシュリー勲章を授与される
1960年 フランスでの競技会の400m走で45.80の世界新記録を出す。(非公式との説もあり。また、1956年にロサンゼルスの競技会でLou Joneが出した45.20が世界記録、という説もあり)
1960年 ローマ・オリンピック出場~200mと400mに出場。400mは決勝で4位
この時の400mの記録45.73秒は、その後40年間にわたってインド記録となる
1960年 インド・パキスタン親善陸上試合(1960年1月とする資料もあり)~“Flying Sikh”の名称をパキスタン大統領より授けられる
1962年 ジャカルタでのアジア大会に出場~400mと4×400mリレーで金メダル
1964年 東京オリンピック出場~400m、4×100m、4×400mにエントリーしたが、出場は4×400mのみで予選落ち
? 軍隊を退役
? パンジャービー語の伝記「空飛ぶシク ミルカ・シン(Flying Sikh Milkha Singh)」を出版
2003年 青少年支援の慈善団体「ミルカ・チャリティ・トラスト(Milkha's Charitable Trust)」設立
2013年 娘との共著による自伝「わが人生のレース(The Race of My Life)」を出版
上の写真が実際のミルカ・シンです。(写真はWiki"Milkha Singh"より)
映画『ミルカ』はローマ・オリンピックの会場にミルカ(ファルハーン・アクタル)が姿を現すところから始まり、「ミルカ、走れ(バーグ)!」というランヴィール・シン・コーチ(ヨグラージ・シン)の言葉につい亡き父(アート・マリク)の悲痛な叫び「ミルカ、逃げろ(バーグ)!」を重ね合わせてしまい、背後を振り向いて4位に落ちてしまう、というエピソードが描かれます。シク教徒だったミルカの父は、インド・パキスタンが分離独立をした1947年、今はパキスタン領となっている故郷の村でイスラム教徒に殺されたのでした。
オリンピック後に行われるインドとパキスタンの親善陸上試合では団長を務めなければならないのに、「パキスタンには行かない」と言い出すミルカ。そのミルカを説得するため、ネルー首相(ダリープ・ターヒル)の命を受けて、スポーツ担当大臣(K.K.ライナー)がランヴィール・シン・コーチと共にミルカの家があるパンジャーブ州チャンディガルに向かいます。その時ランヴィールに頼まれて同行したのが、ミルカの軍隊時代のコーチであるグルデーウ・シン(パワン・マルホトラ)でした。グルデーウ・シンは行きの列車の中で、ミルカの生い立ちと青年時代、そして軍隊で彼が遭遇した苦難について語ります...。
(C)2013 Viacom18 Media Pvt. Ltd & Rakeysh Omprakash Mehra Pictures
こうして、映画はパキスタンとの親善陸上試合が終わるまでを描いていきます。映画的に脚色してある部分もありますが、基本的にはミルカ・シンの前半生を辿り、歴史に翻弄されたアスリートの姿を浮き彫りにします。映画を製作するにあたって、ミルカ・シン本人も全面的に協力し、ファルハーン・アクタルに走法を指導したりしたそうで、ファルハーン・アクタルが作り込んだ肉体が物語にリアリティを持たせています。
プロゴルファーであるジーヴ・ミルカ・シンのお父さん、という方がわかりやすい方もいらっしゃるかも知れませんね。この機会にぜひ、ミルカ・シンの名前を憶えて下さい。
cinetamaさん、すごい映画字幕やられていたのですね。
どの映画も私のお気に入りで、なんだか嬉しくなりました(^^)
オリジナル観ていても、やはり映像だけ理解するのは難しいので、日本でインド映画がいっぱい上映されて、日本語の字幕で観れるのは、とっても嬉しいです♪
ミルカさん、壮絶な人生を歩んだと思えないくらい、穏やかで優しい雰囲気の方ですね。
映画を通して、インドの歴史や文化を知ることも多く、素晴らしい作品がたくさんあるので、これからもっともっとインド映画上映されることを願っています!
この冬は、cnetamaさんの字幕とともにインド映画を楽しみたいと思っています♪
翻訳作業等でお忙しいと思いますが、お体に気をつけてくださいね。
今後もブログ楽しみにしております♪♪♪
本当に幸運にも、私はいい作品の字幕をたくさん担当させていただいています。
でも、私はどちらかというとアクション映画は苦手なので、『チェイス!』や『タイガー 伝説のスパイ』、『クリッシュ』などのキレのいい藤井美佳さんの字幕はうらやましいです。ヒンディー語から直接字幕が作れる人の中では、唯一プロの字幕翻訳者と言っていい人です。
あと、岡口良子さんもスッキリした男前な字幕(?)を作られる方なので、どこかの配給会社さんが起用して下さらないかな、と願っています。
『チェイス!』『ミルカ』『女神は二度微笑む』、ぜひ楽しんで下さいね。
ミルカ・シンの記録は1984年に高野進が破るまでアジア記録でもありました。
因みに彼は中距離ではなく短距離の選手ですね。
お詳しいですね。ミルカ・シンは30年近く「アジア最速の男」の1人であり続けたのですね。
プレスにまとめる時、同時代的記憶がない者ばかりだったので、プレスとそれをアップした公式サイトは、いろいろ不備があるかも知れません。
ここにお書き下さったような一文も、入れられるとよかったのですが。
「中距離」としたのは私のミスです。すみません。800m以上が中距離なんですね。直しておきます。
ご指摘ありがとうございました。