昨日は、ナーグ・アシュウィン監督のテルグ語映画『カルキ 2898-AD』の初日でした。当初、近くのシネコンでIMAX上映を見ようと考えていたのですが、残念ながら普通のスクリーンでの上映のみ。木場のシネコンのIMAX(昨年はここも結構通った)まで行くかなあ、と思ったものの、友人が教えてくれた新宿ピカデリーでの「ライブ音響上映」というのも面白そうなので、そちらにしました。この特別上映の他、新ピカでは朝の8時10分(!)から4回の上映が設定されていて、いくら何でもそんな朝早くから見に行く人がいるのかしら、「First Day First Show」はインドでは主演俳優の熱血ファンが足を向ける定番とはいえ、日本でもそうなの? 等々、あれこれ考えながら、午後5時35分からの上映に向かいました。
開場を待つ間グッズ売り場を見ていたら、昔なじみのアジア映画ディープファンである友人とバッタリ。彼はちょうど午後2時5分からの上映を見て出てきたところのようで、「どうでした?」と聞くと、「う~ん」と、どうやら、わかりにくい点が多々あったようです。やっぱりねー。彼ぐらい優れた映画眼を持つ人でも、導入部とかからしてわかりにくかったかも。「マハーバーラタ」が脳内にしみ込んでいるインド人観客なら、あの導入部でアドレナリンがドバーッ、という感じでしょうが、日本人には「?」マークが次々と出てくる感じだったかも知れません。私も最初見た時はそうだったので、のちほどオープニングの立体画についてだけでもちょっと書いておきますね。オープニングタイトルのバックに、劇中シーンの立体画を次々と見せる、というのは『バーフバリ』の手法の踏襲ですが、ナーグ・アシュウィン監督、ハリウッド映画だけでなく、ここ10年ぐらいのインド映画の大作もよーく観察して、あちこちに生かしています。
それで、上写真のプレゼントポスカをもらってスクリーン7に入り、始まった「ライブ音響上映」は、サウンドが体を持ち上げるような体験をさせてくれました。最初の、製作会社のロゴマーク「saregama」(”サレガマ”はインド版”ドレミファ”) の音楽からして、お尻が持ち上がる感じです。オープニングタイトルで繰り広げられる「マハーバーラタ」のシーンでは、当初セリフが音割れして聞き取れないぐらいでした。こんな調子で、重低音ヴォイスのアルジュン・ダースが声をあててるクリシュナが出てきたらどうなるの? と心配していたら、音が調整されたみたいで、音割れがなくなりました。やれやれと、その後はダイナミックな音を存分に楽しみました。そのオープニングタイトルに出てくるシーンを、ちょこっと解説しておきます。「マハーバーラタ」のラストシーンで、パーンダヴァの五王子とカウラヴァの百王子とが戦い、いろんな勇者が両者の味方をして、剣、弓、槍とかで戦う、という壮絶なシーンです。
最初のシーンは、パーンダヴァの五王子の1人アルジュナを乗せた戦車を、クリシュナが御してやってくるところです。クリシュナは孔雀の羽を頭に付けているので、それとわかります。
続いて、カウラヴァの軍を率いていたビーシュマが、アルジュナから射かけられた何百本もの矢に射貫かれたまま、宙に浮いている姿が登場します。
その向こうでは、アルジュナの息子で16歳のアビマニュが、パーンダヴァ軍を脱出させたため、カウラヴァ軍の主立った武将たちや武術の師ドローナ、その息子アシュヴァッターマンらに囲まれて、弓や剣や槍を折られた末に馬車の車輪を掲げて戦う姿が見えます。アビマニュはここで命を落とします。
続いて、地面のくぼみにはまり込んで抜けなくなった車輪を、カルナ(本当はパーンダヴァの五王子の兄なのですが、ゆえあって彼らには身分が知られぬまま、カウラヴァの戦力となって戦っています)が引き上げようとするシーンが出てきます。カルナはここで背を向けて車輪を持ち上げようとした時に、アルジュナの矢に射られて命を落とします。
そして、「”象の”アシュヴァッターマンが死んだぞ」という声が聞こえ、アシュヴァッターマンの父ドローナはそれを、息子が戦死した、と勘違いして、急速に戦意を喪失してしまいます。地に座ったドローナは、パーンダヴァ軍の指揮官ドリシュタデュムナに首を切られようとしています。
父を殺されたアシュヴァッターマンは怒りに駆られます。彼は強力な武器(アストラ)を持っていますが、この武器をインドの人々は放射能兵器であると解釈していて、上のような図が描かれたりしています。アシュヴァッターマンとアルジュナは、武器ブラフマーストラ(ブラフマ・アストラ)を放ちますが、クリシュナから「アストラを呼び戻せ。さもないと大地を破壊し、すべてのものが焼き殺されるぞ!」と言われ、アルジュナはただちにアストラを手元に戻します。ところがアシュヴァッターマンは戻し方を知らず、方向を変えてパーンダヴァのアビマニュの未亡人で、妊娠しているウッタラーに向けて飛ぶようにします。怒ったクリシュナはウッタラーを守り、その勢いでアシュヴァッターマンに詰め寄り呪いをかける、というのが、タイトルが出るまでの「マハーバーラタ」の物語です。
前置きが長くなりましたが、ここで、「続編にならないとわからないの?」疑問を書いておきます。
①カマル・ハーサンが演じるスプリーム・ヤスキンは一体何者?
「コンプレックス」を支配する200歳の、しわしわの男がスプリーム・ヤスキンです。カーシーの街では、人々の平均寿命は2024年の現代と変わらないようですが、200歳まで生きているのは、妊婦の胎盤に当たるような、特殊なホルモンを摂取しているおかげ? それさえあれば永久に死なない、不死の男なのでしょうか? それにしても、このコンプレックスを建設し(超絶の建築技法!)、維持しているシステムの全貌が描かれないので、バニ顧問(アニル・ジョージ)や司令官マナス(シャッショト・チャテルジー)がスプリーム・ヤスキンを畏怖している理由がわかりません。暗殺しようとした科学者は殺されてしまいましたが、こんなの全員でクーデターを起こしちゃえば一発じゃないの? と思うのは私だけ?
②プラバースが演じるバイラヴァは「マハーバーラタ」のカルナの生まれ変わり?
今回ラストで、それがチラと明かされますが、上に書いたようにカルナは殺されてしまっています。アシュヴァッターマン(アミターブ・バッチャン)は幸い、「3000年生きろ」というクリシュナ(クリシュナクマール・バーラスブラマニヤン/声:アルジュン・ダース)の呪いで、その倍の6000年ではありますが生きているからいいのですが、さて、カルナは? これをひっくり返すウルトラCが後編には出てくるのでしょうか? とはいえ、カルナというキャラクター、インドの人はなぜか大好きなんですね。パーンドゥの五王子のうち、ユディシュティラ、アルジュナ、ビーマの母親クンティーは、結婚前に太陽神と契ってカルナを産み、結婚前の子だから、とカルナを川に流してしまいます。成長したカルナは勇士となりますが、出自がわからない、というので軽くあしらわれ、それをかばったカウラヴァの長男ドゥルヨーダナに恩義を感じ、カウラヴァの味方をするのです。インド人も判官びいきと言うか、陰のあるヒーローが好きなんですね。
まだ小さな疑問があれこれある(なぜ武器が針金ハンガーみたいな形状なのか、とか^^)のですが、大きなのはこの2つ。反対に、うまい設定だな、と思った点もいくつかあります。
①反乱軍によって、「シャンバラ」という土地で都市国家に近いものが成立していること。
そもそも「シャンバラ」というのは仏教伝説上の王国の名で、その名を借りて、多宗教、多人種、多文化の理想郷を作り上げています。昨年の総選挙でのBJP敗北以来、インド全体の右傾化は少しストップした感がありますが、こういうディストピア映画の中で、セキュラリズム(世俗主義)のユートピアが描かれるのは非常に興味深いです。
②「シャンバラ」の指導者が女性のマリアムであること。
演じているショーバナの品の良さと美しさが、シャンバラのシーンを香り高いものにしています。ショーバナは有名な古典舞踊手でもあるのですが、多くの南インド諸言語の映画やヒンディー語映画にも出演していて、よく知られている女優です。
③後半でバニ顧問が司令官マナスに語る6000年に一度の日食の話
見事な天文ショーになると思われ、第2部でどのように描かれるのか楽しみです。
なぜ「2898AD」なのか、という謎解きは、こちらの監督インタビューでどうぞ。このインタビューで最後に語っている『野生の島のロズ』のチラシも付けておきます。
私に「ライブ音響上映」を教えてくれた友人は、「『スターウォーズ』みたいだった」と言っていましたが、確かに、映像付き遠隔交信装置は、『スターウォーズ』のレイア姫とかの像が浮かぶシーンを思い出させますね。「SCREEN」の編集者さんによると、ハリウッド映画のSF作品やマーベル作品に親しんでいる人の方が、かえってすんなりとこの世界に入り込めるのでは、とのことでした。ハリウッド映画好きのお友達も誘って、劇場へぜひお出かけ下さい。