やっと、許鞍華(アン・ホイ)監督作品『桃姐』を見ることができました。今、どこの映画館でも公開中で、しかも大入りしています。それもそのはず、期待に違わず上質で、しっかりと骨のある作品でした。
ストーリーはアジア映画好きの方ならご存じだと思いますが、ある脚本家の実体験に基づいたもので、お手伝いさんとして長年勤めていた女性を看取るまでのお話です。桃姐というこの女性は、ミドルティーンの時に主人公ロジャーの家に奉公し、その後一家が移民してしまったあと香港にとどまったロジャーに仕えて、もう60年働き続けています。ロジャーにとっては、桃姐は空気のような存在。身の回りの世話もおいしい食事を作ってもらうことも当たり前と化し、いちいちお礼も言わないどころか、必要なこと以外話さえもしません。「工人(使用人)」というのは、そういう存在なのですね。
ところがある日、中国大陸での映画製作打ち合わせから戻ってみると、鍵がしまったままでベルを鳴らしても誰も出てきません。桃姐は中で倒れていたのでした。脳梗塞で入院した桃姐は、「もう仕事はできないから辞める」と言い、ロジャーは彼女の希望に従って老人院(老人ホーム)を探してきます。そこでの様々な生活を経て、ロジャーは桃姐の心意気というか生きる姿勢を少しずつ認識し、自分は彼女の「契仔(親子的な関係を結んだ男性。女性は”契女”と呼ばれる)」だとまで言えるようになります。桃姐のやさしさ、常に自分より人を心配する気持ち、自分のためにロジャーにお金を使わせまいとする過剰なまでの謙虚さは、英語タイトルの「シンプル・ライフ」そのものです。その頑固さと紙一重の強さが、見る人の心をゆさぶります。葉徳[女閑](ディニー・イップ)の”頑固ばあさん”の演技が素晴らしいです。
それと、ロジャーが少しずつ変わっていく姿を、劉徳華(アンディ・ラウ)も上手に見せてくれます。アン・ホイ監督の演技指導もあったのでしょうか、スターのオーラを脱ぎ捨てて、時には”クーラー修理の人”に見間違えられるような地味な脚本家、40歳過ぎても独身でいるちょっとくすんだ男性を、演技と思えぬ演技で演じているのです。最初の冷たいとも思える関係から、だんだんと心が桃姐に寄り添っていく変化も見事で、ディニー・イップとアンディとのコンビネーションが絶妙でした。そのほか、いろんな有名俳優が助演に回っていて、老人ホームの経営者役黄秋山(アンソニー・ウオン)とか、アンディと仕事をする監督役の徐克(ツイ・ハーク)や洪金寶(サモ・ハン・キンポー)など、豪華な顔ぶれが楽しませてくれます。日本でも映画祭上映だけでなく公開されるのではと思いますので、楽しみにお待ちくださいね。
あともう1本、『殺人犯』 (2009)の監督周■揚(ロイ・チョウ)の新作『大追捕』も見ました。主演は張家輝(ニック・チョン)と任達華(サイモン・ヤム)。刑務所から20年ぶりに出てきた殺人・強姦犯ニック・チョンが、新たに起こった有名音楽家殺人事件の犯人では、と刑事サイモン・ヤムが疑い、そこから過去の犯罪と数奇な人間関係が明らかになっていく、というサスペンス劇です。ニック・チョンの演技がものすごくて、年をとったなあ、と思いつつ、その老けぶりがぴったりの役で、目が離せませんでした。ロイ・チョウ監督、『殺人犯』からさらに一歩成長したようです。
映画祭の方では、中国湖南省を舞台にした陳卓(チェン・ツオ)監督の『楊梅洲』(Song of Silence)がとてもよかったです。しゃべるのが不自由な中学生の女の子と、離婚後彼女を母方の祖父に預けっぱなしの警官の父、そして父の恋人であるシンガー・ソングライターの若い娘、という3人が主人公で、それぞれに孤独で屈折した3人が、近づいたり離れたり、憎み合ったり寄り添ったりする姿を描いています。
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それぞれにあっと驚く姿を見せるシーンがあり、いい意味でも悪い意味でも観客はうっちゃりを食らわされます。脚本がうまくて、ほとんど素人の出演者だそうなのですが、厚みのある映画になっていました。
もう1本、陳映蓉(D.J.チェン)監督の『騒人』(Young Dudes)という作品も見たのですが、こちらは酷評すれば薄っぺらな作品でした。阿部力に、『九月に降る風』 (2008)や『孫文の義士団』 (2010)の王伯傑(ワン・ポーチエ)という魅力ある俳優が出ているのですが、早く終わってくれ~、と思って見ていました。というわけで、会場に現れたチェン監督とワン・ポーチエ、それから音楽を担当した二人組の写真だけつけておきます。
明日の日曜日は香港特別行政区首長(略して”特首”)選挙が行われる日なのですが、3人の候補者による選挙合戦が熾烈を極め、直接選挙ではないのに大いに盛り上がっています。先日香港在住の友人に聞いた話だと、「”クレーン大作戦”まであって、映画以上に面白い」とのこと。千数百人しか選挙権を持っていないのですが、唐英年、梁振英、何俊仁という3人の候補者のうち、有力候補者である唐、梁の両氏に次々とスキャンダルが発覚、大騒ぎになっているのです。私がインドへ行く時、3月初めに機内で読んだ新聞には、確か唐氏の隠し子スキャンダルが出ていましたが、その前には梁氏(すみません、これも唐氏でした。だから落選しちゃったのね・・・・3/25記)の違法建築スキャンダルが暴露され、邸内の写真を撮ろうとお屋敷にクレーンが集結したのだそうです。友人に聞いた”クレーン大作戦”の話、「きたきつねの穴」さんのブログで知った「ジャパナビりえ的香港TV道」に詳しく写真付きで載っていましたので、興味がおありの方はどうぞ。
友人の話で想像した時は、クレーンカメラで邸内を撮ったのかな、と思っていたのですが、なんのなんの、電柱工事などに使うクレーン車にカメラマンが乗り、それで邸内の撮影をしたようで、前述のりえさんのブログにはクレーンがにょきにょきと林立する写真がっ! いや~、現実がこれでは、なまなかな映画は太刀打ちできませんわね~。やっぱり面白くてステキな香港なのでした。
*写真は第36回香港国際映画祭サイトより
ご紹介ありがとうございます。
実は、今、土瓜湾にいます。
「桃姐」は今日見る予定です。ちょうど電影中心で14:00から「阿飛正傳」があるので、順番を考え中です。
ハーバーホテル、実は泊まろうかと思っていたので、情報ありがとうございました。最近はネット無料のホテルも増えてきましたよね。
茶餐廳の朝ご飯も楽しいです。今日はぽーろーやうを食べます。
あまり寒くならないといいですね。香港は風邪がはやっているようなので、お互い気をつけましょう!
「桃姐」に関する本、ポスター付きの以前紹介した本以外に、ロジャーのモデルになった林さんが書いた「桃姐與我」という本も出ていました。これを見て、劇中のある部分がよくわかったりしました。
それでは映画、楽しんできてくださいね。またブログでのご報告を楽しみにしています!
見た人によって感想が分かれているようなので、自分がどう感じるか、とても興味があります。
東京国際でかけてくださらないかしら。
大追捕も見たい作品の1つです。
「殺人犯」の監督さんなのですね。
今回も重苦しい作品なのでしょうか。
見たい!と思える作品があるというのは幸せです。
こちらで読ませていただいて、ワクワクな気持ちが高まりました。
「桃姐」は、見る人の年齢によって評価が分かれるかも知れません。私は桃姐に近い年なので、よけいに共感を覚えたのだと思います。若い方が見ると、いまいちその心情など理解できないのでは、という気がします。
日本は今シニアが映画館観客の中心を占めるので、案外ヒットするかも知れません。どこかの配給会社様、買って下さいね~。