前回、途中になっていましたサルマーン・カーンのお話、いよいよ「転落編」です。ラージャシュリー社作品『Hum Saath Saath Hain(私たちはいつも一緒)』(1999)は、『ミモラ こころのままに』(1999)のヒットを受けて同じ年の秋のお祭りシーズンに公開され、これもヒットとなります。ラージャシュリー社作品というだけでも期待が高く、しかもサルマーン・カーン、サイフ・アリー・カーンに女優陣はカリシュマー・カプール、タッブー、ソーナーリー・ベーンドレーという豪華キャスト。ストーリーは典型的なファミリードラマで、あまり新味はなかったのですが、全員が豪華な民族衣装を着て並んだだけで観客は大喜び。
ところが、後になって判明したのですが、この作品の撮影当時、1998年に、ジョードプル近郊の森でサルマーン、サイフ、ソーナーリー、タッブーとニーラムが狩りをし、保護動物のレイヨウ類だか絶滅危惧種のチンカラだかを捕らえ、あろうことか食べてしまった、という事件が明るみに出ます。その後裁判が行われ、サルマーン・カーンも実刑判決を受けて、一時は刑務所に収監されました。また、その事件が明るみに出るのと相前後して、2002年3月には付き合っていた『ミモラ』の共演者アイシュワリヤー・ラーイからストーカー行為を訴えられ、彼女との仲もそれまでに。当時サルマーンは荒れていたようで、同年9月には致命的な事故を起こしてしまいます。夜遅く酒を飲んで車を運転したサルマーンは、パン屋に突っ込んでその前の舗道で寝ていた男たちをはね、1人を死亡させ、4人に重傷を負わせてしまうのです。この事件も裁判となり、運転していたのは別人説も出たりして、結局サルマーンは証拠不十分で無罪となったのですが、非常に後味の悪い事件でした。
サルマーンが四面楚歌だった時も彼の映画は続けて公開されていましたが、話題になった1作がありました。それが『Tere Naam(お前の名前)』(2003)で、タミル語映画でヴィクラムが名演技を見せた『Sethu(セードゥ)』(1999)のヒンディー語リメイク作品です。愛する女性を傷つけ精神を病んでしまう主人公がサルマーンの姿と重なり、観客は彼に同情を寄せたのでした。この作品以降、サルマーンは人気を回復していき、2005年からは「英語1単語タイトルのコメディ作品シリーズ」とでも呼ぶべきライトコメディに主演、『No Entry』(2005)、『Partner』(2007)、『Wanted』(2009)、『Ready』と『Bodyguard』(2011)と、次々とヒットさせていきます。これらの中にはハリウッド映画のリメイクもありましたが、タミル語映画など南インド映画のリメイクが多く、サルマーンは自分と南インド映画との相性の良さに気づくことになります。そしてその南インド映画テイストを最大限に生かしたボリウッドのポリス映画が誕生するのですが、それが新しいヒーロー、チュルブル・パーンデーを生み出した『ダバング 大胆不敵』(2010)でした。
『ダバング』シリーズは『3』まで作られますが、出色なのは何と言っても『1』で、サルマーンはこの悪徳警官が文字通りのハマり役。アイテムソングの「Munni Badnaam Hui(ムンニーに悪い噂が立った)」もマライカー・アローラー・カーン(当時の名前)のセクシーなダンスで大ヒット、「ダバング」ブームを巻き起こしたのでした。こうしてサルマーンは完全復活を遂げたのです。続いては、ヤシュ・ラージ・フィルムズがスパイもの作品『タイガー 伝説のスパイ』(2012)に彼を起用、カビール・カーン監督、相手役のカトリーナ・カイフとの相性もよく、『ダバング』の22億ルピーを抜いて33億ルピーを超える興収を挙げ、スパイのタイガーを人々の胸に焼き付けたのでした。
これが、今回の『PATHAAN/パターン』に繋がってくるのですが、カビール・カーン監督との仕事では『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015)で、さらに高い興収を挙げることになります。日本でもとても評判がよかった『バジュランギおじさんと、小さな迷子』は、何と91億ルピー超というインド映画世界興収第6位の成績となるのです。その後、2017年に監督を変えて作られた”タイガー”シリーズ第2作『Tiger Zinda Hai(タイガーは生きている)』は、アクションのキレがよく見どころ満載で56億ルピー超の興収と、サルマーンは完全復活を遂げたように見えました。
しかしながら、その後映画の素材を南インド映画から韓国映画にも広げ、『国際市場で会いましょう』(2014)のリメイク『Bharat(バーラト)』や、『犯罪都市』(2017)のリメイク『Radhe(ラーデー)』(2021)も製作されたのですが、手応えは今ひとつ。『PATHAAN/パターン』の後に公開されたタミル語映画『兄貴の嫁取物語』(2014)のリメイク『Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan(誰かの兄貴、誰かの恋人)』(2013)は興収が製作費にまで届かず、失敗作に。ラーム・チャランもソング&ダンスシーンにカメオ出演したりしたのですが...。
というわけで、サルマーンの命運は、今年の11月10日に公開予定の『Tiger 3』にかかっています。監督がシャー・ルク・カーン主演作『ファン』(2016)のマニーシュ・シャルマーというのは不安材料(どう考えても、アクションシーンが見応えあるものになりそうにない...)ですが、「YRFスパイ・ユニバース」のさらなる発展のためにがんばってもらいましょう。では最後に、新しくリリースされた日本版予告編を付けておきます。タイガーさんが出てきませんが、ま、カメオ出演なのでご勘弁下さいね。
『PATHAAN/パターン』本予告
え? タイガーさん、もっと見たいって? しょうがないなあ、では裏タイガーのチュルブル・パーンデー、『ダバング 大胆不敵』の予告編を付けておきますね。この映画、藤井美佳さんの字幕がすごくいいんです。『マトリックス』などからのパクリのシーンもあるし、ユルいギャグも効いてるし、相手役のソーナークシー・シンハーはピカピカの美人だし、マンガチックでいいですよ~。あ、LINEのスタンプにもなってます。
映画『ダバング-大胆不敵-』予告編