アジア映画巡礼

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3月のオススメ映画『再生の朝に -ある裁判官の選択-』

2011-02-18 | 中国映画


間もなく公開される中国映画で、ぜひみなさんに見ていただきたい作品があります。日本語タイトルは『再生の朝に -ある裁判官の選択-』、原題を「透析」という映画です。

最初に、この映画の基本データを。
『再生の朝に -ある裁判官の選択-』 (2010/原題:透析 JUDGE)
公式サイト

© 2009  3C FILMS CO., LTD  All Rights Reserved

  監督:劉杰(リウ・ジエ)
  主演:倪大紅(ニー・ダーホン)、奇道(チー・ダオ)、宋迎春(ソン・エイシェン)、梅〔女亭〕(メイ・ティン)、鄭錚(ジェン・ジェン)、高群書(カオ・チュンシュエ)
  配給:アルシネテラン
  上映情報:3月5日(土)~ @
シアター・イメージフォーラム銀座シネパトス
         その他全国順次公開

映画は、交通事故の報告書を写した画面から始まります。そこに書いてある日付の年は”1997年”。報告書を見ているのは、その事故で娘を奪われた裁判官のティエン(ニー・ダーホン)。彼は警官から、娘を轢き殺した車は盗難車であったと知らされます。ティエンは家に帰り、妻(ジェン・ジェン)と食事をしようとするのですが、妻はじっとうつむいたまま。彼女は娘を失ったショックから、いまだに立ち直れないのです。
裁判所で現在ティエンが担当しているのは、自動車窃盗犯の裁判でした。被告人はチウ・ウー(チー・ダオ)という貧しい家庭の青年で、車を2台盗んだというのが罪状です。中国の刑法は1997年3月に改正され、同年の10月1日から施行されるのですが、旧刑法では自動車窃盗犯は死刑でした。1979年に制定された旧刑法は、多分に見せしめの意味を含んでいたのです。
裁判は10月より前に結審したので、チウ・ウーは死刑が確定します。すると、この死刑囚に死後腎臓を提供してもらおうと考える人が出てきました。重い腎臓病を患う会社社長(ソン・エイシェン)とその婚約者(メイ・ティン)は、仲介を申し出た弁護士(カオ・チュンシュエ)を信じ、腎臓移植が実現する日を待つのですが....。

とても重い内容の映画で、それを反映するかのように、画面も終始暗めの映像が続きます。救いが見つからない裁判官の家庭と、死刑囚のチウ・ウーが収監される刑務所の部屋、そして、金がかかっているのに無機質でどこか冷たい社長の自宅が交互に写され、ドキュメンタリー映画のようなタッチでお話が進行していきます。
チウ・ウーは死刑になってしまうのか、彼は臓器提供を承諾するのか、裁判官と妻の関係は永遠に凍ったままなのか....。見ていくうちにどんどん話に引き込まれていき、主人公たちが抱える焦燥感がこちらにも伝染してきます。まるで、良質のサスペンス映画を見ているようでした。

リウ・ジエ監督はインタビューで、すべてロケで撮り、主演俳優6人以外は全員その現場にいた人に出演してもらった、と語っています。舞台となっているのは北京市のすぐ南に隣接する河北省チュオ〔さんずいに豕〕州市で、刑務所シーンもそこの刑務所を使って撮られたとか。チウ・ウーの同房の囚人たちはみな実際の服役者だというのですから、驚きです。実際の人々を使ったからといってリアリティが出るかどうかはまた別問題なのですが、監督は彼らの中にあるリアルを実に上手に引き出しています。

それに対し、大変だったのは俳優たちのようで、監督は彼らから演技らしい演技という非リアルをそぎ落とすために、かなり俳優を追い込んだようです。それだけに、『活きる』 (1994)や『王妃の紋章』 (2006)などの張芸謀(チャン・イーモウ)監督作品でお馴染みのニー・ダーホンも、『追憶の上海』 (1997)で張國榮(レスリー・チャン)と共演したメイ・ティンも、まるで別人かと思うような、抑制のきいた演技を見せています。監督として知られるカオ・チュンシュエも、どこのヤクザな弁護士か、と思ってしまったぐらい自分の個性を消しています。

さらにもう1人、「この人が!」というのが、チウ・ウー役のチー・ダオ。

© 2009  3C FILMS CO., LTD  All Rights Reserved

坊主頭だったので最初は気が付かなかったのですが、よくよく見ると、『ココシリ』 (2004)で砂に沈んだお兄さんだった! 『ココシリ』当時は名前が違っていて、其亮(チー・リャン/日本では「キィ・リャン」と紹介)という名前を使っていました。映画の後半で病人の移送と補給のため村に戻り、荷物を積んで再びパトロール地まで戻ろうとした時に、流砂に囚われてその中にずぶずぶと沈んでいってしまう役、と言えば思い出す方も多いのでは? 日本版DVDの表紙にも、パトロール隊長と額をつけて別れの挨拶をする写真が出ています。こんな長髪だったので、最初に見た時はわからなかったのでした。  

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私が『再生の朝に -ある裁判官の選択-』を初めて見たのは、昨年、2010年の第34回香港国際映画祭。この映画の冒頭に出てくる1997年は香港返還の年で、これを目にしたとたん、私はこの映画に捉えられてしまったのです。以前、『ジャライノール』 (2009)を2009年香港国際映画祭の私的ベストワン、と書きましたが、『再生の朝に -ある裁判官の選択-』は2010年の私的ベストワンでした。

ただし、もう1本、同点ベストワンがあって、それはフィリピン映画の『ばあさん』(2009) 。2010年のアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映されましたが、できれば『おばあさん』とか『祖母』というタイトルにしてほしかったと思うぐらい、尊厳に充ち満ちた祖母2人の話でした。そんなわけで、昨年の香港国際映画祭は、ベストワンが2本という収穫大だったのです。

 『再生の朝に -ある裁判官の選択-』は、先に書いたように画面が全体的に暗いため、ぜひ大画面でご覧下さい。暗い画面に使われている光の美しさが、いっそう印象強く心に残ります。

原題の「透析」は、中国語では治療としての透析と、物事を透かし見て分析する、という2つの意味があるとか。まさに、人間と人生を透析したようなこの映画、見た後の充足感をお求めの方にオススメです。 

 


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