昨日は、インド映画を見る前に、どうしても見たかった韓国映画を見てきました。昨年韓国で、自国映画では興収第1位となった『モガディシュ 脱出までの14日間』です。興収第2位『シンクホール』の1.6倍という驚異的な興収でダントツ1位になっただけあって、サスペンスにアクション、ユーモアと感動がぎっしり詰まった作品で、121分という上映時間があっという間でした。実はこの作品、試写のご案内をいただいていたのですがうかがえず、また、オンライン試写もタイミングをはずしてしまって、ご紹介がすっかり遅くなりました、ごめんなさい。今回劇場で見てみて、アジア映画ファンには必見の作品、と確認しましたので、遅ればせながらご紹介する次第です。まずは映画のデータからどうぞ。
『モガディシュ 脱出までの14日間』 公式サイト
2021年/韓国/カラー/121分/原題:모가디슈 /英語題:ESCAPE FROM MOGADISHU
監督:リュ・スンワン
出演:キム・ユンソク、ホ・ジュノ、チョ・インソン、ク・ギョファン、キム・ソジン、チョン・マンシク
提供:カルチュア・エンタテインメント
配給:ツイン、 カルチュア・パブリッシャーズ
※7月1日(金)より新宿ピカデリー、グランドシネマサンシャイン 池袋ほか全国ロードショー公開中
(c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.
舞台となるのは、アフリカ大陸の中部東端にある国ソマリア。アラビア海に向かって東に突き出しているので「アフリカの角」と呼ばれる部分の、海岸沿いを占める国です。その南部、ケニア寄りの海沿いにある街が首都モガディシュですが、描かれる時代は現代ではなく、1990年末となります。この頃、1988年のソウル・オリンピックを成功させた韓国は、いまだ実現していない国連加盟を何とか果たそうと、投票権を持つ国への働きかけにやっきとなっていました。また、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)も国連加盟を目指し、特に中国との関係が深いアフリカ諸国に早くから食い込んでいました。そんな対象国の1つがソマリアだったのです。
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映画の冒頭、韓国から政府高官への貢ぎ物を運んできた参事官カン・テジン(チョ・インソン)は、空港でハン・シンソン大使(キム・ユンソク)とコン・スチョル書記官(チョン・マンシク)に出迎えられたのも束の間、貢ぎ物だけ受け取ったハン大使らはそのまま大統領との約束の場に車を飛ばして行ってしまいます。ところが、途中で何者かに襲われたハン大使一行は、貢ぎ物を奪われた上、車はパンクさせられ、運転手も負傷します。ほうほうのていで大統領府に到着すると、大統領補佐官からは、「15分遅刻なので会見は取り消しです」と言われてしまう羽目に。そんなハン大使の視線の先には、悠々と大統領執務室に向かう北朝鮮大使館のリム・ヨンス大使(ホ・ジュノ)の姿がありました。
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実はハン大使らを襲ったのは、北朝鮮大使館の参事官テ・ジュンギ(ク・ギョファン)が雇った男たちでした。本国同士の南北対立以上に、出先機関での角突き合いは熾烈だったのです。ですがそんな中、ソマリアの情勢がだんだんと不穏になってきます。そしてついにある日、統一ソマリア会議を名乗る反乱軍が、首都モガディシュでも蜂起します。各国大使館に「腐敗した現バーレ政権に協力する国はみな敵である。ソマリアから出て行け!」という声明を送りつけ、外交特権のある大使館をも襲い始める反乱軍。北朝鮮大使館も危険にさらされ、リム大使始め全員が避難せざるを得なくなってしまいます。あちこち逃げ惑い、最後に彼らが頼ったのは、金を払って政府軍に警備を依頼している韓国大使館でしたが、もちろんすんなりと韓国側は北朝鮮側を受け入れてはくれませんでした...。
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その後、結局韓国大使館が北朝鮮の人々を受け入れ、共にモガディシュ脱出を試みるのが本作のクライマックスとなるのですが、とにかく役者の皆さんがうまくて、目の前で当時が再現されている錯覚に陥ってしまいます。これは韓国人俳優だけでなく、ソマリア人を演じた現地の俳優、そして、イタリア大使館やエジプト大使館などの外国人を演じた俳優たちも全員がリアルで迫力満点。撮影は、ソマリアが現在韓国政府によって渡航禁止国となっているため、モロッコの首都ラバトの西南、内陸部の有名な街マラケシュのちょうど西に位置する港湾都市エッサウィラで行われたそうです。従って、ソマリア人として出演しているのはモロッコの俳優たちなのでしょうが、冒頭に登場する空港タクシーの運転手、大使館勤務の若い運転手、イヤミな警察署長、北朝鮮大使館のテ参事官が手懐けていた若いギャングたち等々、子役に至るまでうますぎる!という演技者が揃っていました。
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プロダクション・ノートによると、ユン・デウォン武術監督は現地の演技未経験者たちをキャスティングし、毎日アクションのトレーニングを行ってこの演技レベルを引き出したそうで、見る人はみんな、自分たちがモガディシュ内戦のただ中にいる思いを味わうに違いありません。このほか、キム・ボムク美術監督は大使館内部をリアルに再現するために、韓国から小物を空輸して大使館のセット内に配するなど、細部にまでこだわった仕事をしたとかで、下の画像などを見ても、その繊細な仕事ぶりがわかることでしょう。この女性はハン大使夫人(キム・ソジン)で、熱心なキリスト教徒として描かれ、現地スタッフを差別しない美点も描かれるものの、キリスト教精神が時には場違いな行動を取らせる皮肉なシーンも登場します。こんな風に、登場人物を型にはめず、非常に人間らしく描いているのも、本作の魅力的なところです。
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本作は、当時の大使自身が体験に基づいて書き上げた小説が元になっているそうで、それに加えて、当時アフリカを含む発展途上国で勤務していた外交官たちに会って意見を聞いたり、膨大な外交資料を収集したりと、非常に綿密な事前調査が行われたそうです。冒頭シーンで「へえ~」と思ったのは、ハン大使がカン参事官が持ってきた貢ぎ物が「包装されていない」としつこく文句を言うシーンで、日本と同じようにソマリアでも体裁が大事なのか、と驚きました。これも多分、上記の取材から得られた情報なのだと思います。こんな風に細かいところまで神経が行き届いた作品ですが、加えて南北対立もシビアに描いてあり、カン参事官の行動から思わず『The Net 網に囚われた男』(2016)を思い出すなど、退屈するヒマなど1ミリもない作品でした。
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恐らく韓国大使館からの脱出劇も、あまりにも手法が荒唐無稽すぎて、見ていてちょっと眉につばをつけたくなったのですが、かなり細部まで事実に基づいているのでは、と思います。どんな作戦だったのか、皆さん、ぜひお楽しみに。こういったクライマックスを経てのラストは、とてもしみじみとしたものでした。事実は小説よりも奇なり、と言いますが、南北関係史の中でもこの「機内の別れ」シーンは重要な1ページだったのではと思います。ぜひ、スクリーンで目撃して下さいね。最後に予告編を付けておきますが、ご覧になったあとは、こちらやこちらのメイキング&監督・俳優コメント映像も見てみて下さい。久しぶりに韓国映画の凄さを味わった、大・大満足の作品でした。
『モガディシュ 脱出までの14日間』本予告