TIFFの宿題がまだ残っていました。Q&Aレポート、最後は11月3日(日)の上映後に行われたベトナム映画『死を忘れた男』のヴィクター・ヴー監督です。ヴィクター・ヴー監督は、一昨年公開された『草原に黄色い花を見つける』(2015)の監督なのですが、こんな文芸作品の映画化を作る一方で、『ソード・オブ・アサシン』(2017)というような時代劇アクションも撮っています。それで、一体どんな監督なのかなあ、と興味があったのと、『死を忘れた男』の主人公が結構悪魔的な雰囲気を身にまとっていたため、どのような意図であの作品を作ったのか知りたい、と思ったからでした。登場したヴィクター・ヴー監督は、物静かな感じの人でした。アメリカで生まれ育ち、現在はアメリカとベトナムを行き来して映画制作をしているヴィクター・ヴー監督なので、Q&Aも英語で行われました。司会は石坂健治プログラミングディレクターです。(下写真の右側は通訳さんです)
石坂:皆様、お待たせしました。東京国際映画祭クロスカット・アジア部門、ベトナム映画『死を忘れた男』でした。監督がいらしてますので、早速お迎えしたいと思います。ヴィクター・ヴー監督です。英語と日本語で進めて参りたいと思います。監督、ようこそお越し下さいました。ひと言ご挨拶をお願いします。
監督:お招き下さいまして、ありがとうございます。皆さん、こんばんは。私が『死を忘れた男』の監督ヴィクター・ヴーです。東京というか、日本に来たのは3度目ですが、また来られて嬉しいです。
石坂:アメリカとベトナム、両方をベースにしてのご活躍ですが、ベトナムはホーチミン市の方ですか?
監督:ホーチミン市です。実は今は、ホーチミンでの仕事の方が多くなっています。私はアメリカで生まれて大きくなったのですが、12年ぐらい前に映画を作るためにベトナムに戻って、今ではホーチミンがベースになってしまいました。
石坂:それでは、皆さんからご質問を受けたいと思います。
Q1(男性):監督の『草原に黄色い花を見つける』という作品が大好きで、あの作品には泣かされました。今回も、タッチは全く違いますが素晴らしい作品で、女優さんがきれいな人ばかりというのが印象的でした。今回の物語は、どうやって考えられたんでしょうか?
監督:ありがとうございます。実は今、『草原~』と同じ作者の小説を原作にした作品を撮っていて、目下仕上げを行っている最中です。今回はロマンスがテーマです。『死を忘れた男』についてお話ししますと、私はもともと超常現象とかホラー映画などにとても興味を持っていました。ベトナムにおいては、日々の文化のありようにスピリチュアルなものが大きな役割を担っています。ですので私は以前から、生と死に関する大きな疑問に心を引かれていたんです。本作では、主人公が死に直面した時に、自分を不死身にしてもらう、という機会を得るわけですが、このような形で自然に反することをしてしまうと、その結果がどんなものになるのか、という点にとても興味がありました。人間はずっと昔から、死にどう対するのか、ということに関して、様々なスピリチュアリティ、様々な精神性、あるいは魔術のようなものも使って対処してきました。もちろんそれは、よりよく生きるためのものであったと思うのですが、本作の場合は、主人公がそういった力を借りて不死身になるわけですね。ですがそのように自然に反することをした場合、特に黒魔術を使った場合、その結果はどうなるのか。その答えは、今日の映画でご覧いただけたかと思います。
Q1(追加):監督の次の作品をお待ちしています。
Q2(女性/英語での質問):監督に御礼を申し上げたいと思います。というのは、この作品を通じて、生と死は人間に対する贈り物だとわかったからです。本作を拝見できて、とても嬉しかったです。それで質問なんですが、本作を作られるに当たって、一番大変だったのはどの部分だったのでしょうか?
監督:大変な部分はいっぱいあったんですが(笑)、技術的な挑戦を強いられた点で、これまで作った映画の中で一番難しかったです。2点あるのですが、誰にとってもすごく大変だったのは洞窟の場面でした。皆さんが映画でご覧になった洞窟に行くためには、山を登り、ほかの洞窟を流れている水の中を泳いだりして、1時間半かけて行かないといけないんです。それを毎日やるわけですが、朝着くまでに1時間半、帰り道も1時間半かかるので、12日間の撮影中には1日6時間ぐらいしか撮れない時もありました。あのサンドン洞窟群というのは世界で最も大きな洞窟群で、風景が非常に美しいのです。ですから、それぐらい苦労してでもあそこで撮る意味がある、と思いました。そんな風に大変だったので、私は10ポンド(約5㎏)痩せましたし、監督助手は22ポンド(約11㎏)体重を減らしてしまったほどです。まあ、健康のためにはよかったんですが(笑)、本当に大変でした。というわけで本作は、サンドン洞窟群で初めて撮影された作品となりました。あの現場はその入り口にあたる部分です。奥に入るためには、1週間ぐらいかかってしまう場所です。
もう一つ大変だったのは、主人公がトラックの上で争うシーンです。主人公が強い酸のようなものを使って拘束を解き放ちますが、あれを撮るのに5日間かかりました。あのシーンを撮ったのは1年の内で最も暑い時期で、連日の気温が46、7度ありました。おまけに主演男優は特殊メイクをしていて、かつらをかぶり、顔も濃いメーキャップをしていました。その格好で炎天下の撮影ですから、スタントマンを2、3人用意していて、交替してもらいながらでないと無理でした。
Q3(男性/英語):美しい作品をありがとうございました。演出が素晴らしかったと思います。ベトナムの風景がとてもきれいでしたし、その時々のシーンが、主人公が感じているモラルであったり、精神性などを表していると思いました。質問は、ロケ地はどのようにして選ばれたのか、ということと、特に主人公の心情に即して選ばれているのでは、ということについて、お話いただけたらと思います。
監督:とても興味深いご質問をありがとうございます。私の前の作品『草原に~』もそうなんですが、私にとってロケ地は、映画のキャラクターそのものなんです。どのロケ地にいる登場人物を見るかによって、観客の受け取る印象が大きく変わってくるからです。この映画は何十年にもわたってお話が続いていくこともあって、ロケ地を探すのはとても大変でした。ロケ地を探すのに私たちは、1年半近くの日数を費やしました。でもこの経験は私にとって、ベトナム中を旅して回るという、素晴らしい体験ももたらしてくれました。美しい場所はいっぱいあったのですが、残念ながら全部を映画の中で使うことはできませんでした。
そして、主人公の心情が変化していくのと場所が連動している、というご指摘はまさにその通りで、そう意図して作りました。たとえば主人公が、ズエンと出会って再び愛をはぐくむ場所は、静かな海辺です。そういう人気のない場所にすることによって、主人公が平穏な気持ちになっていること、再び愛する感情を持って再生した、ということを示したかったのです。それから、もちろん洞窟もそうです。本作は、最初のシーンも最後のシーンも洞窟ですが、私にとって洞窟は、人間の原始の状態を表している場所だと思えるからです。本作では主人公が再生する場所として、そして最後に本当に死んでしまう場所として、洞窟を使いました。
Q4(男性):不死と輪廻転生というテーマは、日本映画にとってなじみ深いものだと思います。ですので映画を見ていて、手塚治虫の「火の鳥」を読み返したいなと思ったりしました。監督がこれまでお作りになった作品で、影響を受けた映画や監督がいたら教えて下さい。
監督:ご質問ありがとうございます。私はアメリカで育ちましたので、映画学校に行く前は、ヒッチコック、黒澤明、スコセッシといった監督作品から影響を受けました。ですが映画学校に入ると、いろいろ異なった世界中の作品をたくさん見せられました。フランス映画、イタリア映画等々ですね。ですので、映画学校で私は多くのことを経験し、成長したと言えます。とはいえ、成長する過程で影響を受けたのは、さっき言った3人の監督です。
石坂:ちなみに、黒澤明の一番好きな映画は?
監督:私が好きな作品はいろいろありますが、『羅生門』『影武者』『乱』は何度も何度も見た作品です。特に『乱』はスケールの大きさに圧倒されました。
石坂:ありがとうございました。そろそろ時間が来たようですので、最後にひと言お願いします。
監督:私の映画を見て下さって、遅い時間までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。楽しんでいただけたことを願っています。また別の作品を持って、もう一度ここに戻ってきたいです。今回は、素晴らしい体験をさせていただきました(拍手)。
最後のフォトセッションでは、監督は眼鏡を取って下さったのですが、私は眼鏡を掛けたお顔の方が好きなので、お願いしてまた眼鏡を掛けていただきました。まだまだ新しい分野を開拓して下さりそうな、才能の底が見えない監督さんでした。