本日は、フィリピン映画『マニャニータ』のQ&Aのレポートです。本作を見た時の紹介と感想はこちらにありますので、ご参照下さい。プレス向けの上映だったのですが、コンペ作品なのでQ&Aが設定されていました。登壇者は『マニャニータ』のポール・ソリアーノ監督と、主演女優のペラ・パディーリャ、司会は笠井信輔アナウンサーです。
©TEN17P Films (Black Cap Pictures, Inc.)
司会:まず、一言ずつご挨拶を。監督、お願いします。
監督:ハーイ、こんばんは。来て下さってありがとうございます。映画を見て下さって、本当に嬉しいです。そして、TIFFのコンペに選ばれて幸せですし、私自身も映画祭を楽しんでいます。ご質問をお待ちしています。
司会(英語で):ビールはお好きですか?(笑)(←この司会の方は、こういうことをなさるのが嫌いです。通訳さんがいるのですから、ちゃんと日本語で聞き、通訳してもらって、観客全体にわかるようにすべきです。あるいは英語力をひけらかしたいのなら、直後に日本語でも同じことを言うべきです)
監督:アサヒとサッポロがとてもうまいですね。
司会:Thank you very much. ベラさん、お願いします。
ベラ:私もビールが好きです(笑)。コンバンワ、皆さん、今日はお越し下さってありがとうございます。今回は、素晴らしい旅の中での、『マニャニータ』にとって最初のストップ地点でもあります。皆さんに御礼を申し上げたいです。
司会:時間軸が実際の時間軸に近づけてあるという驚きの編集でしたが、その狙いは何でしょう?
監督:私の目的は、この物語をルールや指標を設けずに撮って、撮影したもので語らせる、ということだったんです。フィルムメーカーとしては、見せるだけで十分だと感じていて、すべてを語らないやり方なので、かなり謎めいた部分があると思います。それを、皆さんに解釈していただきたいのです。彼女の旅に付き合っていただくことによって、居心地悪さを感じることと思いますし、忍耐を強いられるかもしれません。私としては観客が、彼女は何をしているんだろう、何を考えてるんだろう、と彼女に寄り添いながら見てほしいと思ったのです。
司会:歌が観客の思いを代弁しているようですね。まともに使われたのは何曲でしょう? そして、それらはフィリピンでは有名な曲なのですか?
監督:歌はそれぞれ、慎重に選びました。ストーリーに沿うような歌詞かどうか、登場人物にマッチするかなど、検討して選んだのですが、特に主人公のスナイパーは孤独な存在ですし、ほとんどセリフもありませんから、音楽で彼女の心情を語らせるようにしたのです。フレディ・アギーラの歌っているメインテーマ曲は、最後のシーンで、警察が彼女の復讐相手を逮捕する時に実際に使った曲ですが、これはどうしても使わなくてはいけませんでした。ほかの歌はその曲調に合わせるようにして、フィリピンのフォークソングとか有名バンドの曲とかから選びました。ラヴ・ディアスの作った曲も、1曲含まれています。
司会:ベラさんにうかがいたいのですが、どんな台本でした?
ベラ:非常に短い、人生で一番短い台本で、8ページだけでした。
司会:その台本でお芝居をするのに、何か不安はありましたか?
ベラ:本当に短い台本で、最初に読んだ時は、このあと92ページが続いて来るのかと思いました(笑)。でも、追加で来たのは1、2ページだけでした。私にとっては、非常に不安に思ったところと、反対に非常に冷静な部分が同居していた感じで、映画を撮っていくと、何も言っていないんですが、とても雄弁なんですね。いろんな意味が含まれていたり、何もやっていないように見えて実はいろんなことを彼女は感じている、という具合だったんです。8ページしかないことで、逆にいろんな気持ちや動きが自由にできる、という開放感がありました。
司会:すべてが集約された最後のシークエンスは見事な演技でしたが、その撮影での苦労話があれば教えて下さい。
ベラ:最後のシーンは、皆さんにとても助けてもらいました。ここ数日、日本に滞在していろんなインタビューを受けたりしているのですが、そこでも言っているように、全部順撮りだったんです。ですので最初のシーンから撮って、そして最後のシーンを最後に撮ったんです。最後のシーンの撮影終了時は、このキャラクターからすべて解放されるんだ、私自身もこの人物とお別れしてしまうんだ、と思うと涙が出てきて、旅が終わるという気持ちでいっぱいになりました。そしてここ東京で、初めてのストップ地点になると言いましたが、人間としても俳優としても解放された気分を味わっています。
Q1(男性/英語と、続いて日本語訳も):監督への質問なのですが、カメラがほとんど動かない、という撮り方の理由について教えて下さい。(←よくマナーをご存じの方です。日本語も完璧でしたが、外見は欧米人に見えたようで、司会者が「その外国の方」と言って指していました)
監督:カメラの動きを制限したのは、意図的なものです。カメラは静止しているか、ドリー(水平移動の台車)を使うかあるいはパン(カメラの首を振ること)を使うか、といったところに限られていました。スナイパーは最小限の動きしかしませんので、カメラにもそうさせました。私の今回の手法は「超越シネマ/トランセンデンタルタル・シネマ(transcendental cinema)」と呼ばれるもので、非常に長いテイク、同じシーンのロングショットを撮るのですが、カメラがずっと静止していることによって、フレーミングと構成のいろんなところに皆さんが気がつくことができる、というものです。カメラが静止しているからこそ、見えるものがあるのです。主人公が同じ部屋でずっとビールを飲んでいる、というシーンでも、主人公の空虚感とかいろいろなことを感じていただけると思います。
Q2(女性):2つ質問があります。1つは「Genesis」とうバススタンドに行く時にタクシーを家に呼びますが、そのタクシーのドアに「コリント人への書簡第4章」と入っていました。これはどういう意図があったのでしょう? それから、映画の中と、ラストのクレジット部分に流れる歌が、ラヴ・ディアス監督の歌でしょうか?
監督:先にあとの質問の方にお答えしますが、最後の歌がそうで、ラヴ・ディアスと一緒にレコーディングしました。劇中でも彼の声で歌われています。それから最初の質問ですが、もちろん意図的に入れました。神父とのやり取りの中に、「見えるものは信じるな、見えないものを信じろ」というセリフが出てきますが、あのコリント書簡には要約するとそういうことが書かれているのです。バススタンドを「ジェネシス」、つまり、第一章、始まり、としたのも、ここから彼女が新しく生まれ変わって始まる、という意味もこめて、こういうバススタンドがあったのであえて使いました。
Q3(男性):基本的なことですみませんが、舞台となったカパゴー州(?)は実際にどういう歴史を持っている町なんでしょうか。現在は歌声で投降させている、とい運動は、なぜその土地で起こったのでしょうか
監督:普通のフィリピン人は、歌うのがすごく好きなんです。毎日、いつでも歌っています。カラオケも大好きで人気があります。警官も、署での長い一日を過ごしてから、歌いにいったりします。ダバオにちかいカパーゴがある地域はフィリピンの南部なんですが、フィリピンではドラッグが大きな問題になっていることはご存じだと思います。警察ではもちろん署長の意見が一番重視されますが、ここの署長が「暴力を使って何で犯罪者を殺さなければいけないんだ」と突拍子もないことを言い出したんです。彼の意見は、「歌を使って、麻薬中毒者たちに訴えよう」というものでした。私も実際に所長に会って聞いてみたのですが、「ドラッグを使っている人は音楽を聴くと、普通の人よりも気持ちが高ぶって歌詞に敏感に反応する」と言うんですね。実際にこの手法で、千人以上逮捕できたそうです。ですから銃を使わず、暴力を使わず、このマニャニータ警察と私たちは呼んでいますが、そこは非常に平和的手法で成果を上げています。そして、彼らに更生するチャンスを与えているんです。
Q3(追加):どういう歴史がある町なんですか?
司会:「この町は闇を抱えている」と神父が言いますね。主人公もそこで悲惨な事件に遭っているわけですが....。
監督:それは単なる映画の中のセリフで、実際の町のことを言ったわけではありません。神父の言葉は国全体という意味で言っています。
司会:この地域の歴史的背景とかあるのでしょうか。
監督:ドラッグが問題になっているたくさんの町の一つではありますが、それだけです。
Q4(男性):どのような気持ちで、このヒロインを演じられましたか?
ベラ:毎日、疑問が山のように出てきました。セリフがないので、自分の頭でシナリオを作り、いっぱい考えないといけなかったのです。もちろん監督ともいろんな話をしましたが、毎回長回しなので、その中で彼女がどう考えて、何をしなければいけないのか、というのを自分で考える必要がありました。ですが、最後の方になると主人公の気持ちがよくわかって、ビールを飲むにしても、彼女だったらこうする、というのができるようになってきました。今まで私は、フィリピンの娯楽映画とテレビに出ていたのですが、今回の役はこれまで自分が演じてきたキャラクターとはまったく違っていました。監督に全信頼を置いて、その中に溶け込んだという作品になったので、かなり不安や緊張があったものの、どこかに冷静な気持ちもあって、その両方を行き来して演じました。
でもやってみて、とても充実感を感じます。人間としても女優としても、成長したと思います。あと、撮っている時は主人公の気持ちに同調して落ち込み、誰にも話せなくてよく泣きたくなったんですが、監督には「ここで泣いちゃダメだよ」と言われて、感情を抑えることがたびたびでした。「泣くのは楽しい時だ。君はスナイパーなんだから、感情をあらわにしちゃいけない」と言われました。
というわけで、Q&Aは終了しました。この作品の中で使われていた、警察官が歌って自首を促すシーンの映像が面白かったので、YouTubeにないかと思って探したのですが、見つかりませんでした。DJポリスならぬカラオケ・ポリス(?)、歌の上手な人が多いフィリピンならですね。