6月15日(土)から公開されるインド映画『SANJU/サンジュ』。タイトルとなっている「サンジュ」は、主人公であるサンジャイ・ダットの愛称です。インドでは語尾を少し長くして「サンジュー」という発音になります。このサンジャイ・ダット、インドではよく知られている大スターの1人なのですが、日本では公開作品が少なくて、あまり馴染みがないと思います。というわけで、今回は「サンジャイ・ダットって誰?」というご質問にお答えすることにしましょう。
最近のサンジャイ・ダットの顔をWikiからコピペしましたが、何だかコワもてですね。腕には入れ墨があるし.....。昔の顔はこんな顔、という写真も付けておきます。1990年ごろに出回っていた、ポストカードのブロマイドです。では、サンジャイ・ダットの経歴を、少し長くなりますが紹介したいと思います。
サンジャイ・ダット(Sanjay Dutt)
1959年7月29日ムンバイ生まれ。父は俳優、監督で、のちに国会議員になるスニール・ダット。母は当時のトップ女優だったナルギス。
スニール・ダットとナルギスは1958年に結婚しましたが、それ以前、ナルギスは当時のトップ男優で監督、プロデューサーでもあるラージ・カプールと深い関係にあったと言われています。『放浪者』(1951)や『詐欺師』(1955)に代表されるように、ラージ・カプールとナルギスはゴールデン・カップルでした。ナルギスは当初、妻子のあるラージが離婚し、自分と結婚してくれると思っていたようですが、ラージ・カプールはその道を選択せず、結局2人は別れることに。その頃、『Mother India(インドの母)』(1957)でナルギスと共演したスニール・ダットが求婚し、2人は結婚することになったのです。結婚後の2人は仲むつまじく、長男のサンジャイのほか、プリヤー、ナムルターの2人の娘も生まれました。
サンジャイはスターの子としてちやほやされて育ったことから、父は将来を心配し、幼い時から寄宿学校に入れて教育を受けさせます。そしてカレッジまで進むのですが、サンジャイはまったく勉強には興味を持てずにいました。それどころかクスリを覚え、いっぱしの不良になっていたのです。
カレッジを中退したサンジャイは、父の指示で俳優の訓練を受け、やがて1981年に父の監督作品『ロッキー』でデビューします。その当時、父と同じ時代に人気スターだったラージェーンドル・クマールの息子クマール・ゴゥラヴや、少し遅れてダルメーンドルの息子サニー・デオルもデビューし、二世スターブームが起きていました。
©Copyright RH Films LLP, 2018
『ロッキー』の公開直前に母ナルギスをガンで亡くす不幸に見舞われながらも、サンジャイはその後順調にキャリアを重ねていきます。名女優ヌータンの不肖の息子役を演じた『Naam(名前)』(1986)の演技は高く評価されましたが、その一方で多くの女優とのゴシップも書き立てられました。
そんな女性関係を整理するかのように、サンジャイは女優のリチャー・シャルマーと1987年に結婚します。ですがその後も、『サージャン 愛しい人(Saajan)』(1991)で共演したマードゥリー・ディークシトとの関係が噂され、2人の共演作でサンジャイの主演映画としては一番のヒット作となる『Khal Nayak(悪役)』(1993)が製作される頃には、すっかり「サンジャイ・ダット=悪者」のイメージができていたのです。
そして、そのイメージがさらに強固になったのが、1993年3月に起きたムンバイ(当時はボンベイ)での一連の爆破事件の時でした。1992年12月のバーブリー・モスク破壊に端を発したヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の衝突の中で起きた事件で、この時サンジャイは、「家族を守るため」と称して自宅に武器を隠し持つことにしたのです。
これが発覚し、1993年4月に武器不法所持で逮捕されたサンジャイは、武器の入手先が爆破事件の黒幕と言われるボンベイ・マフィアのダーウド・イブラーヒームと繋がる人物とされたことから、テロおよび破壊活動防止法違反でも告発されます。この時から、長く続く司法との戦いが始まったのです。最初の逮捕後、保釈と収監を繰り返しながらサンジャイは、テロおよび破壊活動防止法違反はえん罪だとして疑いを晴らそうとします。プネーのヤルワダー(イェールワラー)刑務所を何度か出入りし、最終的には武器不法所持のみの罪状となって5年の刑期を全うし、釈放されたのが2016年の2月25日でした。
その間、最初の妻リチャー・シャルマーが1996年に脳腫瘍で死去。次に1998年に結婚したリア・ピッライとは、父スニール・ダットが急死する2005年にはすでに関係が破綻し、2008年に離婚が成立します。それを待って現在の妻マニャターと結婚、2010年には男女の双子も生まれ、現在は幸せなスター&家庭人として暮らしている、というわけなのでした。
©Copyright RH Films LLP, 2018
映画『SANJU/サンジュ』では、周辺の登場人物には脚色がかなり加えられていますが、サンジャイら家族と彼らの行動はほぼ事実に基づいているようです。宣伝文句にあるように「まさに”映画より奇なり”の、ジェット・コースター人生だった」わけで、それが159分にぎっちり凝縮されています。ぜひ、この破天荒なスターの人生を辿ってみて下さい。公式サイトはこちらです。
サンジャイ・ダットの出演作は150本以上ありますが、その中で、日本で公開・映画祭上映・テレビ放映・ソフト化された作品、日本では紹介されていないながら重要な作品のリストを下に付けておきます。予習ご希望の方は、DVDを見てみて下さいね。なお、サンジャイ・ダットについてもっと知りたい方は、下記の本が出ていますのでご参考までに。出版社はJuggernaut Books, New Delhiで、出版年は2018年です。
日本での公開・上映・放映・ソフト化作品(邦題が先に書いてあるもの)と、彼にとって重要な作品(原題が先に書いてあるもの)
1981『Rocky(ロッキー)』
監督:スニール・ダット
共演:ティナ・ムニーム
※大人の俳優としてのデビュー作
1986『Naam(名前)』
監督:マヘーシュ・バット
共演:クマール・ゴゥラヴ、ヌータン、プーナム・ディッローン、アムリター・シン
1991『サージャン 愛しい人(Saajan)』~テレビ放映(NHK)
監督:ローレンス・デスーザ
共演:サルマーン・カーン、マードゥリー・ディークシト
1993『Khal Nayak(悪役)』
監督:スバーシュ・ガイー
共演:ジャッキー・シュロフ、マードゥリー・ディークシト
1999『欲望の銃弾(Kartoos)』~テレビ放映(関西テレビ)・・・コメントでご教示いただき、追加しました(2019.4.26)
監督:マヘーシュ・バット
共演:ジャッキー・シュロフ、マニーシャー・コイララ
1999『Vaastav: The Reality(真実)』
監督:マヘーシュ・マーンジュレーカル
共演:ナムルター・シロードカル
2000『アルターフ~復讐の名のもとに~(Mission Kashmir)』~DVD発売
監督:ヴィドゥ・ヴィノード・チョープラー
共演:リティク・ローシャン、プリーティ・ジンター
2002『トゲ(Kaante)』~映画祭上映(第16回東京国際映画祭2003)
監督:サンジャイ・グプター
共演:アミターブ・バッチャン、スニール・シェーッティー、マヘーシュ・マーンジュレーカル、クマール・ゴゥラヴ、ラッキー・アリー
2003『レッドマウンテン(LOC: Kargil)』~DVD発売
監督:J.P.ダッター
共演:アジャイ・デーウガン、サイフ・アリー・カーン、スニール・シェーッティー
2003『Munna Bhai M.B.B.S. (医学生ムンナー・バーイー)』
監督:ラージクマール・ヒラーニー
共演:アルシャド・ワールシー、スニール・ダット
2005『ファイナル・デッドライン(Dus)』~テレビ放映(関西テレビ)・・・コメントでご教示いただき、追加しました(2019.4.26)
監督:アヌバヴ・シンハー
共演:スニール・シェーッティー、アビシェーク・バッチャン
2006『Lage Raho Munna Bhai(その調子で、ムンナー・バーイー)』
監督:ラージクマール・ヒラーニー
共演:ディヴィヤー・バーラン、アルシャド・ワールシー
2007『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』
監督:ファラー・カーン
主演:シャー・ルク・カーン、ディーピカー・パードゥコーン
※ソング&ダンス・シーンにカメオ出演
2009『アラジン 不思議なランプと魔人リングマスター(Aladin)』~DVD発売
監督:スジョイ・ゴーシュ
共演:リテーシュ・デーシュムク、アミターブ・バッチャン、ジャクリーン・フェルナンデス
2011『ラ・ワン(Ra.One)』
監督:アヌバウ・シンハー
主演:シャー・ルク・カーン、カリーナー・カプール
※冒頭の夢のシーンにプリヤンカー・チョープラーと共にゲスト出演
2012『火の道(Agneepath)』~映画祭上映(第25回東京国際映画祭2012)
監督:カラン・マルホートラー
共演:リティク・ローシャン、プリヤンカー・チョープラー
2014『PKピーケイ(PK)』
監督:ラージクマール・ヒラーニー
共演:アーミル・カーン、アヌシュカー・シャルマー
2018『SANJU/サンジュ(Sanju)』
監督:ラージクマール・ヒラーニー
共演:ランビール・カプール、ヴィッキー・カウシャル
※自身の伝記映画で、エンドロールのソング&ダンスシーン↓にゲスト出演
Baba Bolta Hain Bas Ho Gaya Full Video Song | SANJU | Ranbir Kapoor | Rajkumar Hirani | Papon
それにしても近年のボリウッドは、俳優にせよスポーツ選手にせよ政治家にせよ、存命・現役の人物の伝記映画をよく作りますね。せめて現役を引退してからでもいいような気もしますが。
ところでご紹介のサンジャイ伝記本、私は読んでいないので内容はわかりませんが、本人非公認で出版されたようで、サンジャイは著者と出版社に対し「法的措置も辞さない」とツイッターで抗議の意思を示しているとのネット記事を見ました。
関連本としては他にサンジャイの妹二人の共著による『Mr and Mrs Dutt』という本があります(出版:Roli Books, 2007年)。タイトル通り両親について書かれた本ですが、ダット一家の秘蔵写真が満載で、幼少の頃のサンジャイのあられもない(?)姿なども見られ、映画で一家に興味を持った人は楽しめると思います。また、スニール・ダットが1988年に娘と共に来日し、核廃絶を訴えて広島から長崎まで行進したことも書かれています。サンジャイにも父の遺志を継げとまでは言いませんが、映画公開を機に来日してくれたりしないんでしょうか。
もう一つ細かいことですが、日本でテレビ(地上波)放映されたサンジャイ・ダットの出演作としては次の2作もあるようです。
1999『欲望の銃弾(Kartoos)』~テレビ放映(関西テレビ)
監督:マヘーシュ・バット
共演:ジャッキー・シュロフ、マニーシャー・コーイラーラー
2005『ファイナル・デッドライン(Dus)』~テレビ放映(関西テレビ)
監督:アヌバヴ・シンハー
共演:スニール・シェーッティー、アビシェーク・バッチャン
『欲望の銃弾』の方はその後ヤフー動画で配信されたのを観ました。今ではNetflix始め動画配信されるもの、地上波以外でテレビ放映されるもの、DVDスルーされるもの等、日本語字幕付きで観られるインド映画が飛躍的に増えており、すべてをフォローするのは至難の業です。以前cinetamaさんが監修された『インド映画 娯楽玉手箱』(2000年)巻末の「インド映画 日本公開全作品解説」はたいへん重宝しましたが、さらに各種テレビ放映・動画配信をも網羅した最新版のリストがあればと願う昨今です。
サンジャイ・ダットの伝記本、そうだったのですか。
それが、『サンジュ』の冒頭部分のネタになったのかも知れませんね。
スニール・ダットとナルギスに関しては、『Mr. & Mrs. Dutt』が出たのと同じ頃に、Kishwar Desai『Darlingji: The True Love Story of Nargis & Sunil Dutt』HarperCollins, 2007も出ています。
スニール・ダットが亡くなったのが2005年なので、追悼本が重なった、という感じでした。
テレビ放映されたインド映画に関してですが、これはもう把握し切れませんので、私は最初からあきらめています。
関西テレビのインド映画放映は、確か神戸のDVDという配給業者が売り込んで、かなりの本数放映されたと思います。
記録として残すためには、いつ放映されたかが判明しないとダメなわけですが、それを調べるのは至難の業です。
関テレだけでなく、NHKも『サージャン 愛しい人』はじめ、『命ふたたび(Saaransh)』等、結構インド映画を放映してくれていた時期があったのですが、これも、私の記録からははずしています。
もし、KUBOさんがテレビ放映&ネット配信リストを作って下さるようなら大変ありがたいので、ぜひよろしくお願いします。
と、お茶を濁したところで、上に書いたコメントの訂正をさせてください。『Mr and Mrs Dutt』にはスニール・ダットが広島から長崎まで行進したとの記述がありますが、これは方向が逆で、長崎から広島まで歩いたのが事実です。著者の勘違いと思われます。
参考までに記録を(1988年7月9日長崎出発、8月4日広島着)。
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=25918
昨年の日印合作アニメ『ラーマーヤナ』上映時に知ったのですが、スニール・ダットはこの作品の特別顧問を務めた関係で1985年にも来日しているのですね。メイキングビデオに来日時の画像が収められています。俳優出身の国会議員としては一番の知日家だったのではないでしょうか。
https://www.youtube.com/watch?v=abRcvk5EilI