チェンナイで見た2本目は『Rangoon(ラングーン)』です。前評判の高い作品で、それもそのはず、シェークスピア劇翻案三部作で注目されたヴィシャール・バールドワージ監督の新作とあっては、誰もが見たくなる作品、というわけです。三部作の最後の作品「ハムレット」→『Haider(ハイダル)』(2014)や、以前の作品『Kaminey(悪党)』(2009)で起用したお気に入りの男優シャーヒド・カプールが主演し、相手役はカングナー・ラーナーウト、そして、三角関係になるカングナーのパトロン役がサイフ・アリー・カーンという豪華な配役も注目の的でした。
何の予備知識もなく見てしまったのですが、1943年のムンバイとインド北東部、ならびにビルマを舞台にした本作は、2つの実話をベースにしています。1つは、1942年8月に結成されたインド国民軍(Indian National Army=INA)の活動で、その後スバース・チャンドラ・ボースを指導者に迎え、1943年7月にはシンガポールで数万の国民軍兵士や群衆を前にボースが演説を行って、人々を熱狂させました。このインド国民軍の活動の影には日本軍の後押しがあり、彼らはその後ビルマに拠点を移して、日本軍の実施したインパール作戦の先陣を担うことになります。インパールとは現在のマニプール州の州都で、インド国民軍の唱えた「チャロー・ディッリー(進め、デリーへ)」にのっとって、ビルマから今はナガランド州となったコヒマを通り、インパールへと攻め入ったあと、デリーを目指す、という作戦でした。しかしながら、日本軍の作戦本部はその土地の自然や気候を考慮せず、補給路も確保しないまま実施し、この無謀な作戦により数万人の死者を出して、結局敗退せざるを得なかったのでした。本作はこういった歴史的事実を背景に、主人公たちが遭遇する日本人との戦い、また、当時のイギリス軍に招集されたインド人兵士たちへのインド国民軍の影響といったものを描いて見せます。
もう1つベースとなった実話は、1930・40年代当時のムンバイ映画界で活躍したアクション女優”フィアレス(恐れ知らずの)”ナディアの物語です。オーストラリア人で幼い時に父に連れられてインドに渡り、父を亡くしてのち舞台に立っているところをスカウトされて1930年に映画界に入ります。当時、サーカスでも活躍していたようで、インド人女優にはできない活劇を担う女優として、1935年の『Hunterwali(ムチを持った女)』以降大人気となります。彼女の映画を製作したのがワーディアー・ムーヴィートーンという映画会社で、社長の一族の1人であるホーミー・ワーディアーとのちに結婚して引退することになるのですが、『Miss Frontier Mail(ミス・フロンティア・メール)』(1936)や『Diamond Queen(ダイアモンド・クイーン)』(1940)など、たくさんのヒット作を残したのでした。彼女の相手役、ボーマン・シュロフやジョン・カワスも当時は人気がありました。
というわけで、結構大きな出来事を合体させ、想像力豊かに作り上げたのが『ラングーン』です。まず、ムンバイの映画界から話が始まり、人気女優のミス・ジュリア(カングナー・ラーナーウト)と製作者であるルスタム・”ルーシー”・ビリモリアの関係が描かれます。妻子がいても、ジュリアに惹かれるルーシーは、元々はグジャラートの由緒ある家の息子。映画界に入ってアクション・スターとして活躍しますが、右手切断のため引退し、今は製作者として名を馳せています。第二次世界大戦が勃発し、日本軍と戦う英国軍の士気高揚のため、英国軍の将校からジュリアの前線慰問を提案されて、ルーシーは承諾します。ルーシーとの旅行だと思っていたジュリアでしたが、ルーシーの父が倒れたという知らせで彼と離れて慰問に行かざるを得ず、一座の人々と共にビルマ国境の前線に向かいます。そこで彼女の護衛役となったのが、一度は日本軍の捕虜になりながら逃げてきたナワーブ・マリク(シャーヒド・カプール)でした。ところが、途中空襲に遭い、川を流されることになったジュリアとマリクは、2人だけで日本軍陣地のあるビルマ側を逃げることになります。その時日本軍兵士(川口覚)と遭遇し、彼を捕虜のような形にして、3人での逃避行が始まりますが...。
Rangoon | Official Trailer | Shahid Kapoor, Saif Ali Khan and Kangana Ranaut
上が予告編です。日本軍兵士も日本人の俳優を起用したりと、時代考証と共にリアルさを出すべくかなり力が入った作品です。ですが、前述の大きな歴史上の事実2つがうまく噛み合わず、また「本当の愛国者は、インド国民軍の兵士だったのか、それともイギリス軍側で戦ったインド人兵士だったのか」という命題を描くにはエンタテインメントに走りすぎたきらいもあって、それほど感動的な作品にはなりませんでした。シャーヒド・カプールも元日本軍捕虜ということで日本語をしゃべったりしてがんばっているのですが、『ノーマンズランド』のセットをパクった塹壕シーンや、ジュリアと関係を持つシーンの「戦争中にそれはないだろ」的な描写など、インド映画の甘さがマイナスに作用してしまい、引き込まれる演技にはなっていませんでした。カングナー・ラーナーウトもミスキャストと言っては言い過ぎかもしれませんが、ファム・ファタルを演じるにはキャラが軽すぎる感じです。あと、冒頭の映画撮影シーンなどで使われている、ちょっと奇妙なミュージカルシーンも謎でした。何か実験的なことをしてみたかったのかも、バールドワージ監督。
そんなわけでインド人観客も敬遠気味で、興収はいまいち伸びていません。日本での公開も....ムリかも知れませんね。インド映画界の皆さん、戦争映画は避けましょう! (カビール・カーン監督の『Tubelight(蛍光灯)』は大丈夫かしら?)
充実したインド滞在の様子。うらやましいです。
滞在リポート楽しみにしています。
そうなんです、『ラングーン』は私も残念でした。
こんな洋風ミュージカル?シーンもあって、嫌な汗が出ました。
https://www.youtube.com/watch?v=dL7VdjIItcM
冒頭にも同じような感じのミュージカルシーンがあって初っぱなから戸惑いましたが、監督の胸ぐらを掴みたくなった私です...。