冬休みの駅巡り3日目、今日は日豊本線の鹿児島、宮崎県境付近を攻めることにした。
博多から乗った夜行バスを高速姶良で下車、帖佐駅まで15分くらい歩く。鹿児島付近の駅降りから人吉へ向かう時に使った手だけど、また使うとはね。
帖佐発朝一番の上り列車でまず向かった先は北俣、そして以下の順序で駅降りした。数字は霧島神宮からの駅数。
3北股ー2大隅大川原=4財部ー1北永野田ー5五十市
大隅大川原から財部まではバスでの移動となった。
北永野田は相対式、簡素な駅舎がホーム左側の高い位置にある。周囲は民家が何軒かあるだけなので乗降客は7人と少ない。
大隅大川原は、この辺で唯一の島式、駅舎は南側にある新しい木造のもので、近くにある悠久の森にちなんだ悠久の駅という表記がある。
北股は相対式、駅舎は北側の階段を降りたところにあるので、鹿児島方面ホームへは階段を昇り、跨線橋を昇り降りすると、少し大変である。信号をとりつけることで、鹿児島方面も駅舎側から発着させてほしいが、利用者はそこまでいない。簡素な待合室駅舎の中には駅ノートが置いてあった。
財部は相対式で南側に駅舎がある。駅舎は以前は他駅と同じ簡素なものだったが、やまびこ館という大きい建物に建て替えれた。やまびこ館の中には、そば屋が入居、また産直の発売も行なわれる。
五十市は北側に簡素な駅舎のある相対式、近くには高校が2校あるので利用者は多い。通学時間帯は財部まで延長運転してほしいところだ。
日豊本線の鹿児島宮崎県境部分の駅降りは4時間で終了、これで鹿児島中央宮崎経由で、本州方面から延岡までは終了、あと臼杵から延岡まで駅降りすれば九州はつながることになる。臼杵から佐伯まではできそうな気がするのだけど。
午後は日南線乗り通し。五十市から40分歩いて、志布志行のバスが経由するバス停へ。国道沿いのバス停の前にランチバイキングを営業している店があったので、そこで昼食とした。
バスは旧末吉駅跡い寄りながら、1時間かけて志布志へ。1350に志布志に着いたのだが、日南線の列車は出た直後だった。次の日南線は2時間後、その2時間、鉄道記念公園でC58やキハ52を見物していた。夜になるとイルミネーションで彩られるが、そんな時間までいたら日南線の景色が楽しめない。
志布志1551の列車で出発、意外と内陸を走る部分が多く、昨日の山陰本線に比べると海沿いを走る比率は少ない。乗った列車は油津行、何号発宮崎行は油津ですぐに接続しないので、油津で交換列車に乗り換え、南郷で折り返すことにした。油津は海側駅舎の島式で、ホームと駅舎は宮崎寄りの構内踏切で結ばれている。南郷は山側片面ホーム、海側駅舎とは構内踏切で結ばれている。特急「海千山千」もここ南郷で折り返す。
南郷から乗ったのは快速「日南マリン」。前面種別幕、側面サボによる快速表記はなく、テープがどこを通過するか案内するだけである。青島を過ぎる頃には真っ暗で、海ち島の区別はつかなかった。五十市を後回しにすれば良かったな。日南線乗り通しは日豊本線のおまけと考えていたから。駅降りで日豊本線の県境区間をクリアするくらいなら、日南線は簡単かもしれない。並行バス路線もあるようだし。
「日南マリン」を田吉で降りる。田吉は島式、山側の小さな駅舎とは構内踏切で結ばれている。SUGOCCAの簡易改札はホームスロープを上がったところに付けられるのではないかと。日南線下りが1番線を使うのが基本だが、それ以外は1番線、2番線はまちまちである。宮崎の町の中なので、近くにスーパーがあり、バスも本数が多い。
宮崎で一風呂浴びた後、宮崎2106の鹿児島方面最終普通に乗車、ほんの最近まではドリームにちりんが使えたのに。宮崎発車時点の客は30人ぐらいだったが、田野までに10数人に減少、都城で10数人乗り込み、霧島神宮まで動きなし、国分、隼人で10数人乗り込みがあった。23時を過ぎているのに、鹿児島への需要って結構あるのね。
朝とは逆に、帖佐で降りて、高速姶良から夜行バス桜島号で博多へ向った。
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