
この頃、立て続けに料理の本を読みあさっている。
きっかけがあったからそうしているわけだけど、
ちゃんとしたお料理の基礎の基礎みたいなところからはじまって、
実を言えば、いまだにそこにとどまっている状態ではある。
そう簡単に、「ハイ、出来ました!」。。。という風にはならない。
いろいろ高めの要求にまだまだ届いていないのは承知のところだが、
「ちゃぁんとやってるなぁ〜、自分 ♪」くらいの満足感は得られている。
でもホントのところ、自由に、感覚的に捌きたい!という
誘惑は常にそこにある。
誘惑?
別にそれがわるいということは全然ない。
できることなら、自分の要求に適うくらいのなにがしかを身につけてから、
そういう感覚の話ができるようになりたいと思っている。
そこが目標。
それって、結局のところ自由ということにはなりそうだけど。
ずっと我流でやってきた身でもあるし、ちょっと厳しいくらいの哲学が
今は新鮮だったりもするので、愚直に実践している最中なのだ。
いままで読んできた中では、檀一雄氏の「檀流クッキング」くらいが
僕みたいなのには感覚的にわかりやすいなぁ、とかずっと思っていたのだけど、
感覚的というのであれば、この1冊は毛色がだいぶ違う。
福森氏の感覚にはえも言われぬ魅力があって、
お世辞にも丁寧とは言えない語り口の向こうに、
なにかがゴロッとあるというか、
読んでいるだけでドンッと目の前にリアルを差し出されたような、
そんな感覚がある。
この本が「料理の本」であるというなら、
この1冊に類する「料理の本」を僕は知らない。
。。。もっと素直に言った方がいいな。
こういう風に出来るようになりたいのだ。
読んではじめて知ったことなのだが、
白州正子さんの人生最後の仕事がこの本の対談だったそう。
ご縁の深い陶芸家との語らいは、久しぶりに会った家族と話しているようにも。
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