明治40年の二週間ほど
新聞記者として札幌滞在した
石川啄木。
彼の目に映った当時の札幌の姿は
かの著『秋風記』に
生き生きと浮かび上がる。それは
その時代のある一面でしか
ないのかも知れないけれど
繊細かつ鋭角な感受性がとらえた
札幌の風物と空氣の調和は
いまなお
この街に生き続けているように
私は思う。
以下そのまま。
“札幌はまことに美しき北の都なり。
初めて見たる我が喜びは何にか例へむ。
アカシヤの並木を騒がせ、
ポプラの葉を裏返して吹く風の冷たさ。
札幌は秋風の国なり。
木立の市(まち)なり。
おほらかに静かにして人の香よりは
樹の香こそ勝りたれ。
大なる田舎町なり、
しめやかなる恋の
多くありさうなる郷(さと)なり、
詩人の住むべき都会なり。
此処に住むべくなりし身の幸を思ひて、
予は喜び且つ感謝したり。
あはれ万人の命運を司どれる
自然の力は、
流石に此哀れなる詩人をも
捨てざりけらし。………”
今もって少しも色褪せていない映像が
己が心情と重なりあい
眼前に広がる。
新聞記者として札幌滞在した
石川啄木。
彼の目に映った当時の札幌の姿は
かの著『秋風記』に
生き生きと浮かび上がる。それは
その時代のある一面でしか
ないのかも知れないけれど
繊細かつ鋭角な感受性がとらえた
札幌の風物と空氣の調和は
いまなお
この街に生き続けているように
私は思う。
以下そのまま。
“札幌はまことに美しき北の都なり。
初めて見たる我が喜びは何にか例へむ。
アカシヤの並木を騒がせ、
ポプラの葉を裏返して吹く風の冷たさ。
札幌は秋風の国なり。
木立の市(まち)なり。
おほらかに静かにして人の香よりは
樹の香こそ勝りたれ。
大なる田舎町なり、
しめやかなる恋の
多くありさうなる郷(さと)なり、
詩人の住むべき都会なり。
此処に住むべくなりし身の幸を思ひて、
予は喜び且つ感謝したり。
あはれ万人の命運を司どれる
自然の力は、
流石に此哀れなる詩人をも
捨てざりけらし。………”
今もって少しも色褪せていない映像が
己が心情と重なりあい
眼前に広がる。