出演者詩集「記憶とポエジー」
佐々木英明
千葉貴弥
高橋康子
木村哲夫
はぐれ猿渡辺
シンゴクラスタール
「100円ライター 」 コスモスチバ
「百円ライターは
他人を焦がす妄想を生み出すための機械だ
中途半端な希望では、浅瀬で未来が濡れるだけ
古い記憶に漂う 羊水の気泡は
未来への記憶で充満しているのだ
それでもいい
触れ 引きずり出せ!
我に 100円ライターの光を!」
「4次元であう日」 コスモスチバ
「岐路、室内、車内、障害者用の公衆便所で愛を!
40秒後、40時間後、400時間後、物質の幽体離脱で
配置される4次元。また会う日まで、また会う日まで、
また会う日まで!」
「三部作/1占いの」 コスモスチバ
アンタ死ぬね!
日記見られて死ぬから
もし多数決あるなら
隠す方に手あげるね
ミンクは身につけない方がいいね
科学者に抱かれた方がいいね
女のビーカー持ってる細い指を
口に含むことがいい
かみ切るかい?ベイベー
女はおよしよベイベー!ってね
そのビーカーは
ペニス無理に
はめ込んでもらいなさいヤーイ
いいから!
はめ込んでぶら下げて
うっとりする事にアンタの
マクガイヤーをすべて解放しなさい
細い唇が焦げるくらいに
濡れた振動が毎日に放置されることを
命令されてシンドロームになりなさい
ビーカーを
押しつけられて
濡らすことにだけに
ゴムブレインを
薄く冷たく膨張させなさい
「三部作/2未来雨の紅茶と吹き出し」
亀に付着した泥を払い落とし
甲羅に両手を押しつけてみたけど
これは入れないんだ
海には入れることを
私は知っているのかしらん
黒いカガミ黒海面のふかくに
俺の考えた超人が
俺を無視して立ちつくしている
疲労した両足の付け根からは
血管がはみ出して冷却を吹き出しているというのに
見えない超人は闇の海面ごと
俺の背ビレをくわえうずくまる
真夜中を雷雨で刻み
残像で頭が外れていたのだ
けだるいプラレスの残骸体
吹き出すバクテリアは指の間からミニ魂吹き出す
立ちつくすポンプ供給者は
軽めの痛みと吐き気のクダを頭に這わせ
亀の中に入れない俺を
宇宙ごと傍観しているのさ
俺が俺じゃない限り
いつだって傍観してるんさ
「三部作/3まるめろ」
マルメロの丘に滑らかによこたわるん
滑らかなマルメロ
君はうつぶせで這う
永遠まで這う
背骨をちょっとだけの抵抗感こみで
はずれちゃったあ
うぐーマスカット一個!
うぐ ほうりこめ
厚ぼったい唇を貫いて
ヤニとジュエリーを 唾液化に来いよ!OK!カミン!
アーこら コイヨ あ!
バリバリ
地面と贅肉が 擦り切れてっるっちゃ!
プツプツって
神経の糸 ドッカイクノ?ドゴサイグンズヤ!
あ コラ
プツプツってお神経ちゃん ドゴサイグンズヤ!
アシュラバスターヤルド・・ああ!
アシュラバストしてまるぞ!
栗チャン着るど・・ん
ちっちぇくなってオメエのマンコサあ行ってまるど!
ズームイイン!ズームイン!ズームイン!ズームイン!
あ ここな?ここオメエノマンコナガだんずな!?
ひひ アカッポレ・・ あかっぽれえ!かっぽれ!
ちっせえにーく外!おっきにーくなか!
あコッチを見る アーナータ!
だっきゃ くっつけるくっつけなーい くっつけるくっつけな
ーい
かなずちおぼれる かなずちおぼれない
袋に入れる袋に入れないふくろからだす
袋から出す
にゅにゅにゅにゅにゅーにゅにゅにゅにゅにゅんゆんゆー
にゅにゅにゅにゅぬyぬyぬyにゅにゅにゅ!
ねえドッカイクノって あ
この寒い季節に そんな薄い甲羅で
ドッカイクノかって までって!コラ
待って
オークーレーヤースー!
「クエン酸サワー」 高橋康子
はいもしもし。え?誰?おおさっちゃん。久しぶりー。元気?
いや、今さ、ライブ観に来てるのさ。県庁のそばの。麦藁帽子の向かいの。
今ライブやってるからまた後でかけていい?
いや。今日は朗読のライブ。変態くさいやつ。
お芝居?やってるよー、まだ。青森いるの?観に来てよー。
なに?同窓会?やんの?
うわー、何年ぶり?21年ぶり?
幹事?やだやだ絶対やだ。
いやー、もう今年四十だから、おっさんになってるべなー。
高校入って一日目。
私は自分の選択の過ちに気づいた。
やっべー、つまんねーとこに来たぞ。
5月に入ると身体測定があった。
その数日後、家に一本の電話。
「お前、胸囲いくつだった?」
知ってる?胸囲ってさー、トップバストじゃないんだよ。
だから一番大きいところじゃないし、聞いたところで仕方ないと思うよ。
「胸囲なんぼや」
「言わねぇば2年の女にふったかせるど」
「胸囲なんぼや」
「言わねぇば2年の女にふったかせるど」
「胸囲なんぼや」
「言わねぇば2年の女にふったかせるど」
低音のぼそぼそした声。
卑劣な男。唐突に切れる電話。
何度か席替えをするうちに気づいた。
とある男子がいつも私の席のすぐ近くに。
となり。まえ。うしろ。気が付くと、そう、やつがいる。
そうなるように仕組まれていたんだ。
野球部のコウヘイくん。
一回も話したことない。無口な男。
私のことを気に入っているらしい。一目ぼれなんだってさ。
なんで?一回も話したことないのに。
だって。私だよ。
読んでる本は
「恐怖!エクトプラズムの謎」
だし、
合うわけねーべや無口な野球少年と。
朝倉南みたいな女なら、他をあたってくれ。
秋になって、プリント配ってるときに気づいた。
無口なこうへいくんの喋る声は、低くて、ぼそぼそしてる。
あーーーー!!
お前かー!!
あのエロ電話お前だろって言ってやろうかな。
でも人違いだったらもうしわけないしな。
どっちにしても胸の大きさくらい直接聞けよ。
2年の女は一体いつふったきにくるんだよ。
エロは許すけど性暴力は許さない。
エロは許すけど性暴力は許さない。
エロは許すけど性暴力は許さない。
大事なことなので3回言いました。
冬になって気が付いた。
気が付くと野球部のマネージャーが苦々しげにこっちを見てる。
ある日、すれ違い様に耳元で囁かれた。
ライバル‥‥‥。
ねえ、聞いて。
私には夢があるんだ。
ろくに働きもしないでなんかわけのわからないライブとかやっている人になりたいって思うの。
だからこうへいくんのことは、南ちゃん、あなたがしっかりつかまえててね。
それから何事もなく時は流れて、
卒業まであと二週間というある日、
私は初めてこうへいくんと話した。
俺さ、プロ野球に入らないかって誘われたんだ。
でも断った。
やっぱり人生って、大事だと思うんだ。安定とか、将来とか。保証とかさ。
だから俺、就職するよ。日本でいちばん有名な銀行に行く。
だけど君は、夢に向かって頑張ってね。
ありがとう。
私、約束する。
立派なプータローになるよ。
一体何して食べてるんだか、まるで謎な人になるよ。
それから二十何年時は流れて、
今年もまた三月一日がやってきた。
街には花束を持った卒業式がえりの学生たち。
私はあれから春が来るたび、
卒業式に遅刻してただひとり取り残される夢を見つづけてる。
最近、昔の友達にほめられるんだ。
お前って、小学校のときからぜんっぜんぶれないよなー。
すごいと思う。応援するよ。って。
十歳の時に私が書いた、
メイドが女主人を刺し殺すひとり芝居のことはもう誰もみな覚えてはいないと思うけど、
私はまだここにいるよ。
相変わらず新町をうろうろしてる。
多分、なにひとつとして卒業できないまま死んでいくと思う。
そうだ、コウヘイくん私ね、
いつのまにか夢かなってたよ。
気が付いたら、ろくに働きもしないでなんかわけのわからないライブとかやっている人になってた。
そちらはお元気ですか。
あの人とはその後どうなりましたか。
今はどこで何をしていますか。
この私は貴方にとって喜びですかそれとも悲しみですか。
私たちが人生でひと時すれ違ったことには何か意味がありましたか。
貴方の記憶の中に私はいますか。
お元気ですか。
お元気ですか。
お元気ですか。
すいませーん、クエン酸サワーくださーい
「記憶のレディメイド」 木村哲夫
音の器、色の器、味、匂い、肌触り
盛り付けるイメージ、イメージ
自分ごとであるかのように
自分ごとでないかのように
したことがあると言ってみる
したことがないと言ってみる
妄想? 経験?
知りようもないし、知ったようにも
知らないようにも言えるだろう?
yesでもnoでも同じ事になってんだ
自分が寄り添えていければいいし
そう思えることが大事なんだろう?
ストーリーは強靭で
シュールはだらしねえ
なんでも同じにするっていう
妙に安心してんだな、旦那
たかをくくってんだ
不幸せなソクラテスは嫌なんだと
幸せな豚で居たがってる
かいらく計算の名手
パノプティコンの奥でマスをかいてる
微笑みなんかプロデュースしやがって
頭耕されちまって
生きてるうちに上手い汁吸い尽くすってよ
巧言令色少なし仁!
レディメイドの鋳型に己嵌め込んで
何かは知らねえが何か気取ってる
誰かは知らねえが誰か気取ってる
何処か知らねえが何処かにいるつもりで
何時かはしらねえが何時かに生きてるふり
誰もが誰かの真似してるよう
何もかもが何かの複製のよう
剥製のよう
何処かに、モデルがあって
レディメイドで
有史以来当然に正しかったかのように
自明性捏造
捏造機械で記憶をマッサージ
捏造機械が歴史をメッセージ
そいつが俺らを家畜にする
目を濁し、耳を塞ぎ、鼻をつまんで、舌を痺れさせ、やたらと陰茎を勃起させる
条件付き強化で、まるで賃労働のように欲情、性欲をカツアゲされちまう
制限付きのやさしさ、お茶と同情
そこで俺、弘前でぶっちぎりはんつけ
記憶の共同体から締め出されてる
記憶にしがみつくことはできない
記憶に安住も出来ない
記憶を忘れさせてもくれない
過去はくびきで、俺の燃料だ
撃ち込まれた杭、カインのしるし
日々新た、日々新たなり
日々の排除が俺を目覚めさせ、そして、
もう時間か?
ああ、じゃあまた。
「電気人形」 ハグレ猿渡辺
ビールの苦みも クエン酸の酸味も 苦みや酸味の味覚成分と
舌の細胞の受容体との交合が誘発する
およそ200μAの極めて微弱な電気的興奮として 脳に伝達される
視覚 聴覚 臭覚 味覚 触覚 五感を 震わすものたち 燦然の色彩 醜悪の音質
腐敗の臭気 鮮烈の酸味 欲情の感触 ヒトという名の悲しき電気人形は
これらをあまねく200μAの電流に変換する
さあ 想像せよ君の脳細胞が波打ち
電子のパルスが疾走する 細胞の果てに到達した電子は
シナプスと激しく衝突し シナプスからケミカルを射精させる
絡み付く神経細胞の受容体とまぐわり絶頂に達し
オルガズムの脳内連鎖が また次の脳細胞に電気的興奮を伝達する
記憶 感情 精神 感覚 これらすべては さまざまな脳の電気的興奮に
ヒトが名前を付けたに過ぎない 全ては電気の仕業 電気がなければ なにも感じはしない
仄暗い無が そこにある (頭を抱えて) あ あ 電気がざわついている!
「あんたが女に生まれていればよかったのにね」
「あんたがもっと明るい子ならよかったのにね」 「あなたのことを本当は愛してないの」
「あなたとなんか出会うんじゃなかった」 「あなたの子供なんて生むんじゃなかった」
「あんたなんか あなたなんか 生まれてこなければよかったのに」
脳細胞に刻まれた 記憶という電気信号が 光速で電気伝導の連鎖を引き起こす
次々と衝突する電子たち その摩擦熱で 脳細胞が発熱する 200μAが テレビを
洗濯機を 冷蔵庫を パソコンを 1秒たりとも動かすことのできない たった200μAの電流が
この心臓をむんずと握り潰すのは なぜだ!
視界が霞む いるはずのない君が見える
やめてくれ 電気を止めてくれ 僕の脳細胞は その電気的興奮に 「痛み」 という名前をつけた
すべては電気の仕業なのだ 200μAが刻んだ半透明の記憶を紡ぐ
哀れな電気人形 僕がここにいるのも
あなたがここにいるのも 存在そのものが
微弱電流が司る か細い幻想のビデオゲーム 知覚できないものは
電気が興奮しないものは 存在しない
無なのだ さあ、クエン酸サワ―という名の
200μAの電気的興奮
お待たせしました
「赤い月」 ハグレ猿
僕は覚えてるのさ 君を覚えてるのさ
僕は覚えてるのさ ずっと覚えてるのさ
太陽が隠れ 氷が閉ざし 熱をなくしても
季節が巡り 年老いて行き 春をなくしても
僕はずっと覚えてる
赤い月の上で 君が踊ってる 僕はそれを
ここから眺めてる 記憶の月の上で 君が笑ってる
僕はそれを ここから眺めてる のさ
僕は覚えてるのさ 君を覚えてるのさ
僕は覚えてるのさ ずっと覚えてるのさ
僕らが見てた 星の光が 瞬きをやめても
涙が枯れて 小舟に一人 漂っていても
僕はずっと覚えてる
赤い月の上で 君が歌っている 僕はそれを こ
こから眺めてる 記憶の月の上で 君が笑ってる 僕はそれを
ここから眺めてる 赤い月の上に 僕が昇る時 僕は君と
ずっと踊るだろう ラララ・・・
「Seek the new road think about」 シンゴクラスタール
羽ばたいた想像力でHave a nice trip 半端ない事が起こりそうなこの世界
なんにだってなれるルール突き破った先輩 見本だらけだらけてても何も変わらねぇだけ
開け放たれたドア滑り込むtime is 何かに追われ 何か探し求めてる
いつもtell me ばかりじゃ溜まらないエネルギー 便利 快適 リスキーなテクノロジー
楽天思想も時にもろい橋のよう 注意して進まねば間違った選択 否
いつだって自然に帰り命の選択 忘れてた本当の快楽を検索
連鎖反応示す叫び声 狼のように仲間作りだして作戦 悪戦苦闘強いられてる風の民
虐げられてもいつかきっとサクセス
Seek the new road think about
進化論 shingocrastar sing a natural. plus
大自然からのvibes liveする 俺らこれからもこんなlife style!
美しい景色にうっとりとため息 making videoよりももっと
amazing 感謝忘れずに到達する名人芸 進化し続ける大人の類人猿
遊び心とマナーわきまえた気前のいい男 そんなジェントルメン 面と向かって話せるメンタル面
喋りだしたなら全てがエンターテイメント
なんだてめー 言われても動じない お前の話しも聞かせてくれよBaby
ここじゃ貧乏 金持ちも関係ねぇ だから誰でも扱いはそう丁寧 なんてね
夢のような世界で正解を求めて旅するブレーメン
表面上だけはいい人な無礼者にならねぇように
進化論 sing a song!
中身が伴わぬ馬鹿者やバビロン
手に負えぬ進化をやめろ 愚か者 刃物を持って暴れる前に考えろ
生命の源を得ろ もっとはじけろ! テロリストになる前にエコロジスト
リサイクルに協力しグリーンな時代が来る 植物を植えまくり酸素を増やす
飢えまくってる動物たちにも愛を送る
I want love I need love 皆歌っているのさ
この星を憂いてる 揺れてる心
いつかきっと気付くだろう
全てがつながって生きてるということに!
「はつ恋(海沿いの村の記憶)」 佐々木英明
海沿いの村に祭礼の旗が打ち立てられ、道は白く乾燥していた。
ぼくはこの村の親戚の家を訪ねて行こうとしている。
親戚同士の交流をもっと深めようと長老が発案し、親睦会が開かれることになり、
ぼくは父の代理として出席しようというのだ。
休暇中の学生のような軽やかな気分で、ぼくははじめての村に足を踏み入れた。
親戚のなかには美由紀さんもいる。
かのじょが出席することはないだろうが、
あるいは手伝いで酒肴を運んだりするかもしれない。
中学を卒業して以来、かのじょに会っていない。
おなじく同級生だった幸助君がぼくの道案内役を買って出てくれた。
かれはこの村のひとだ。
「こっちだよ」
脇道に入り、
かれが指差した先には掃き清められた神社が小高い岡にちんまり見えている。
道は細くなり、轍のあとに雑草が生い茂っている。
潮風に晒されたうすい板張りの家が数軒、日差しを浴びて静かに発熱している。
立ち止まって手をかざしたくなるようなやわらかい発熱だ。
しばらく行って右へ折れようとする。
かまわず、ぼくがずんずん真っ直ぐ進もうとするものだから、
幸助君は戸惑ったような表情を浮かべ、それでもぼくのあとについて来る。
この道は山に通じ、やがて終息する。
幸助君はそう説明したいのだ。
やがてぼくらの行く手に現れたのは、まったく見知らぬ町の入り口だった。
それは何百キロも離れた都会の町のようだった。
ぞっとしたように顔と顔を見合わせ、ぼくらは後じさりする。
日が傾き、先程までのやわらかい熱は失われていた。
「道を間違えちゃったようだね」
「だからさ、こっちなんだって」
さっき、右へ折れようとした道を幸助君の指先が探そうとしている。
「美由紀、どうしてる」
「村の若い衆がまとわりついてる。集会場でおれらは近づくこともできない。
ほら、ここだからね。じゃあ、おれ、帰るよ」
しんとした古い社務所のような玄関の前に立ち、ごめんくださいと呼ばわる。
すると絣地のモンペを穿いた中年の女がひとり、胸元にお膳を掲げて出て来た。
「どちらさんで」
なかではもう酒がふるまわれ、和気藹々と会が進行している様子が窺える。
「佐々木です。父の代理でやってきました」
女は怪訝そうな顔をして振り向く。
「佐々木さんだって」
なかから男の酔った声が応じる。
「どこの佐々木さんだ」
女がそれを引き継ぐ。
「どこの佐々木さん? えっ、あ、そう。お父さん、定蔵さんっていうんだって」
男がのっそりと現れる。
「知らねえな」
そんな筈はない。
そのときぼくはふと気づく。そうか、そういうことか。
父はもう何年も前に死んでいる。
そして、ぼくは死んだ父の年齢八十四歳になっているのを忘れている。
あのときだったんだ。
ごめんくださいと、あのときぼくは玉手箱を開けてしまったんだ。
ふふん。ひかりのような笑みがこぼれた。
モンペの女も酔った男も、ぼくから見れば遥か年下、
かれらが父を知らないのも当然だった。
あれからずいぶん長い時間が過ぎてしまったのだ。
奥で打ち興じている親戚たちのさんざめきが、
遠い昔のことのように懐かしく感じられ、
ぼくは自分が何をしに来たのかも忘れたようにそこへ立ち尽くしている。
数匹の蝉が鳴いた。
時間が止まってしまったかのようだった。
「お前、定蔵の息子か」
長老がのっそりと現れ、立ち去ろうとしたぼくを呼び止める。
素知らぬふうにぼくはもとの年齢に戻ってゆく。
「お前だな、うちの美由紀にラブ・レターをよこしたのは」
「あなたは、美由紀さんのお父さん……。たしか、もう何年も前に」
白シャツに汗が滲み、腕の血管が青く筋だって不健康そうに見える。
長老は美由紀の親爺さんだった。
かつては大きな船の漁労長をしていた。
そしていつも飲んだくれていた。
それがもとでもう何年も前に亡くなったと聞いている。
一度、家に怒鳴り込んできたことがあった。
手にぼくの手紙が握りしめられていた。
「息子を出せ! こんな不始末をしでかしやがって」
ぼくは剣幕に押され、かれの前に出ることができなかった。
「儂はいまでもそれを持ってるぞ。見せようか」
取って喰おうというのではない。
やわらかい笑みを浮かべ、懐から古ぼけた便箋を取り出した。
「いや、あれは……」
あれは、美由紀さんの告白に対する、ぼくの断わり状だったんだ。
幸助君の友だちに美知太郎君というのがいた。
かれが美由紀さんを好いていた。
仲を取り持ってくれないかともちかけられ、ぼくは美由紀さんに手紙を書いた。
〈わたしはあのひとのことはなんとも思っていません。
わたしが好きなのはあなたです〉。
美由紀さんからの返事はそのようなものだった。
これはまずいことになったぞ、
これはなんとしてでもぼくの胸の内に秘めておかなければいけない。
ぼくは友だちを裏切ることはできない。
だが、あの夢のような告白。
〈あなたの気持ちはうれしい。
でも、どうか美知太郎君とつきあってやってください〉。
いま、長老が取り出したぼくの手紙はそのような内容をしたためたものだった。
この手紙は、
しかし美由紀さんの気持ちをさらに燃え上がらせる結果を招いただけだった。
現にこうして、長老がこれをラブ・レターと認めているではないか。
「長老……」
「美由紀ならあそこにいるぞ」
ぼくは長老の指差す方を振り返った。
すぐ隣りの家の庭が迫ってきた。
大きな松の影がぼくを捉えている。
長い庇の古い農家風の家が日を浴びていた。
身体が震えた。
「砂の物語」
それは砂時計を返す
きみの手のしぐさ
花粉の波のように
うなじに波風
ジャスミンのかおり甘く
敷きつめた海
ふたりはまた時の一部に解けて
終わりのない愛は
ふたりのあいだに
横たわる名前という
はるかな距離をわすれて
遠い記憶のかなた
きみの横顔
瞳を閉じた黒い
睫毛にそよ風
遠い記憶のかなた
きみの横顔
どしゃぶりの雨にかすむ
泥だらけのイメージ
遠く離れた町で
くたびれた旅にあれば
きみの横顔は
思い出に縁どられた
一枚の絵
終わりのない愛は
ふたりのあいだに
横たわる名前という
はるかな距離をわすれて
「生まれたときの記憶はない」 佐々木英明
生まれたときの記憶はない
母が誰なのか
父が誰なのかも知らない
空も海も知らない
鳥も花も知らない
ことばも愛も知らない
ぼくだけが存在して
世界は存在しない
ロクでもない生き方をしてきた
親を蹴飛ばし、おんなを殴った
ひとを軽蔑し
自分だけを神のように扱った
嘘とごまかしだけですり抜けてきた
ことばで着飾れるときだけがしあわせだった
死んだときの記憶はない
母はいない
父もいない
空も海もない
鳥は飛ばない
花は咲かない
ことばも愛もない
ぼくだけが存在して
世界は存在しない
2014年3月1日
「第4回朗読実験室 記憶とポエジー」企画記憶詩集
お問合せ takaya3625111@gmail.com 千葉貴弥まで