ニューコスモセンター

青森でコスモスというバンドで歌ったり詩書いてる人の痛々しい日々の挙動

新曲歌詞 ミッドナイトラン

2013-07-23 01:08:40 | 
ミッドナイトラン


aー君の中では太陽が
冷たく光るの
aー車輪の下潜む知らぬ闇
くちづけと鏡越しの世界

ミッドナイトラン f

aー球体の正体は太陽で
妄想する気球とよく似てる
琥珀と夜光の交差する
美しい朝を待っている

ミッドナイトラン

あー空が光ったら君の元へ行こう

君に恋する連綿を
言葉を無くせる炸裂を
バルブの外れた感情を
過剰な刃物の包まり(くるまり)を

ミッドナイトラン

死体のある死体を
尺取虫の宇宙を
琥珀の光差す
美しい朝を

8月17日がっぽ公園コスモスワンマンライブ告知

2013-07-20 12:44:01 | イベント告知
ラブレター

俺が無表情でアイフォン内に、
得ろ動画をチクチクと落としている間にも
世の中はめまぐるしく、どうでもよいことと、
クソみたいな事が動き刺し合い、笑顔で手招きしているのだろう。

どうにもならないものはあるのだ。
これは遺書ではなく、ラブレター。

「音楽ライブ朗読実験コースモース!」

コスモスが淡々と楽曲演奏します。多分。
その中に、ゲストの方何組かの、歌、パフォーマンス的なことが組み込まれています。

8月17日土曜日 
6時半会場 7時開演 約2時間

オープニング 、アコースティックコスモス、バンドコスモス、ゲスト にいまや

前売り予約1000円 当日1200円4

御問い合わせはtakaya3625111@gmail.comまで。



昔書いたエッセイシリーズ「窓に何を映す?」2003年5月

2013-07-12 17:08:00 | 過去エッセイ


窓に何を映す?

朝、カイリ(俺の子、当時3歳)を保育園に送った後、カミさんの病院へ行く。

荷物はすでにまとめられていて、俺はそれを車に詰め込んだ。
カミさんと少し話をして、看護婦さんにお礼を言って病院を後にした。

カミさんは点滴をはずせないために、なんと救急車で向かうのであった
俺は家の車で、カミさんが向かう県立中央病院へと向かった。

カミさんは2人目の子供を身ごもっていたのだが、子宮筋腫の為に
2階建ての小さな個人病院から、巨大な県立中央病院へと移ることになったからである。

毎日この個人病院へ子供と来て、子供と帰る日々が続いていた。

いつも帰り際、外に出てから、必ずカミさんの入院していた部屋二階の窓が開き
彼女は俺達にバイバイと言い、
気をつけてねとか言い、とりとめもない話をしたりして、
別れた事がなつかしい。

カイリは家に向かう車内で俺に
「パパ気をつけてみて!」と無邪気な事を言ったりしていたのであった。

県病について、産婦人科に行き、カミさんの荷物を置いて
少し看護婦さんから話を聞き、入院の手続きをしてから
仕事へと戻った。

部屋は前の個人病院とは違い、大部屋になるので、
カイリと来た時にあまりうるさくできなさそうで
ちょっと大変かなあと思った。

あと個人病院とは違ったせわしない雰囲気というか、
悪く言うと、色々な事が作業的な感じがして、気が落ち着かなかった。

カミさんもどこか不安そうであった。
ここに何週間も居たくないよ。と眼で訴えていた。

仕事も終わり夕方、カイリを迎えに保育園へ行った
彼女を車に乗せて、病院へ戻った。

県病へ着き、6人部屋の一番端の窓際に座るカミさんを囲み
みんなで色々話をした。が、どうにも落ち着かなくて
みんなで、食堂のような場所に移動して絵本を読んだりした。

隣の病錬は小児外科になっていて、時折
カミさんと同じような点滴の器具を取り付けた子供が、
暗い蛍光灯の廊下を横切ったり、
口の周りに黒い斑点ができた子供が家族とともに、
おにぎりを、これまた暗く食していたりする光景が現れた。

カミさんはは新しい環境の、どこかささくれ立った希望の雰囲気に
心が萎縮しているようで、俺も落ち着かない病室や、せわしない大病院の
流れ作業的な空気感に、微弱におびえていた。

面会時間が終わり、少し険悪なまま別れた。
エレベーターが閉まるときにカミさんが泣いてしまった。
カイリはそれを見て泣いた。

外はもう真っ暗で肌寒く、風が強かった。

青森の10月独特のシャーベット状の冷たい雨が俺達の身体を乱暴に打ち
俺はカイリを抱いたまま車へとその足を急いだ。

その時、俺の腕を押しのけんばかりの勢いでカイリが背骨を反った。
俺は、寒いのにさあ何してんのよ。とばかりに見あげた。

「ママいないねえ」

カイリは暗闇の中のいくつもの巨大な窓枠らの塊を凝視していた。
暗の14階建て、巨大な病院のいくつにも
規則的に連なる窓らを眺めずっと探していた。

彼女は2階建ての病院の時と同じように、母親が窓を開け、手を振り、
「気をつけてね。」と話すであろう一連の行動を渇望して、
母親を探していたのだった。

俺は強く彼女を抱きながら「ママどっかの窓からパパ達見てるけど
見つからないねえ。」と話した。

家についてから2人でガスコンロの火をつけ、ポップコーンを作った。
それは焦げてしまいイマイチで、子供と苦いねえといいながら残した。

暗闇の中に連なる窓枠達は、現実感の現存だ。
俺達はいつでも、何百もの窓の中のひとつを探している。

そこに映し出されるものが、あらかじめ愛である事を
本当は知っている上で、
俺達は愛に溺れる日常を探している。

愛と死のコスモスライフ

2013-07-12 16:45:44 | 日々の生活
6月1日

面印ブラック3、面白かった。
タイムトラベルものとしても、着地が意外と気持ちよいラスト。

ラストバトルの、時間操り系スタンド能力のようなアイディアとか
ウィルスミスが、トミーに対する思いが、案外愛情にあふれていて
不自然だったんだけど、ちゃんと意味があって収束がよく。
氷の微笑って昔すごく流行ったときに見なかったんだけど
やっと鑑賞したら、普通だった。


6月3日

五所川原ラブポーションへ北枕の挨拶と
お借りしたものを返却しに。
スコップ三味線高橋さんとお話したのだが
その日がサッカー中継スポーツバー状態になっていたので
すこし北枕のお話と、今後の話など。

6月4日

妹と、どくんごのチラシポスター張りまわり。

トゥー無レイダー2、アルカトラズからの脱出。
トゥームレイダー2は、まあ普通に。楽しく。
アルカトラズは王道、小学校以来鑑賞。
淡々と脱獄する過程を描写していくのにハラハラと。
面白い映画の様々な要素が詰まってて、大変楽しく。
70年代のドンシーゲルはどれも外れない。西部劇は見ないけど。


6月6日

福原さん主催のライブ「ナチェ」に参加。

6月12日

コスモス練習。主に、新曲を。

6月14日 ペンキ塗り

林氏と屋根のペンキ塗り。
屋根塗りの段取りや、工程に関心。
実際のローラーで塗る段階まで来、実際塗る時のローラー無双感!

天気も良く、労働後の飯が上手い。
4人でペンキ作業していたのだが、そのうちの一人の労働者の妻が
小学生のときの同級生でビックリした。

この日朝、会ってすぐに彼が、笑いながらその妻の名を
話しかけてきたのだが、はじめ全く意味が知れず、薄く笑い
雰囲気を合わせていた。

彼は僕がすでに、
彼らが夫婦だと言う事を知っている体で話しかけてきたからだった。

6月15日 

ペンキ塗り作業二日目だが、あいにくの雨でお休み。

6月16日 17日

ペンキ塗り。足場上がるの楽しい。
怖くて楽しい。
黙々と同じ作業を繰り返すのがおもしれえ。

6月18日 捨てさるもの

まんぶるず内装工事の廃材を捨てるバイト。
h氏の、ビフォーアフターのような仕上げ。
廃材を廃材捨て屋へ持っていく。
色々訳があり、素人が日曜大工で母親の物置を
改装しました的ストーリーを仕立てあげ、
きれい目な洋服で向かうも、あまり関係なかった。

6月19日 ノキテンと狼

軒天の張替え工事、林氏が、の手元。
雨降りで、作業できる状況ではないのだが、
無理やり。毒づく林氏を炊きつけもなだめもせず
まあまあ淡々と進行し、まあまあ完成。

夜にまんぶるずで第4回ミラーズホロウの人狼開催。

序盤あんまりお客さん集まらず、自分も入れての
ゲームマスター要らない、アプリ人狼を何度かプレイ。
このアプリ人狼の便利さを知られてしまうと、態々
リアルカード人狼しに、着ていただくお客さん減るんじゃないかと
危惧するが、私のイベントでは、音楽や雰囲気作りや
他人と戦う緊張感などを、重点に置いてるので大丈夫。
だと思うの。

今回は初心者のお客様にありがちな、優しすぎる正直者プレイ
「僕が占い師です。」と招待を明かすと本当にそうケース。
を何とかするために、占い師カードと人狼カードに1~3までの数字が
ランダム1枚入っているかもしれない状態を作った。(強制独白システム)
カードに1が入っていたら1日目の昼処刑会議までの間に、
自分の招待を明かさなければならないのだ。
狼カードに入っていたら、その日数までに、自分を偽ってカミングアウトしなければならない。

これによって、占い師のカードと狼のカード一枚ずつに「1」が表示されていたら
初日に、「僕は占い師です」と二人が同時カミングアウトする状況が生まれる。

まあ遊んだこと無い方には、何言ってんだが分からないのかもしれないけど
まあそんな感じ。

後半は、参加人数も増え、色々役職を足したり引いたりしながら
満喫したと思われる。サミープリンスの奇跡。や村人が占い師を騙る
変わった状況なども出くわし、面白く回せたんじゃないかな。。

誰かを騙して信じる縮図を、ホラー仕立てで遊べる。
「遊び」ということにすれば、成り立つ角の立たなさを利用し
人間のいやらしい箇所を痙攣連射できる状況芝居として

このイベントはちくちく続けます。

6月21日 ミッドナイトラン

新曲作った。
やまない雨はない、明けない夜は無い。と言われるが
いつまでも明けない夜をうろつき、理想の夜明けを待つ歌。
日々とチンポを擦ってばかりで
咥えてくれる何かを探す。理想と程遠い理想を探す歌。

6月25日 壁面

ペンキ塗り仕事再開、壁面塗り作業。
昼飯のエノキを乾燥させて、昆布の佃煮とあえたオカズ。


6月27日 ゲーム会

電力会社、資金カツカツ。序盤イニシアチブ取れないときついなあ。
でもガチプレイ楽しいゲームのひとつ。名作。
ロストレガシー、ラブレターシリーズ?の第二段的な。
ラブレターほど軽すぎない(それでも軽いけど)ゲーム性。
こっちのほうが好きかも。バンパイア版?が特に面白かった。
効果に対するイメージがしやすく、テーマに入りやすい気がする。
ラブレターのテーマは多少強引な気がするので。

6月28日 楽市楽座

がっぽ公園へ、英明さん夫妻と楽市楽座を鑑賞。
円形の水を張った上に回転するステージ。野外の開放感とどこか怠惰な空気感で
すでに出来上がっている。
何やっても外れないような。
演目は裸の王様、昭和の大衆演劇のような雰囲気。
西のいい意味でのえげつなさや、むき出しの笑い了承感。が
これ同じこと津軽の人がやったら痛々しくなるんだろうなとか。

子どものころ学校休んで、風邪意識朦朧とする中、NHKの人形劇を
観ているような。変なノスタルジーが闇夜にポツポツと現れる走馬灯。
きっと死の直前に思い出す光景のひとつだ。
ああ、楽市楽座家族は、まだ元気にやっているだろうかと。
僕はいったいどれほどの事をしてこなかったのか。と

芝居始まる前に、エゴイストの高橋さんが「今日は私ジャイアンやるんですよ」
とのことであったが、本番、まあ言われてみればそう?なのかも。でも
あの感じを自分でジャイアンと言えてしまうのであったら、もっと邪悪さや怖さを
ガンガン強調しても面白かったかも。個人的には1曲目が大団円で終わった後、
不意に2曲目が流れ、「すいませんもう1曲あるんですよ」と独白する感じと空気感とか
印象に残った。生の芝居だからこその面白さ。ライブ感だと思う。

寒かったんだけど、楽しかった。また来年行きます。

芝居終わり、近所の居酒屋で英明さんと、打ち合わせ。
9月にあるかもしれない、すごそうな企画。まだ未定。

6月29日 シャッター

ペンキ塗りシャッター、すごく上手くなくて、難しかった。
そのたびに、僕は素人だからと連呼して、傷を癒す。

7月2日 配管

メンバー全員の練習が中々決まらず、みんな仕事があるので
時間が合わないのだ。

午後に飲み屋さんを回り、配管にドメスト的なものを流す作業。
知らない飲み屋さん5件位まわる、2時間ほどで終了。

夜にカラオケやにギター持込、一人コスモス練習。
声が全然調子悪い。1ヶ月前くらいから、呼吸が苦しくて
喉の上部辺りに、何か塊がある感じで、唄いにくい。

呼吸も空気が上手く取り込めなく、でかい声をなんかだしにくい。
裏声がでない代わりに地声で高音発声できるのだが、聞きざわりが
思っているのと違っていて、曲のニュアンスが微妙に変わるのが
なんか気になる。

でもあるもので戦うだけ。


7月4日 練習グルッペ

グルッペで練習。一応形にはなったと思うのだが、だいぶギリギリ
いつも。
七夕ライブのセットリスト

宇宙空間、オルフェウス、ジョック、ペルメイ、ラッパはギラリと光るのさ。







昔のエッセイ「80年代中学生日記」

2013-07-11 22:47:07 | インポート
80年代中学生日記「斉藤A君」

青森の雪はデタラメだ。
寒さは別にいい。もう慣れてるから。
寒さはそれほどでもないのだ。というか、
家の中では暖房機をガンガンに使っているし、
外でもセンスのない(あってもいいけど)
防寒着やらセーターやらをバカみたく着こめばどうとでもなるのだ。

雪。
オレがデタラメだというのは雪なのだ。それも量!量だって!コラ!

雪の量が多いすぎるのだ。雪かき(スコップで雪を片付けることです)を
ほとんど毎日やらなくてはならないのがイヤ。
妻が。

妻が殆ど毎日雪かきをするのがイヤ。

オレは面倒くさいから、余りやらないのだが度を超すと怒られるので、
妻の機嫌が悪そうな時はオレがやらなくてはならないのだ。

オレは外に出て雪かきをする。オレは庭に雪を積む。
妻が怒らないくらいの雪山になるまで雪を積む。
向かいの家の雪山では、アノラックを着た子供達が無邪気に遊んでいる。
そんな子供達は期限付きの「自由」を持っていると思う。

なぜ期限付きか。
それは無垢な精神には破損感があるからではないだろうか。
大人になるまでには当たり前の真実を否定し
破損個所を埋めなきゃならない事が多々あってしまうからだと思う。

それは言うなれば自己に対しての”不誠実な皮膜”だ。
”不誠実な皮膜”は「嘘」や「虚栄心」であったり
「対面」や「自己矛盾の葛藤」であったりするのだろう。
結果、子供は大人になっていく。
精神の不自由さを手にする。

そのような制約がない期間だけ、
子供達は凶悪的に「自由」を持っているのだ。

雪山で遊ぶ小学生と、
雪道 家路へ帰るダサイ中学生をみると斉藤君を思い出す。

斉藤君は中学校1年生の時オレと同じクラスで、
生まれつき心臓の病気を患っていたので、体育の時間は必ず休んでいた生徒だった。

斉藤君は東京出身で眼鏡をかけていて、眼鏡だけに頭も良く学校の成績はいつも上位だった。
そして青森の中学生では珍しいナマリの無い標準語で明瞭に話をする生徒だった。
青森に来た理由は、空気のきれいな自然の中で
生活した方が、心臓にかかる負担が少ないとかだった。

1年の時には美術部で一緒になりねぶたの絵を描いたりして遊んだりした。

斉藤君はギャグセンスがつまらなく、普通にしていれば
普通の中学生なのに、俺の前でつまらないギャグをいつも言っていた。

たまに2人で部活の時に、ふざけて筆で顔に落書きしあったりした。
俺が調子に乗って必死に斉藤君の額へ「骨」と書こうとはしゃぐ。
そういう遊びがエスカレートしてくると、斉藤君の呼吸がたちまち乱れだし
「ちょっと待って」と笑いながら言って、心臓を右手で押さえたりした。
オレはそれが冗談なのか本気なのかわからなく、
「そういうギャグなら面白いのに。」と言い
「心臓ネタをギャグに使え」となんだかよくわからないアドバイスをしたりした。

ある日冬の学校の帰り道、斉藤君と帰っていると、小学生の子供達が雪山で遊んでいた。

オレはスクールザックを背負ったまま、制服のまま、小学生の輪の中に行き、
「キーーーー!!」と奇声を発しながら前転をした。
小学生に見せたと言うよりも斉藤君にうけると思ってやったギャグだった。

それは
”これから家に帰るまで、まだ長い道のりなのに身体中雪まみれになって、
 靴も濡れてしまってオマエはバカか。”
というニュアンスの中学生バカギャグのつもりだった。

斉藤君が笑っているか表情を確かめると、
彼はニヤリとしながらオレと小学生の中に、極度の早歩きで近づいてきた。
そして突然斉藤君は「フイーーー!!」と裏声で叫び、オレと同じように前転したのだ!

斉藤君の後頭部がゆっくりと雪に消え、
その後逆向きのスクールザックとヒョロリとした脚が雪埃と
雪面に素早く消えていったのだ。
オレは心臓病で体育の授業を受けられない人間が
そんな事をしたら、面白いに決まっているじゃないかと思い、悔しかった。

斉藤君とは中学2年にクラス替えで別々になり、いつの間にか
美術部も辞めてしまったオレは彼と遊ばなくなっていった。

そして卒業し、テキトウに時間が流れて、薬師丸ヒロコの等身大ポスターの
マンコの所に切れ目を入れて、裏側からぬるいカップヌードル伝いにオナニーしていた頃、
オレは恐ろしいことに気が付いていた。
”斉藤君!高校居ないん邪!斉藤君卒業してナイン邪!。”

そうなのだ。斉藤君は中学校2年から3年の間に、消えているのだ!
オレが内向的になり、学校で余り人とも話さなくなったオナニーの中2の時か、
バンドをやり始めて、カッコつけだしたオナニーの3年の時の間に彼は居なくなったのだ!

まさか中学生の間に、青森で死んだと言うことはあり得ない。
それならばもっと強く印象に残っているはずだし、学校の全校集会とかで
校長先生が何かそれっぽい事をしゃべっていたに違いない。

斉藤君は何処に行ったんだろうか。
もしかして、心臓の病気の治る見込みがもう無くて
ひっそりと東京に帰って死んでしまったのだろうか。
未だにオレはそれを知らないし、中学時代の友人に斉藤君がどうなったか聞いても
皆、行方を知らなかった。

もし今生きているとしたら斉藤君はどうしているのだろう。

冗談か本気かわからない”心臓ギャグ”を誰かに披露しているのかもしれないし、
健康な体になって府中競馬場でギャンブルをして、
馬の尻に興奮してきてトイレに適当な女を連れ込んでフェラをさせているのかも知れないし、
調布で個室エロビデオ屋を経営しているのかも知れないし、

酔っぱらってシルベスタースタローンに似た外人オカマに、
夜の軒下でフェラされてそのオカマが「1000円でイイワ!」と金を要求したのに、
ハンパにカッコつけて2000円払って別れた後、
休もうと思ってたまたま入った喫茶店にさっきのオカマのスタローンがいて
「オイカケテキタノネ・・」と喜んでいて、
泣きそうな顔しながら舌打ちする22歳の俺。とかになっているのだろうか。

オレは斉藤君の前転が、今も心に引っかかっている。
それはなぜか
彼は生まれつき、「心臓病」だったため
精神の不自由さを手に入れるための”不誠実な皮膜”を
生まれつき作り出さなければならなかったのではないかと勘ぐるからだ。

彼の親は彼に無限大の愛情を注いでいたのだろうし、
オレも普通の友人のように彼と遊び、思い出を作っていったはずだ。
その事は間違ってない。

ただ彼にとっては”相手に対する優しさ”が
半ば強制的な行為になってしまっていたのかも知れないと考えると
彼の前転は悲しい思い出としてオレの身体に皮膜を作ってしまうのだ。

彼は大人として、自分以外の人間に優しさをあたえるように
努力しなければならなかったのだろうか。
彼は僕の知らない精神の暗部で
「命」と「自由」を天秤にかけていたのかも知れないのだ。

オレは外に出て雪かきをする。オレは庭に雪を積む。
妻が怒らないくらいの雪山になるまで雪を積む。
向かいの家の雪山では、アノラックを着た子供達が無邪気に遊んでいる。
そんな子供達は期限付きの「自由」を持っている。

人間は
弱い大人になるまでに
「現実」や「社会性」と言う名の鈍器で小突かれ、破損しその患部を
”不誠実な皮膜”で覆い精神の不自由さを手にしてしまうのだろうか。

オレは斉藤君と中学の1年間位しか遊ばなかったし
今もし斉藤君と再び出会っても、何を話すべきか知らない。
むしろ会うの面倒くさい。

ただもし彼と出会えたら

その時オレは、斉藤君の前で奇声を発しながら
前転をしなければならない。

それは必ずだ!