COTE D'IVOIRE

アビジャンに住んでいました(1999.3-2002.10)
サイト《象牙海岸にて》の続編を綴ってみます。

ローラン・バボ 対 ジャック・シラク

2004年11月16日 | 騒動と戦争
シラク大統領:「ウフエ・ボワニ大統領の時はアフリカのモデルだった、ところが彼の後継者はそれを引き継ぐどころか、とんでもない国を作ってしまった。白人と外国人を追い出して、、、。このように無秩序なファシストの体制を放置することはできない。」

バボ大統領:「フランスは反乱軍に加担している。過去のモデルの国で牢獄に入れられたのは我々だ、ファシストの単独政党を40年も擁護してきたのはフランスではないか、侮辱はもうたくさんだ。」

(リベラシオンの抄訳にならって、訳を超訳にしてみました。
原文はrfi:http://www.rfi.fr/actufr/articles/059/article_31762.asp 参照)
どうやらこんなやり取りがなされているようです。
こうなると、もう手がつけられない、、。

バボさんは確か癲癇持ちなんだよなあ、
親子喧嘩のようにも聞こえるけど、今度ばかりはどうなることやら、、、。

参謀長官の任命

2004年11月16日 | 騒動と戦争
土曜日にフィリップ・マングゥ(Philippe Mangou)大佐が任命されています。
ということは前マチアス・ドゥエ将軍が更迭され事にもなるわけですが、
愛国青年はマングゥ大佐をかんげいしてるとのこと、彼ならブアケを解放できるようなことも言っているようで、攻撃姿勢をとっているということのようです。

一方マチアス将軍、彼はクーデタ以前から軍を調整してきた人ですが、ここで軍の出方も方向転換することになりそうです。

まとめてメーリングリストに、

2004年11月16日 | 騒動と戦争
投稿した内容を紹介します。

日曜日で、コートジボワールから避難を希望するいわゆる外国人は、
ほぼ出国したもようです。約5千人と伝えられています。
アビジャン市内は平静を取り戻していると報じられていますが、
フランス人コミュニティーのメールではココディでの略奪が伝えられています。
白人にとっては危険な町になっているようです。
さらに昨日からバボ、シラク両大統領の齟齬は外交上では考えられないような状況ですし、フランスは国連軍と共にアビジャンから撤退の動きをとるのではないでしょうか(予測ですが)
ここまでの経緯をある視点から追って見ます。これは現国会議長で、昨日のAU西アフリカ首脳臨時会議にコートジボワールの代表として出席したママドゥ・クリバリ氏の考えを推測した、私の個人的な考えの域から出ないのですが、以下のような論理です。
1、Oさんがご指摘の通り、現在合意したといわれている和平協定はフランスの押し付けである。
(しかもその背後には常にアラサン・ワタラ氏が付きまとっていましたし、今回も彼はいち早く南アへ飛び、現行の和平協定を貫く以外に道はないとムベキ大統領との会談で申し入れています。)
2、フランス、マルクゥシィでの署名はたとえ大統領が署名したとはいえ、コートジボワール憲法に抵触する項目が含まれていることから、これは議会の判断が必要である。
もしくは無効である。
(この点、法的にはどのように扱われるのか、どなたかに伺いたいです。つまり大統領の署名事項で憲法に抵触する項目があった場合の法的優先度についてで、アラサン・ワタラ氏の次期大統領候補権に関することです。)
3、とはいいながら和平合意を現実的対応策として尊重するものの、今回のコートジボワール軍による爆撃対象は和平合意に関係しない新反乱軍であり、これを見過ごすことは新たな危機につながるとの判断から実行したもので、フランス軍基地への爆撃は誤爆である。
(バボ大統領はフランス兵の死に疑問を抱いているとも言っています)


http://positiveafrica.net/ ポジティヴなメーリングリストです。

小休止してカテゴリー

2004年11月16日 | Weblog
・・を、よく見てみると、自分の作ったカテゴリー、意味ないかも、、。
残念ながらこれまでも、ぜーんぶ「騒動と戦争の間」で他のカテゴリーに入るような話題があるかな?将来的にも、、。

後でカテゴリー分けをしてみようかと思いつつも、意外と大変そうだ。
しばらくこのままかな、何しろ整理整頓が苦手なモンで、、。

あぁ、トラバがついてる。
トラバの練習してみようかな。