アインシュタイン=
シラードの手紙 ②
▼マンハッタン計画とその後
結果としてアインシュタインの大統領への手紙は、主にフェルミらによる黒鉛をもちいた天然ウランの原子炉の開発を資金的に後押しすることとなったが、アメリカ政府を原子爆弾開発に本格的に歩みださせるところにまでは至らなかった。
実際、アーサー・コンプトンは1941年夏にはアメリカ政府による核分裂の軍事的研究はほとんど潰れかかっていたとしている。
しかし1941年10月、アメリカ政府はイギリスの MAUD 委員会からウラン濃縮とそれによるウラン爆弾が技術的に可能だという報告を受け取った。
図らずもウラン諮問委員会でロバーツが主張したように、ウラン濃縮の可能性が現実に近づいた後、アメリカは遂に原子爆弾開発へと舵をきることになった。
こうして計画が滑り出したころアメリカは真珠湾攻撃を受けることとなり、ともすればヨーロッパの戦争と見られていた第二次世界大戦への国内の孤立主義的気分は吹き飛ぶこととなった。
1942年6月、科学研究開発局の元で進められていた開発は、陸軍の管理下でのマンハッタン計画へと引き継がれることになった。 マンハッタン計画では、フェルミとシラードらの原子炉の研究は、その後ウラン238から作られることがわかった新元素で、やはり爆弾となるプルトニウムの生産計画へと姿を変えた。
1945年春以降、ドイツの敗北が時間の問題となると、シラードは逆に原子爆弾の実戦使用に反対する活動の先頭に立ち、このとき再びアインシュタインを頼ることとなった。
この間、アインシュタインはその政治姿勢から政府に機密保持が不可能であると判断され、マンハッタン計画には参加していなかった。
かつて1920年代にアインシュタインを日本に招聘した雑誌『改造』に対し、1952年にアインシュタインは「日本人への私の弁明」(On my participation in the atom bomb project、原子爆弾計画への私の関わりについて) と題した文章を寄稿した。
その中で、この手紙が原爆開発において自分が関わった唯一の点だと述べた上で、原爆開発が「人類におよぼすおそるべき危険」を知ってはいたものの、ドイツががそれに成功する可能性が高いという考えによって「この処置をとらざるをえなかった」とし、「他にどうすることもできなかった」としている。
1955年にアインシュタインが亡くなったとき、その追悼会において生化学者ライナス・ポーリングは、晩年アインシュタインが彼に語った後悔について触れている。「私はひとつ大きな間違いを犯してしまった。
ルーズベルト大統領に原子爆弾を作ることを勧めた手紙に署名したことだ。」
《ルーズベルトへの2度目の手紙》
シラードの求めに応じて再びアインシュタインがルーズベルトへの手紙を書いたのは上述のように戦争末期のことであった。
1945年3月にナチス・ドイツが原爆を開発していないことが明らかとなり、自分たちが開発してきた原爆が日本に対して使われるという懸念が広がった。
シラードにとってそれは元々の原爆開発の動機と相容れないものであるだけでなく、科学者の研究チームの結束も、戦後世界の安定をも壊す行為だと思われた。
シラードは自らの意志を再び大統領へと伝えるために覚え書きを執筆し、大統領への紹介状をプリンストンのアインシュタインに依頼することにした。
マンハッタン計画の機密保持条項による厳しい規制のため、シラードは、計画外にいたアインシュタインに紹介状を依頼する目的を告げることも、自ら執筆した覚え書きを見せることもできなかった。
それでもアインシュタインはこの求めに応じ、1945年3月25日、内容にまったく触れられないままルーズベルトへのシラードの紹介状をしたためた。
シラードは、機密性の問題から紹介状のみを大統領夫人エレノア・ルーズベルトへと送り、夫人と5月8日に面会を行う約束を取りつけた。
しかし4月2日のルーズベルトの突然の死によって、この機会は失われた[39]。 新たなつてを頼り、シラードはこのルーズベルト宛のアインシュタインの紹介状をトルーマン新大統領に送ることとなった。 これによりシラードは、ワシントンでトルーマンの秘書と会い、新政権で国務長官となる予定のジェームズ・F・バーンズとの会見が設定された。
5月末のこのバーンズ訪問でシラードは、原爆の実戦使用が、戦後の国際的核管理体制を不可能とし、危険な核開発競争を招くであろうことなど持論を訴えたが、バーンズに理解されることはなかった。
その後もシラードら科学者によっていくつかの原爆実戦使用への反対活動が続けられたが、これら科学者側からの活動は広島と長崎への原爆投下という政治決定に影響を与えることはできなかった。
〔ウィキペディアより引用〕
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