1963

主に昭和の頃の思い出と旅行の備忘録
ときどき愚痴

38年前の記憶を辿る~台湾旅行①~

2025-02-04 10:14:00 | 旅行

最近、沢木耕太郎氏の『深夜特急』という冒険譚を読んで

久しぶりに思い出した遠い昔の旅行

大まかな観光スポットや逆に些細な出来事は覚えているのに

店名などの詳細は思い出せず曖昧なことも多い

スマホがない時代、20代のOLが買える手頃なカメラで撮った写真と

細々記録していた手帳は家のどこかにあるはずだけど見つからない

だから文中に写真もない

時系列が前後しているかもしれない

これ以上記憶が薄れる前に自分用の記録として書いておこうと思う

 

20代の頃、同僚たちと台湾に行ったことがある

都合で往路は石垣島からフェリーに乗った

当時、石垣港⇒台北は船で6時間ほど

運航日のタイミングが合わないので

仕方なく1日かけて石垣港⇒高雄(台湾の最南端)まで乗船し

そこから台北まで北上しながら観光することにした

 

旅行社に相談したけど

そんなツアーがあるわけもなく

自分たちで計画した個人旅行で

付きっきりのガイドを頼むことにした

 

3人で行くので、それぞれの希望を一つずつ盛り込んだ

①北京ダックをお腹いっぱい食べたい

②鉄道に乗りたい

③ナイトクラブに行ってみたい

 

当時、石垣港にイミグレーション施設はない

出発の日どうやって出国審査をするのかと思ったら

港に黒塗りの車で3人の係官がやってきた

パスポートや書類、荷物を確認し、ボディチェックされ終了

 

無事に乗船できたけど

フェリーとは言えコマーシャルで見るような立派な船ではない

観光客は我々以外にほとんどいない

日本人、台湾人の商用の人が多数だったと思う

毎週乗船しているという強者のおばあちゃんもいた

 

私は揺れる乗り物に慣れているせいかあまり船酔いはしなかった

同僚二人はいきなり船室で寝込んでしまった

 

多少のムカつきやめまいはあるものの

普通におなかが空いたので

ひとりで食堂(レストランとは言い難い)に行き

あろうことかミックスフライ定食を平らげ

夜は船員さん達の飲み会にも参加した

 

特別に船内も案内してもらった

台湾の方々は缶詰などの持込食料を食べている人が多かった

大部屋では大きな牌でマージャンをしているのが印象的だった

 

翌朝、渡瀬恒彦似のかっこいい船長と甲板で撮った写真もあるはずだが

どこに行ってしまったのか見つからない

 

船酔いの二人には食堂で作ってもらったサンドイッチを差し入れた

少し良くなったのか下船する頃には何とか元気になっていた

 

入国審査は空港と同じく台湾人と外国人は別

そして何とも不思議なものを見た

台湾人の列に並ぶ人々は

値札などのタグが付いたままの衣類を何枚も重ね着して着ぶくれていた

自分用というパフォーマンス?税金対策か何かかもしれないが

どう見ても不自然な光景なので気になって仕方なかった

入国審査が簡単に終わったのでその後を見ていないのが残念

 

出口にガイドのRさんが迎えに来てくれていた

上品なおじいちゃんという印象

着ているジャケットもセーターも見るからに上質

車種は覚えていないけどピカピカのセダン

当時の台湾では富裕層と思われた

 

そしてピカピカセダンに乗せてもらい

3泊4日の珍道中が始まった

 

※思い出しながら書いているので

いつかわからない次回に続く

 


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 今日いち-2025年2月2日 | トップ | 今日いち-2025年2月5日 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

旅行」カテゴリの最新記事