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【319】多禰寺 舞鶴市

2009年05月01日 | 【 京都の古刹 】

【319】多禰寺 舞鶴市

住所 舞鶴市多祢寺346
宗派 真言宗東寺派
山号 醫王山
開山 麻呂子親王
本尊 薬師如来

重文 木造金剛力士立像 2躯
備考 西国49薬師

 麻呂子親王が、丹波の豪族を討伐するため出陣し、大江山の砦において反乱を治めた。また、この地方に悪病が流行り、用明天皇の命により仏法と医薬によって病苦の人々を救った。北の果ての国の守りとして、薬師瑠璃光如来を祀り民の安定をはかるために建てたのが始まりです。
 眼と耳を治してくれる薬師如来として親しまれています。と言う訳で、耳鳴りの治らぬ我が耳と老眼の進行を止めて下さるよう手を合わせてきました。可能なら脳みそも治してもらいたいのだが、それは呆け封じかな。
 芯の部分が朽ちて無くなり表皮のみで立つ梅の木があります。愛と絆の木と言うことらしい。「耐えよ」と。更に、今は通れない参道に仁王門があり、何故か鐘がつるされて鐘突堂となっていますが、ちゃんと仁王さんがいらっしゃいました。


御詠歌

さきのよに まきつるたねの おいいでて
のりのはなさく 春ぞうれしき

本堂

参道と釣鐘のある仁王門

表皮のみとなった梅の老木

立て札には「たもの木 愛と絆 耐えて夢を追う あきらめたらあかん あかん」と書いてあります。確かに、芯を失い朽ちてもあきらめなかったら花も咲かせるし実をなると言うことでしょうか。


舞鶴の 岬の山に 多祢寺あり
北への備えか 薬師如来よ        団子

多禰の里 釣鐘つりし 仁王門
耐えて絆を 結ぶお薬師     団子

 

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