きみの靴の中の砂

人生の黄昏を迎え





 旧知の歯科医が ------ 常連に断りもなく ------ ある日突然、廃業した。
 先生、今は齢八十程か。

 さて、その先生、十年程前脳梗塞を患った。一年近く休診してからの再開後、患者の悪くない隣の歯までも削ってしまうほど手が震えていて、患者としては大層不安だったのを覚えている。

 医院再開後のある日、先生と年の頃が同じ、商店街のある店主から先生の離婚話を聞いた(奥さんの方から話を切り出したらしい)。
 昨今、還暦を過ぎてからの離婚は然程めずらしくはないが、学生の頃から単独登山が好きだったとか、ひとり住まいが長かったなどという例を除き、自活のキャリアの少ない者にとって、老境の離婚はこたえるだろうと思っていたら、そんな様子は少しも見せず、むしろ以前に比べて若返った感じにすら見えるとか。

                   ***

 噂によれば医院で若い頃から数十年という永きにわたり、先生のそばで診療を手伝ってきたA子さん ------ 昔でいう看護婦さん ------ と今は仲良く暮らしていると噂に聞いた。
 先生を慕い、七十を過ぎるまで独身を通した彼女が、今、人生の黄昏を迎え、やっと念願が叶ったことを祝ってあげていけないことはないだろう。




【The Ventures - Pedal Pusher (Live In England/1965)】

 

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