きみの靴の中の砂

アルチュール・ランボー最後の船旅





 それは『アルチュール・ランボー最後の船旅』をたどるものだった。

 アフリカの熱く乾いた季節風が吹く、イエメンの古都アデンの旧市街にある旅行代理店で、マルセイユまで船旅をしたいと言うと、受け付けたイスラム服にニカーブをかぶった女性が、本当に船で行きたいのかと念を押した。最初は意味がわからなかったのだが、どうやらぼくが頭に描いていたような手頃な貨客船は随分昔に廃止されてしまっていて、今は金満家の旅行者相手の、山のように大きなクルーズ船に取って代わられているのだという。

「どうしても安い船賃でと言うなら、港に『アラビア - アフリカ海運』と大きなサインボードを掲げたビルがあるから、そこの事務所で乗せてもらえる便があるかどうか聞いてみるといいわよ」と教えてくれた。それは純粋なツーリスト向けではなく、暇はあるがお金はないと言う大学生や労働者向けの手段らしかった。

 桟橋に着くと、その海運会社のブルーに塗られたビルはすぐにわかった。内戦時に戦闘があったのか、外壁には未だ多くの銃弾の跡が見える。
 オフィスにいたクーフィーヤの男は食事中で、鯖の塩焼きのような焼き魚を挟んだサンドイッチにかぶり付いていた。さも叩き上げの現場長といった風采の男で、用件を伝えるとサンドイッチを離さず答える。
「うちは今は貨物専門なんだが、昔取った貨客船の免許がまだ生きてるから乗せてあげられないこともない。でも、もういわゆる客室というのがない。船員と同じ扱いになるが構わなければ乗せてあげよう」と言う。融通の利く男で船賃はカード払いでいいという。レートは今日のレート換算、他に手数料として規定の船賃の9%のキャッシュが必要だと言う。船賃はカードで構わないが手数料は現金で欲しいというわけだ。その総額が安いのか高いのかはわからない。船は今、荷を積んでいる最中で、出航まであと三時間はかかるが乗船して待っていてもいいと言う。ラッタルの下あたりに大きな紙挟みを持った男がいるから、これを渡せば面倒を見てくれるはずだと言って、殴り書きのメモを二つ折りにして渡してくれた。

 紙挟みの男は顎髭をいじりながらメモに目を通すと、付いてきてくれと言って長い足でラッタルを先に駆け上がっていった。

 通されたのは上甲板から一層下の一般船員食堂で、十人は座れるほどの四角いテーブルがみっつ、床に固定されていた。横になるのはそこだ、と言って指差す先の壁に、下ろせば野戦病院にあるような一人用のベッドになるベンチシートが収納されていた。

 東京有明埠頭から那覇までの二往復半の距離を六日ないしは七日かけて行くという、今時にしては悠長極まりない船旅が始まろうとしていた。




【Jim Schmidt - Love Has Taken It All Away】

 

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