レシピの話。
法律で守られていない分野では、それぞれに独自固有のルールがある。
カクテルの世界では、レシピが印刷物になった時期により元祖が認定される。同じレシピのものは、命名も含め、元祖に総ての優先権がある。誤差の範囲を越え、明らかに味覚に違いが生じる改変がレシピに加えられた場合に限り、初めて別種の認識が与えられる。
さて、昭和18年、オランダ領インドネシアのジャワ島スラバヤに進出していた帝國海軍根拠地隊取材のため、報道班員として作家久生十蘭もまた同地にあった。
彼の日記(昭和18年4月1日)に、とあるバーで飲み知った『ジンとシェリーのカクテル』が気に入ったようで、三杯も飲んだ記述がある。レシピから想像するに、このカクテルは、日本では注文されるのが稀なRoc-A-Coe(ロック・ア・コー)という食前酒のようだ。
このカクテルは1936年の文献が初出で、十蘭が飲んだのは42年。欧州(恐らくオランダ)で考案されたものがインドネシアに届き、市井のバーに登場するまでの期間が僅かに五年程だから、よほどオランダ人の口に合ったものだったのだろう。
ドライジンとドライシェリーを1:1でステアして、三角グラスの底に置いたカクテル用の赤いサクランボの上に静かに注げば完成。いずれの材料も冷やしてある必要がある。