きみの靴の中の砂

魔法のビート





 十年以上経つだろうか。
 ある年の春、那覇でレンタカーを借りて一週間程沖縄を旅した。

 海岸線に沿って反時計回りに本島を一周した最終日の夕方、右手に米軍キャンプ・キンザーを見ながら58号線を南下、勢理客(じっちゃく)の交差点を右折して国立劇場の方へ回り込んだ先に、最後の目的地『エフエム沖縄』はあった。

 大学時代の友人の与那嶺くんが、そこでプロデューサーをしていて、久し振りに会って飲もうじゃないかという約束になっていた。
 約束の時間に受付で待つと、間もなく背の低い、太い眉毛に例の浅黒い顔の、五十過ぎにしては比較的若く見える彼が現れた。
「まだ、収録中なんだ。二本録りで、あと少しで終わるから、良かったらサブコンに来て、待たないか」と言う。
 副調整室など学生時代の番組製作演習で入って以来だ。

 程なく収録が済み、パーソナリティの女性ふたりがスタジオから出てくる。
 彼女達が与那嶺くんに挨拶をしてスタジオから出て行くのを見送ると、彼が、
「今のふたり、知ってるか」と聞く。
「いや、知らない。有名人?」
「ああ、沖縄ローカルではね。ケーブルテレビやラジオの番組によく出てるタレントだ。前を歩いていたのは、ヒップ・ホップだかダンス・ユニットだかのDA PUMP ----- 知ってるだろ? ----- あそこで目立ってたISSAの姉さんだ」
「へぇ~、知らなかったなぁ」
「昔、彼女も東京でアイドルしてたよ。シングル何枚かとアルバムも出してたはずだ」と与那嶺くん。

 その日、那覇の牧志市場近くの居酒屋で、ふたりで黒糖焼酎『朝日』の四合瓶を二本飲み干した。
「昼間の女の子達の顔、副調ですれ違っただけだから、もう忘れちゃったな」とぼく。

                            ***

 東京へ戻ってからのぼくは、彼女達に出会ったことすらすっかり忘れていた。

 秋になって、与那嶺くんから突然、宅配便が届く。
 走り書きのメモが添えられていた。

『前略 春に沖縄に来た時に話題にした、昔、東京でアイドルをしていた辺土名さんの当時のシングルとPVを集めたCDがリリースされた。オールド・ファン向けだな。先日、それを頂戴した。ジャケットにサインしてもらったので、それを惜しげもなく今日送った。有難く頂くのだぞ。
 ぼくもたまに東京支社へ出張するから、その時は、このアルバムをカタに美味しい酒をご馳走してもらうことに決めてるから宜しく頼む。草々』

 同封されたCDのジャケットには『ぼくらのベストSINGLESコンプリート 里中茶美』とあった。現在の彼女の写真付きならともかく、ジャケットの写真はデビュー当時のもののようで、どう見ても中学生だ。

                            ***

 たまに自分の部屋で泡盛や黒糖焼酎を飲む時、あの沖縄の旅を思い出す。そして、与那嶺くんがくれた、あのDVDを再生してみたりもするのだった。




里中茶美 / 魔法のビート


 

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