きみの靴の中の砂

嘘っぱちミートパイ

 

 クラスの男子生徒の間で、あのコがいつ頃から陰でミートパイと呼ばれていたかは知らない。本町通り交差点角の洋菓子屋の娘だとは聞いたことがあった。

 出席番号が離れていたこともあって、ぼくとミートパイの席次が近付いたことはなく、会話する機会もあまりなかった。しかし、たまたま部室が隣り合わせだったこともあって、放課後に限って顔を合わせば話をするようになった。

 ある日の部活帰りに何でミートパイと呼ばれているのか尋ねた。
「ああ、あれね...。うちが洋菓子屋だっていうのは知ってるよね? うちで一番評判がいいのが三角形のひと口ミートパイで、中学生の頃だったか、夕方の忙しい時間に店を手伝ってたら、たまたまそれを買いに来たクラスの男子に見られたというだけのことなの。多分それからだよ、そんなふうに呼ばれるようになったの...。ちょうどミートパイを売ってたところだったからミートパイ...。つまんない話だよね」と笑った。
「でも洋菓子屋さんていったら、普通、名物はケーキでしょ? なんでミートパイなの?」

 彼女は、亡くなった祖母がアメリカ人だったことを打ち明けた ------ どおりで目の辺りの垢抜けた感じや肌の白さ、それと、いつだったか、腕の産毛が光線の加減で金色に見えてオヤッと思ったことがあったっけ。要するにミートパイはクォーターということだ。

 そして、
「うちの三角のミートパイは、父がおばあちゃんを思い出すために作り始めたのよ」続けて、
「昔、おばあちゃんが元気だった頃に聞いたことがあるんだけど、おばあちゃんが小さい頃に育ったところでは、お葬式があると近所のお母さん達がお手伝いに来て、三角のミートパイを作る習慣があったんですって。アメリカ全部でそうするのかどうかは知らないけど...。それでね、お葬式を出した家っていろいろ忙しくて、食事を作る時間もなければ、疲れて食欲もないだろうからって、お葬式前後の数日間は作り置きしたそのパイを食事代わりにしたらしいのよ。だから、おばあちゃんにとって三角のパイはお葬式の時だけの特別な食べ物で必ずしも縁起の良いものじゃないって言ってた。ホントはお店でお金をもらって売るようなもんじゃないって父も言ってた。売ってるところをアメリカ人が見たらびっくりするだろうって。でも父は、亡くなったおばあちゃんを思い出すために作ってるみたい。おばあちゃんが亡くなった時に父が初めて作ったのを憶えてる。それからは、父は、おばあちゃんの月命日のたびに作って、ついでにチョットずつお店に並べるようになったら、いつの間にか評判の味になっちゃったみたい。でもね、お店の包装紙にフランス語で『家族の幸せな食卓に...』なんて書いてあるのに、葬式饅頭ならぬ葬式パイじゃ『嘘っぱちミートパイ』だよね」と笑った。

「これ、誰にも内緒だよ」と更に小声で付け加えた。

 それは、ぼくがミートパイと共有した最初の秘密になった。

 


【Jack Gold Sound - Summer Symphony】

 

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