横浜市中区海岸通り —— まだ携帯電話なんてない頃のきみから来た封書にあった住所だ。
その頃、そこをぼくは一度だけ訪ねたことがある。
住所にあった建物 —— 砂岩造りの古い三階建てのビルは、既に割と瀟洒なオフィスビルに内装が改められ、きみのフラットがあったはずの三階の一角は、洋酒を輸入する商社がこぢんまりとした事務所を構えていた。
きみがもう住んでいるはずもないのを知りながら、もしかしたら…という妄想が頭の中を漂う。
*
ふと立ち止まった大岡川にかかる小さな橋の上で耳をすますと、桜木町の駅も近く、辺りの騒音が川筋に反響している。
あの日、きみは世界のどこかにいて、ぼくのことなどとっくに忘れてしまっていたかもしれない。
振返れば、港湾事務所の屋上に掲げられた大きな電光掲示板に『F』のサイン —— 港湾内異常なく、船舶は随時入出港されたし。
行き先も定まらないぼくの気持ちだけが、人気のない岸壁にいつまでも舫われたままの小船のように思えたのは、潮風の薫る港近く、夏の陽射しが急に気になり始めた、ある昼下がりのことであった。