文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

ニャロメの道義的生き様を最高レベルで描出した「ニャロメの怒りとド根性」

2020-08-01 04:51:42 | 第4章

リニューアル版ニャロメの登板は、巧緻を尽くしたドラマトゥルギーを開陳しつつも、未だもって地味で、前近代的なイメージを払拭出来ずにいた作品世界に、かつてないアグレッシブ且つアッパーなグルーヴを弾き出し、これまで『ア太郎』がブレイクを果たせず、燻っていたフラストレーションを一気に爆発させるかのような燦然たる光輝を与えた。

篤実なる人間性を持ち、本来なら正義寄りである筈のア太郎やデコッ八にさえ、心なきいたぶりを受ける苦い疎外感や、人間に憧憬を抱き、人間の女性に恋愛のターゲットを絞るものの、所詮野良猫が相手にされるわけがないという属性上の悲劇が、現実的に横たわっているにも拘わらず、野にあって闘うニャロメのその硬骨漢ぶりは、登場を追うごとに堂に入った態様を浮かび上がらすようになった。

そうしたニャロメの捨て身の精神と高潔なる魂が、最も顕著なかたちで表出されたのが、「ニャロメの怒りとド根性」(「週刊少年サンデー」70年3号)である。

今日もえげつない悪戯で、目ん玉つながりを激怒させ、ご満悦のニャロメは、帰途に就く道中、街の名士として知られるPTAの会長が、子供を轢き逃げした光景に出くわす。

口封じのため、PTAの会長から、大金を掴まされるニャロメであったが、元来の曲がったことが大嫌いな性格から、先程の一部始終を目ん玉つながりに報告する。

だが、日頃のニャロメの度を超えた悪戯を腹立たしく思っている目ん玉つながりは、その告発を全く信じようとはしない。

それは、普段ニャロメと反目し合う間柄である目ん玉つながりのみならず、ア太郎やデコッ八、ココロのボスからも、その訴えに耳を傾けてもらえず、冷淡な態度を取られる有り様だった。

自身の言葉をみんなに納得してもらいたいニャロメは、愚直にも絶食というかたちでハンガーストライキを敢行するが、ココロのボスが持て成すすき焼きの誘惑に負け、あっさり挫折してしまう。

轢き逃げの被害にあった男の子にさえ、事の真相を信じてもらえなかったニャロメは、遂には意を決し、PTAの会長に出会う都度、「ひきニャゲ‼ ひきニャゲ‼」と声が枯れるまで叫び続ける。

どんな苦境に晒されても、真実を貫く魂が、結果的に如何程の力を持ち得るのか、決死の覚悟で孤軍奮闘するニャロメの姿を見たデコッ八が、「ハッ!」と何かに気付いたかのような表情のアップで突然締めくくられるラストシーンに、その答えが集約されているように思えてならない。

ドラマ構成において、従来の規範が持つ定法に信を置き、即物的な解釈に慣らされた読者の中には、あまりにも唐突過ぎる幕切れがしっくりこないと、この挿話そのものを非として認めないと訴える向きもあった。

だが私は、デコッ八が無言の中で、その真実を胸に刻み付けたであろう瞬間を切り取ったこの最後の場面に、意識の内面を鋭く掘り下げた赤塚独特の表現力の深さを改めて感じ、個人的には、本エピソードこそ、膨大にある赤塚作品の中でも、そのキャラクターが具有する道義的生き様が、最も充実したレベルで描き出された傑作であると、未だ強く心にフックしている。