独裁少女サヨ子ちゃん
議案5 『能力か忠誠か』
「加戸尾。 ケータイならいいかげん私と同じハンドトーキーにすればいいのに何で今でも旧式の4Gスマホにしてるの? お金ならありそうなのに」
「…市長。 自分これでも結構現代化させましたが。 何せ去年までは4Gスマホどころかガラケ使っていたくらいですから。 折り畳みのガラケはとにかく凄い使い易かったですね~。 ♪」
「全くッ! でも、法務省入るお受験の一昨年は外して去年に持ってくる辺りは抜かりないわね。♪ 突然の不具合で悲劇なんて絶対起こるし」
「いかにも! 操作法に慣熟してなくて電源入れっ放しのままで試験中面接中ピリピリ鳴られてゲームオーバーはゴメンです」
「本当に、加戸尾君は加戸尾君らしいから…」
初出の単語だし説明しておこう。
「ハンドトーキー」
とは従来の一連のスマホ群に代わって登場した脳波操作を可能にした中国メーカー製の第7世代携帯電話の商品名でその圧倒的シェア故に半ば一般名詞化した呼称だ。
中国製なのに何故第二次大戦時ベストセラーとなったアメリカの小型無線機の愛称を冠したのかその背景は不明だ。 多少重くかさばるがそれを補い余りあるだけの良い働きをする。
こいつには非常に便利な、一方一部の人達には逆に非常に有り難くない機能が備わっていた。
思想調査ができるのだ。
一昔前のポンコツ未来予測みたいに下品な事を考えるとそれが音声や画像に出てしまう欠陥とか単純な性質上の問題ではない。 そこは「実行」と明確に考えないとされない安全装置がある。
各機種により多少差はあるが生産国の中国や大市場のアメリカにとって好ましくない思想を抱く人物の脳波だと起動しないのだ。
具体的に言ってしまうと日本人の場合反中派、強硬な改憲派、日本への愛情が過剰な人物の脳波だと起動しない。
「起動させてみなさいよ。 私の脳波コード一旦オフにして、と。 これもいい実験よ。 ♪」
「市長も厳しくていらっしゃる。 やってみます。 …って起動しました」
「流石ね。♪ それ終わったら、じゃあ 『院長回診』 行くわよ♪」
「院長回診…って、ああ、市長の 『大名行列』 ですね。 あのおぞましさ最優先の」
私は加戸尾と複数の政治任命の幹部、和彫や頬傷のSPを従え抜き打ちの庁内査閲に向かった。
某課で卓上を極めて清潔に整理整頓した若手の女性職員を見て自然にこう言ってみた。
「漢字度忘れしてしまったからスマホ貸して下さる? ガイジンはこれだからいけないわ ♪」
我ながら何と嫌味で当て付けな物の言い方なのか。 借りると予め想定した文字列を打った。
「た、ぶ、ん、か、き、ょ、う、せ、い。 変換。 じ、ょ、せ、ん。 変換。 ふぅ… ありがとう」
その女性職員は、翌日以降姿を見せる事は無かった。
次に向かったのは、極めて愚鈍そうな新人の男性職員。 書類を検査すればパソコン打ちの書類は誤字脱字と送り仮名の間違いのオンパレード、手書きの所は漢字のトメハネがやはり同様間違いだらけ。 末期症状の先の最終局面の状態だった。 私はそいつのいかにも知性に欠けた顔を見据え以下こう言った。
「いいこと? 初めての昇任試験は全力で当たるのよ。 貴方の上司達には私から命じて試験本番前には代休、休暇を最優先で使わせるように伝えておくわ」
「ももももも勿体無い御言葉を!! あぁああああぁありがとうございまっす!! うぇ~~ん!!」
知性の欠片も感じられない、しかし脅威とはなり得ない愚鈍な男は嬉しさでその場で泣き崩れた。
「加戸尾。 とにかく能力には欠けるけど忠誠心は篤いのとその逆はどちらを部下に使って?」
「能力も忠誠心もあるという選択肢は無しで、必ず市長のお示しになった中からで、ですか?」
「そうよ」
「どちらかというと前者ですね。 能力の無さは努力と学習と上司の力量で何とかなりますが、忠誠はどうにも御し難い部分があります」
「まあまあの答だけど…」
「やはり、市長のお考えだとこれでは及第点は与えられないと?」
「ま、その答でも及第点には一応達しているから安心して。 満点とは言えないけどね」
「院長回診」 を終え市長室に戻った私はちょっと休憩、とTVの電源を入れた。
「…社報道総局長だったタルエル容疑者を乗せたプライベートジェットはドイツとスイスの国境近くのアルプス山脈の山の尾根に墜落しましたが、遺体とブラックボックスの回収は未だに難航しており現地警察と消防は…」
「全く、嫌な時代だこと」
議案5 『能力か忠誠か』 完
次回予告
無能で厄介な奴は徹底してしばいて潰してやればいいから実はそれほど厄介じゃないのよ。
有能で厄介な手合いが実は一番嫌なの。一旦敵に回すと被害が大き過ぎるわけ。
一度も人の上に立った事が無い一生下っ端生活の莫迦にはこの苦労は解からないだろうけど一応言っておくわ。 全く不愉快極まりない!
次回 議案6 『厄介な部下』
厄介な物を、抱え込んでしまった。
From now I want to leave it to Judgement of future historians.
真実を直視せよ。
©小林 拓己/伊澤 忍 2679
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