今年4歳になる娘に、最近ピアノを買い与えた。
私の娘は先天性の聾唖だ。耳が聞こえない。私は愚かで身勝手な親父だろうか。
健聴者でしかも東大、早慶級の優秀な学生でも就活百数十社も廻って内定が得られないもは
や不況を通り越した国力の衰退。障害があってそれで自立して生きていくには手に職を付け
他に無い技能を前面に押し出すしかないのが実情だ。それも9割以上は失敗する。
娘はまだ何も知らず、子供部屋に「でん」と置かれたピアノを嬉々としていじくっている。
これから、親として心を鬼にして娘をこの世の生き地獄に叩き込むことになる。
娘のピアノの先生には超スパルタ教育で有名な、FMJのハートマン軍曹も裸足で逃げ出す
日本の音楽界一の烈女を当てることが、聾唖の彼女の両親祖父母の間で決定している。
私は、真っ先に賛成票を投じた。その先生…。その先生に教わって国際的なコンクールで幾
度も入賞し名門に推薦入学、更にはN響等でプロになった幸運な生徒さんも多いが、その
5倍か10倍くらいの人数スパルタ方式、というよりは「魂の殺人」とも言える「気合入れ」
で平均以上の能力を持った健聴児ですら
「傷痍軍人」
になっているのだ。一度事前にそのお宅で、「その後」を見たらあまりの厳しさでPTSDを
発症し「赤ちゃん帰り」し11歳になってもオムツが外せなくなった男子児童がいた。
何せ、うっかりTVでピアノの曲が流れようものなら、引き付けを起こし泡を吹いて卒倒して
しまうのだ。家族にとっての「戦後」も悲惨極まりない。
それでも私はこの烈女に娘の未来を預けないといけない。
「死中に活を求める」
などという昔ながらの大人の身勝手さを4歳の娘に押し付けた。
これを読んだ人たちは、私をこの世で一番最悪の親父と罵って欲しい。
[平成二十二年 四月一日]