機動戦士ガンダム0079 ジオン第八連隊記 復興(あす)への彷徨
報告書7 『生かせ、いのち』
「だからぁ~~、民間人達相手に法話する時だけは上等兵じゃなくて将校になってくれって言ってるだろぉ~~~。なッ、俺の大尉のマント貸してやるからよォ~~」
「中隊長。私は現実に上等兵です。軍法に反して進級はできません。第一壇上で威厳ある将校だったのが後になって街で見かけたらただの列兵だったのでは詐欺だと怒られますよ」
「ってゆーかよぉ~オメェ~、特殊部隊員とかだって作戦時には実際よりも上位の階級章着用する場合があるって教程にも書いてあるだろう~~」
「…私は特殊部隊員といった優秀な部類の軍人とは無縁です。それでは!」
「全く…あの馬鹿め抗命罪だぞ。先任、どうにかできんもんかな」
「中隊長。奴の勝手にさせておいて構いませんよ。あいつルウムでバーベキューにされて進級も一切禁止されたのを今でも根に持って当て付けでやってるんですよ。いずれフォーマルな処罰喰らわせてやれば良いんですし」
中隊長と係長のそんなコレ聞こえよがしな嫌味を背にしながら俺は法話の会場へと急いだ。
日にちは少々前後するが俺は民生協力の一環として災害派遣の作業とは別に被災者向けに何度か法話の実施を命じられこの時も敢えて仕事としてはなく私的に代休扱いにして(やっぱり係長の言う通り『当て付け』だわな)それに行った。
都バスを数系統乗り継ぎ会場の体育館まで行く訳だが復興、再生の進んでいく街を車窓から眺めるだけでも心が休まる。 ん、この時は乗車してすぐだった。
「兵隊さん、どうかお座りになって下さい。ウチも主人が軍人だった頃戦傷で下半身不随になってそれから食事や手洗の世話が大変でとても苦労して、主人はもう亡くなりましたが今でも…」
「…『お姉さん』。私は傷痍軍人ではなく健常者です。なのでお姉さんからお席を譲ってもらう訳にはいきません」
「おや、これはとんだ失礼を!」
実はビルマ戦線からヤープトに移動してきてからこういった事が何度かあった。お年寄りから電車やバスの座席を譲られるのだ。しかも口を揃えて傷痍軍人の俺をいたわりたいと有難い言葉をかけてくれる。その度に自分は健常者だからと説明するのだが、もしかして俺は嘘をついているんだろうか。そんなハズは無いよな…。
今回俺の法話を聴きにきてくれるのは遺伝性や先天性でなく、震災で重度の後遺症、障害を負う事となった「新規」の身体障害者の人たち。法話やる僧侶の人選は連隊や都も考えてるんだろうがそれでも気が重くなる仕事だ。
そんなこんなで会場体育館舞台の演壇に登壇し法話の始まり始まりである。
「私は只の身障だからあまり偉そうな事は云えないんですけどね」
「お師匠さん。ここにいるのは全員シンショーだぜ!」
相手の懐深くまで入り込んでガッチリ民心を掴むのと空気を読めず軽口叩いて離反させるのとは正しく紙一重の差だ。俺の法話ごっこ?は将官だの佐官だのVIPの演説とかじゃないから責任なんぞ知るか!でまだ自由が利くがそれでも神経を使う。俺はちゃんと考えているぞ。
暖房の無い体育館だから自己満足で意味も無く長々と打つのは禁物だ。特に冷えて近くなる便所の都合を考えれば切りの良い所で終わりにする。
「和尚さん。本当にいいお話だったよ。来て良かった」
帰路、さっきの観衆の一人から声を掛けられてみれば何とも妖艶な美しさを見せる女。障害を負った家族がいてその介助に付き添って来たのだろうか。 …と、よく見たら片足が無い。「ご新規さん」だ。
「私…さ、舞妓になる為に何年も頑張って修行してたんだ。でも地震で死ねもせずにこうなっちゃって何も残んなくなっちゃった。早く死ねないかなぁ、ってね」
「……」
「ジオン軍で重度の負傷した兵隊さんが尊厳死する場合とか楽に死ねる特別の薬とか無いかなー。あったら私の内臓とか皮膚とか使える部品みんな提供するからそれと引き換えで欲しいよ。駄目なら穴に生き埋めか断食自殺か即身仏でもいいからそのお作法伝授してもらいたいな。この先残りの人生生きてて…ぶぉぇ!」
「このクソ女!!そんなに死にたきゃ俺が今この場で殺してやる!でもゼッテー楽に死なせるか!思いっきり苦しめて息の根止めてブチ殺してやる!!」
「あがっぐびばぼべぼごえーっっ、だべかどべろーー!!」
「和尚、気持ちは解るが止めるんだ!彼女がそう考えても仕方無いんだ!」
「止めるな畜生メ糞ぉーー!!」
俺は地球に降りてこのかた、ビルマ戦線で連邦兵を白兵戦で絞め殺した時以来の憎悪と渾身の力を込めて自殺願望旺盛なバカ女をブチ殺しにかかったが周囲に止められた。
「ぐえっ、ぐぼっ、げげげえ~~っ。畜生ォー!南極条約違反で告発してやるーー!!」
「ああ、告発でも復讐でも何でもしてくれりゃいい。ただしコレを見てからだ」
俺は女の前で上衣の袖とズボンの裾を捲り上げてルウムで「坊主のバーベキュー」になった時のクソほどの値打ちも無い勲章、重度の醜いケロイドの火傷跡を披露してやった。
「…うえっ、ぶええっ!ぶうおえええぇえ~~~~!ぅぅうおええぇ~~~!」
「何も、見るなり吐く事ぁねーだろ」
「解ったよ…自殺とか以前に私より苦労していても生きてるのもいるって意味だろ」
「何も解っちゃいねーな。手が何だ。足がどうした。目が何だってんだ。義手義足白杖で代用が効く!ダメになった人生の代用品は無えんだ。 そうだオメー、病院の患者データは持ってるか?」
「あ、ああ。ケンジョーだった頃かかってた病院の都共通の奴が確かあるよ」
「上出来だ。ウチの衛生科から医師会に連絡して身体歴取り寄せりゃ俺の造ったぴったりの義足が出来るぜ。歩兵やるのは無理だが舞妓の仕事くらいなら余裕でやれるいいのを造ってやる」
「本当かい!?坊主と役人お得意の放便と不渡り手形じゃなくて!?」
「本当だとも。ジオン脅威のメカニズムでな。現にズムシティの首都防空大隊には義手や義足のMSパイロットだっているんだぞ」
仕事が増えた。成り行きで自殺を思いとどまらせたバカ女の義足を自作するために翌日以降俺は衛生科や都医師会と調整に当たり平日の課業終了後と休日は航空軍のカ・ンサイ基地の修理中隊と車器中隊に通い詰めて工作機械相手に本職の義肢装具士よろしく製作作業に精を出した。
「最近よく来ていつも帰隊時刻ギリギリまで粘ってるあの地上兵は一体何者だ」
「何か精密な奴を造ってるみたいですが、どうも縁起の良くない品物ですよ。何でも義足だとか」
「そうか…作業中はゴーグルと安全手袋はさせろよ」
報告書7 『生かせ、いのち』 完
次回予告
粋と野暮の間には通訳が要る。いつもそれを感じるさ。言葉なんては重ねれば重ねるほど嘘っぽくなるもんだがやっぱ会話でコミュニケーションは取れるようにしたいよ。しかし容赦の無い厳しい「粋」「いなせ」はそれも敢然と拒否する。俺はなれそうもないが、こんな親父がほしかった。
次回 報告書8 『親父と、プチ四駆』
本当の優しさとは、厳しさがあって初めて生まれる。
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671
報告書7 『生かせ、いのち』
「だからぁ~~、民間人達相手に法話する時だけは上等兵じゃなくて将校になってくれって言ってるだろぉ~~~。なッ、俺の大尉のマント貸してやるからよォ~~」
「中隊長。私は現実に上等兵です。軍法に反して進級はできません。第一壇上で威厳ある将校だったのが後になって街で見かけたらただの列兵だったのでは詐欺だと怒られますよ」
「ってゆーかよぉ~オメェ~、特殊部隊員とかだって作戦時には実際よりも上位の階級章着用する場合があるって教程にも書いてあるだろう~~」
「…私は特殊部隊員といった優秀な部類の軍人とは無縁です。それでは!」
「全く…あの馬鹿め抗命罪だぞ。先任、どうにかできんもんかな」
「中隊長。奴の勝手にさせておいて構いませんよ。あいつルウムでバーベキューにされて進級も一切禁止されたのを今でも根に持って当て付けでやってるんですよ。いずれフォーマルな処罰喰らわせてやれば良いんですし」
中隊長と係長のそんなコレ聞こえよがしな嫌味を背にしながら俺は法話の会場へと急いだ。
日にちは少々前後するが俺は民生協力の一環として災害派遣の作業とは別に被災者向けに何度か法話の実施を命じられこの時も敢えて仕事としてはなく私的に代休扱いにして(やっぱり係長の言う通り『当て付け』だわな)それに行った。
都バスを数系統乗り継ぎ会場の体育館まで行く訳だが復興、再生の進んでいく街を車窓から眺めるだけでも心が休まる。 ん、この時は乗車してすぐだった。
「兵隊さん、どうかお座りになって下さい。ウチも主人が軍人だった頃戦傷で下半身不随になってそれから食事や手洗の世話が大変でとても苦労して、主人はもう亡くなりましたが今でも…」
「…『お姉さん』。私は傷痍軍人ではなく健常者です。なのでお姉さんからお席を譲ってもらう訳にはいきません」
「おや、これはとんだ失礼を!」
実はビルマ戦線からヤープトに移動してきてからこういった事が何度かあった。お年寄りから電車やバスの座席を譲られるのだ。しかも口を揃えて傷痍軍人の俺をいたわりたいと有難い言葉をかけてくれる。その度に自分は健常者だからと説明するのだが、もしかして俺は嘘をついているんだろうか。そんなハズは無いよな…。
今回俺の法話を聴きにきてくれるのは遺伝性や先天性でなく、震災で重度の後遺症、障害を負う事となった「新規」の身体障害者の人たち。法話やる僧侶の人選は連隊や都も考えてるんだろうがそれでも気が重くなる仕事だ。
そんなこんなで会場体育館舞台の演壇に登壇し法話の始まり始まりである。
「私は只の身障だからあまり偉そうな事は云えないんですけどね」
「お師匠さん。ここにいるのは全員シンショーだぜ!」
相手の懐深くまで入り込んでガッチリ民心を掴むのと空気を読めず軽口叩いて離反させるのとは正しく紙一重の差だ。俺の法話ごっこ?は将官だの佐官だのVIPの演説とかじゃないから責任なんぞ知るか!でまだ自由が利くがそれでも神経を使う。俺はちゃんと考えているぞ。
暖房の無い体育館だから自己満足で意味も無く長々と打つのは禁物だ。特に冷えて近くなる便所の都合を考えれば切りの良い所で終わりにする。
「和尚さん。本当にいいお話だったよ。来て良かった」
帰路、さっきの観衆の一人から声を掛けられてみれば何とも妖艶な美しさを見せる女。障害を負った家族がいてその介助に付き添って来たのだろうか。 …と、よく見たら片足が無い。「ご新規さん」だ。
「私…さ、舞妓になる為に何年も頑張って修行してたんだ。でも地震で死ねもせずにこうなっちゃって何も残んなくなっちゃった。早く死ねないかなぁ、ってね」
「……」
「ジオン軍で重度の負傷した兵隊さんが尊厳死する場合とか楽に死ねる特別の薬とか無いかなー。あったら私の内臓とか皮膚とか使える部品みんな提供するからそれと引き換えで欲しいよ。駄目なら穴に生き埋めか断食自殺か即身仏でもいいからそのお作法伝授してもらいたいな。この先残りの人生生きてて…ぶぉぇ!」
「このクソ女!!そんなに死にたきゃ俺が今この場で殺してやる!でもゼッテー楽に死なせるか!思いっきり苦しめて息の根止めてブチ殺してやる!!」
「あがっぐびばぼべぼごえーっっ、だべかどべろーー!!」
「和尚、気持ちは解るが止めるんだ!彼女がそう考えても仕方無いんだ!」
「止めるな畜生メ糞ぉーー!!」
俺は地球に降りてこのかた、ビルマ戦線で連邦兵を白兵戦で絞め殺した時以来の憎悪と渾身の力を込めて自殺願望旺盛なバカ女をブチ殺しにかかったが周囲に止められた。
「ぐえっ、ぐぼっ、げげげえ~~っ。畜生ォー!南極条約違反で告発してやるーー!!」
「ああ、告発でも復讐でも何でもしてくれりゃいい。ただしコレを見てからだ」
俺は女の前で上衣の袖とズボンの裾を捲り上げてルウムで「坊主のバーベキュー」になった時のクソほどの値打ちも無い勲章、重度の醜いケロイドの火傷跡を披露してやった。
「…うえっ、ぶええっ!ぶうおえええぇえ~~~~!ぅぅうおええぇ~~~!」
「何も、見るなり吐く事ぁねーだろ」
「解ったよ…自殺とか以前に私より苦労していても生きてるのもいるって意味だろ」
「何も解っちゃいねーな。手が何だ。足がどうした。目が何だってんだ。義手義足白杖で代用が効く!ダメになった人生の代用品は無えんだ。 そうだオメー、病院の患者データは持ってるか?」
「あ、ああ。ケンジョーだった頃かかってた病院の都共通の奴が確かあるよ」
「上出来だ。ウチの衛生科から医師会に連絡して身体歴取り寄せりゃ俺の造ったぴったりの義足が出来るぜ。歩兵やるのは無理だが舞妓の仕事くらいなら余裕でやれるいいのを造ってやる」
「本当かい!?坊主と役人お得意の放便と不渡り手形じゃなくて!?」
「本当だとも。ジオン脅威のメカニズムでな。現にズムシティの首都防空大隊には義手や義足のMSパイロットだっているんだぞ」
仕事が増えた。成り行きで自殺を思いとどまらせたバカ女の義足を自作するために翌日以降俺は衛生科や都医師会と調整に当たり平日の課業終了後と休日は航空軍のカ・ンサイ基地の修理中隊と車器中隊に通い詰めて工作機械相手に本職の義肢装具士よろしく製作作業に精を出した。
「最近よく来ていつも帰隊時刻ギリギリまで粘ってるあの地上兵は一体何者だ」
「何か精密な奴を造ってるみたいですが、どうも縁起の良くない品物ですよ。何でも義足だとか」
「そうか…作業中はゴーグルと安全手袋はさせろよ」
報告書7 『生かせ、いのち』 完
次回予告
粋と野暮の間には通訳が要る。いつもそれを感じるさ。言葉なんては重ねれば重ねるほど嘘っぽくなるもんだがやっぱ会話でコミュニケーションは取れるようにしたいよ。しかし容赦の無い厳しい「粋」「いなせ」はそれも敢然と拒否する。俺はなれそうもないが、こんな親父がほしかった。
次回 報告書8 『親父と、プチ四駆』
本当の優しさとは、厳しさがあって初めて生まれる。
(C) 伊澤屋/伊澤 忍 2671