SSSB 新前橋町壮年ソフトボール

最近は4代目管理人が好き勝手に野球やメジャーのことも書いています。

背番号12といえば

2021年01月16日 | 背番号の話
新型コロナウイルスが猛威を振るい、2021年のシーズン開催も見通しが立たない中、
春に向けて何とかブログのネタを絞り出さないといけません。

個人的にも年末に祖母が亡くなったり、年始から腰の状態が悪く仕事も休み休みで、
それにつられてブログの筆も止まっておりました。
ようやく担当医から「順調に回復してきている」と良い診断の声が。
なので、ようやくバットを握って振り初め。左で7回、右で7回、もう一度左で7回。
2021年にちなんで、21回の振り初めです。シーズン開幕しますように。

ネタもないので、背番号の話とかどうでしょうか?

第1回は背番号「12」です。

投手、捕手、野手のイメージが一定しない番号で「異質な存在」とも言われています。
往年の名選手でいうと、V9の切り込み隊長・柴田勲でしょうか。
“赤い手袋”で塁間を駆け回った柴田は甲子園夏春連覇を達成した投手としてプロ入り。
背番号も投手ナンバーの印象が強い「12」に。しかし、1年目の秋に野手転向。
プロ野球初のスイッチヒッターとなった柴田は通算6度の盗塁王と2000本安打を達成。

柴田は「12」としては盗塁王3度に対して、南海・広瀬叔功は5度の盗塁王に輝く。
通算盗塁では596盗塁の広瀬が2位、579盗塁の柴田は3位。
広瀬の盗塁成功率.829は通算300盗塁以上の選手ではトップ。

58年から2年連続で盗塁王になった中日の岡嶋博治も「12」。
岡嶋との“盗塁王トレード”で中日へ加入した河野旭輝が「12」を継承、
62年に自身5年ぶり、プロ野球で唯一の両リーグ盗塁王。
なお、パ・リーグ盗塁王は広瀬で、両リーグとも盗塁王が「12」というシーズン。

近年では背番号「12」を2007年から背負ったのが鈴木尚広。
主に代走として起用され、終盤の勝負所で盗塁を決める姿が印象的な選手であり、
盗塁成功率は驚異の82.9%(228盗塁47盗塁刺)を誇っている。

また、捕手のイメージも強く、創設期の阪神を支えた“カイザー”田中義雄。
“ささやき戦術”の元祖で、阪急や西鉄で「12」を着けた日比野武、
西鉄で日比野の「12」を継承し稲尾和久とバッテリーを組んだ和田博実、
ロッテで村田兆治の“愛妻”として活躍し、ともに引退した袴田英利。
現役ではソフトバンクの髙谷裕亮と阪神の坂本誠志郎の2名が背負う。

そして、10番台は投手のイメージどおり、現役でも8名が投手で多数派。
ロッテ-大洋で17年間「12」を着け166勝を残したサブマリン・坂井勝二は
1967年に10日間で2度もノーヒットノーランを逃す悲運。
一方、来日1年目の西武・郭泰源は背番号「12」で日本ハムを相手にノーヒットノーランを達成。
その5日後にノーヒットノーランでチームの名誉挽回を果たしたのが日本ハムの田中幸雄も「12」。

2008年から5シーズン、背番号「12」を背負い、ヤクルトの守護神として君臨した・林昌勇。
第1回WBC決勝戦でイチローが決勝タイムリーを放った相手投手が韓国代表の背番号「12」林昌勇。

また、MLBではドミニカのカープアカデミー出身であるアルフォンソ・ソリアーノが、
広島からニューヨーク・ヤンキースに移籍し背番号「12」を着用。
2002年にトリプルスリー(3割30本30盗塁)を達成のほか、2006年には史上4人目の40本塁打40盗塁を達成。
ドミニカ代表でも「12」を背負った。

現役の投手ではロッテ・石川歩、広島・九里亜蓮、中日・田島慎二、ヤクルト・石山泰稚らが主戦力。
われらがSSSBの背番号「12」は、泣く子も黙る“レジェンド”まめさんです。
2021年も、令和も快速球をビシビシお願いします。

参考記事
週刊ベースボール【背番号物語2019】

【SPAIA】「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」
コメント (1)
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