kirikouの夏休み初日から、母の「お出かけモード」に突入してしまいましたので
夢のような一週間が行き過ぎて…
まるで「浦島太郎になって、帰ってきたような」心もちで、PCに向かっています。
私も今朝は、できればノンビリとすごしたいと思いつつも
ホントウにひさしぶりに「kirikouと二人きり」の時間を迎えて
いやぁ~、顔を合わせるとア~ダコ~ダと途端にウルサクなりますし
それでなくても、暑くって大変ですから
できるだけ、無駄な接触を避けつつ
「夏休みの通常モード」の過ごし方と
「適度な親子の距離感を模索中」というところでしょうか?
『親と子の間で距離感がいるなんて~?一体全体、どういうこっちゃ~!』というような
お叱りの声もあるかとは存じますが…
子どもとしての私自身のささやかな経験と、
kirikouとの10年ほどの付き合いと成長に伴う変化を重ねる中で
導き出されてきた、ひとつの視点なのかもしれません。
自分自身の親子関係を振り返りだしたら…
もうかれこれ50年の歴史をひも解くことになりますので、
とりあえずそちらは置いておくとして
kirikouも、ちょうど10歳と9ヶ月。
ある意味での、ひとつの変わり目の時期を迎えつつあるところでしょうか?
親子のようでありながら、傍から観ると「まるで姉弟ゲンカをしているような…」
それが「一人っ子」の特徴なのかもしれませんし
どこかしら「似たもの親子」のせいなのでしょうか?
その関係に着目すると…
どちらかの変化に伴って、当然その関係性は変化しますし
どちらかの変化に伴って、もう一方の変化が伴えば、またさらにその関係性は変化します。
ということで、親子関係ひとつとっても
いつも安定な一定の状態でいることは、ありえようもなく…
どこか、ギクシャクしたりすれ違ったりを繰り返しながらも
シーソーのバランスをとるように、お互いに(意識をするしないに拘わらず)工夫をしつつ
ア~ダコ~ダを繰り返すなかで、それぞれのベクトルの合わさった
それなりに安定的な方向へと進んでいくものなのでしょうか?
親子と夫婦…そして、そのそれぞれの親・きょうだい…とつながっていき
さらに、身近な友人や知人や隣人…
そして、その範囲を広げていけば、地球上の果てまでも限りがなくなって
ほんとうに、たくさんの方々との関係性の中に
「いまの自分が生きている」ということを、なにやらしみじみと想いました。
とはいえ、実際にお目にかかってお話を伺ったり
言葉を交わしたりすることができる方というと…
一人の人生の中では、いったい如何ばかりになるのでしょうか?
そんな、大切な貴重な出会いに恵まれて
心よりの感謝の気持が湧いてまいります。
さて、先日参加してまいりました「自閉症協会 全国大会inくまもと」では
かねてより、ブログを通じてお話させていただいたり
いろいろと教えていただいていたオニオンさまと虎右衛門 さまにお目にかかって
直接お話をすることができて、ほんとうに嬉しゅうございました!!
想像していたとおりの、いえそれ以上に素敵で
お優しくって、とっても頼りがいのある大先輩でいらっしゃいました!!
また、いつかきっとお目にかかってお話をさせていただく機会のありますことを
心より、待ち望んでおります。
その全国大会は、流石「自閉症協会」という素晴らしいもので
組織力も親御さんたちのパワーも圧倒的だなぁ…という印象を持ちました。
初日の大会記念講演は、ドナルドマイヤー氏による「「きょうだいの思いと支援」
講師のマイヤー氏は(以下引用)米国きょうだい支援プロジェクトディレクター。障害児・病児のきょうだいのためのプログラムである 「Sib shops シブショップ」を作ったことで、最も知られる。また、マイヤー氏はワシントン大学の拡大家族支援プロジェクト(障害児・病児の父親、きょうだい、祖父母のための先駆的サービス)の創設者でもある。(引用ここまで)
実は、始めたばかりの「はじめのい~っぽ!」でも
きょうだいのこと、ご家族のこと=母親はモチロン、特に父親、
さらにおじいちゃんおばあちゃんのことが話題になっていましたので
プロフィールにもあるように、きょうだいや家族、祖父母のための支援プログラムを
すでに実施なさっているというお話を伺って、そのような支援の重要性を強く感じました。
(ご参考までに、現在は鳥取大学にいらっしゃる井上雅彦先生のHPに
「発達障害児のきょうだいの心理と その心理的支援プログラムについて」の
ご紹介がありました。)
(2日目の大会終了後、以前にチラシを見たことのあった)
横浜でのきょうだい児支援をなさっている方ともお目にかかって
少しだけ、お話をさせていただいて
今後とも、いろいろなことを教えていただけますように、お願いいたしました。
さて、熊本城のすぐ近くの会場で記念講演が終わって…交流会まで少し時間がありましたし
陽射しも高くって、まだかなり暑いので、熊本城に行くのは後にして…
いったんホテルに帰って、一休みしてから
ゆっくりと市電に乗って、また熊本城前の電停まで行きました。
6時を少し過ぎても、辺りはまだ明るくって
「日本列島の西の方に来ているんだなぁ~!」なんてつぶやきつつ
加藤清正公の銅像を眺めながらお城のほうに向かうと、門が閉まっています。(はぜ方門とのこと)
7月19日からは夜間も開放しているようですが、それは別の門らしく
時間もないので、戻っていくと
お堀のような川沿いの芝生辺りに子どもや浴衣姿の方がいらっしゃいます。
伺うと「くまもとお城まつりの走馬灯点灯式」が開かれるとのこと。
「向こうのホテルまで行きたいんですけれど」と聞いてみると
「今のうちなら、通り抜けられますよ。」とのこと。
灯篭(?)が並んでいる先で
お揃いの赤いポロシャツを着た方々が、マイクやイスなどを準備していました。
ついつい、いつものクセで「催しがあるんですね~!」なんてお声をかけると
顔役らしき方が、「ドチラからいらしんたんですか?」と
親しげにお話をしてくださいました。
熊本城の守りが堅固なこと、清正公が優秀な武将としてだけではなく
治水や農業政策にも力を発揮して、領民からとても慕われていたこと
熊本は、阿蘇山系からの豊富な地下水によって、とても水が豊な土地柄であること
清正公から細川のお殿様に代わって、また文化的な意味で発展したことなど
いろいろなことを教えていただきました。
そして、坪井川沿いの長塀の続く緑の芝生の上を、心地よい川風に吹かれながら
ホテルの方へ、ゆっくりと歩いて行きました。
先ほどお話いたしましたように、熊本まで来るきっかけになったオニオン様とも
会場の受付で無事にお目にかかれました!
交流会では、熊本県の療育関係の方々ともお話をさせていただいたり
お名前は伺いませんでしたが、電停の場所を教えていただいた80歳前後のご夫婦の方とも再会して
福岡からいらしていることなど、お話を伺いました。
それから、オニオン様にくっついていって、
マイヤー氏にも「小さいですが、ピアサポートグループを開いています。」と
日本語で申し上げて、通訳をしていただきました。
大きくってニコニコとしていらして、とっても優しいあたたかな印象の方でした。
二日目は、(先に熊本駅に寄って、荷物をロッカーに置いてから)
市電で、会場に向かいました。(以下引用)
分科会1「自閉症を取り巻く人々への支援」
座長: 市川 宏伸 (東京都梅ヶ丘病院院長)
きょうだいへの支援: 川谷 正男 (小児科医)
保護者への支援: 宮内 賀永子 (京都市発達相談員)
保育・教育職への支援: 柘植 雅義 (兵庫教育大教授)
施設職員への支援: 福岡 寿 (長野県北信圏域障害者生活支援センター所長)
医療職への支援: 市川 宏伸 (東京都梅ヶ丘病院院長)
分科会2 「新時代の啓発」
座長: 野沢 和弘 (毎日新聞社)
報道: 神戸 金史 (RKB毎日放送)
政治: 福島 豊 (衆議院議員)
法曹: 辻川 圭乃 (弁護士)
防災: 福田 和臣 (知的障害者更生施設 愛心園園長)
行政等: 野沢 和弘 (毎日新聞社) (引用ここまで)
皆さん、様々な形での自閉症児者との関わりと支援のご経験を豊富にお持ちの方々ばかりで
そのお話は、とても実際的で具体的な内容でほんとうに勉強になりました。
分科会1では、市川先生のお話をはじめて伺うことができましたし
地域での福祉ネットワークが活発に機能している長野県での
素晴らしい連携のお話が伺えました。
会場からの質問の際に、私も手を挙げて
(支援する人を支えることのひとつとして、
「当事者からの声や要望を届けることが大切である」というお話を受けて)
「教育現場や行政に対して、効果的なお願い(要望等を含めて)をするには、
どのようにしたらいいでしょうか?」とご質問いたしました。
柘植先生からは、A4一枚程度にお子さんの「実態・経過・ニーズ」について
なるべく一行程度にまとめて、文章にして持っていって
それを元に、客観的事実を示しながら整理して(学校長?コーディネーターの先生に)
お話をすると良い、と具体的なお答をいただきました。
また、日本では「まだ京都だけ」という(親の会会員が研修を受けて行っている)
相談システムを進めていらっしゃる京都市発達相談員の宮内 賀永子さんから
行政担当者の方とも、正式な交渉の場もモチロン大切ですが
人としての信頼関係や意気に感じてくださる…
というような良い意味での「仲良くなること」も大切なのでは…というアドヴァイスを頂きました。
(質問する際に星槎大学の名前を出したところ、
去年のスクーリングでご一緒した方からお声をかけていただきました!!)
午後は…まずは、おてもやん弁当を持って
「せっかく来たんだから、お城には行かなくちゃ~!」ということで
備前掘を右手に見ながら行幸坂を登って、頬当御門から城内に入りました。
宇土櫓の横の広場に座って、下から眺めるお城は…青空を背にして
ほんとうに勇壮で立派な構えをしていますね!
まずは、木陰のベンチに座って、お城を見ながらお弁当を頂きました。
それから、右手の「闇り通路(くらがりつうろ)」から入って
お城の正面のほうに回りますと、
左手には(西南戦争で攻められた時に焼けてしまった後から、芽吹いたという)
大銀杏が立っていて
その向こうに、ひときわ大きなお城がどっしりと聳え立っていました。
お城の中まで入る時間がなかったので、しばしその場に佇んでから
(お土産にお漬物を買って…)はぜ方門へ向かって石畳を下りていきました。
途中には、特産のアサガオの苗が栽培されていたり
備後椿(?)などの植物も植えてあるようでした。
そして、午後の分科会2では…
(私も以前、大学のスクーリングで観たことのある)
RKB毎日放送で放映されたドキュメンタリー
「うちの子~自閉症という障害を持って~」を製作なさった
神戸金史さんが新聞記者として、「記者の目」にお書きになった
「自閉症児の父として知ってほしい先天性障害」という記事も資料として頂きました。
今は、テレビの報道部デスクというお仕事をなさっていますが
家族が自閉症だから…ということに対しては、厳しく自己規制しながら
多くの方に「自閉症児者のことを如何に伝えるか」ということを、考えていらっしゃるそうです。
(分科会終了後に、ホールの外で神戸さんに
「マスメディアの力は、やはりとても大きいと思いますので
今後も、とても期待しております。」と、お話させていただきました。)
また新聞やテレビ局にお勤めのお二人からは、報道のウラ話も交えながら
ようやく最近になって、自閉症についての正確な理解が進みつつある現状について
また、マダマダ関心の不十分な点などについて、お話がありました。
発達障害者支援法の成立に関わっていらした福島議員のお話を伺うのは、2回目でしたが
やはり、国政の場で議論されることの意味を強く感じました。
弁護士さんの立場からの辻川さんのお話では
自閉症児者や発達障害を持つ人が、事件に巻き込まれたり被疑者になることもあるので、
警察や裁判官の方々にも理解研修等を進めていただけるように働きかけているとのお話がありました。
また福田さんからは
阪神淡路大震災の経験から、災害時の障害のある方々への支援を考えた際に
当事者の方の情報を、普段からきちんと把握して
それをできるだけ円滑に利用できる体制や
福祉避難所の整備を進めることの必要性を教えていただきました。
また、災害時の様々な対応について書かれた
「自閉症の人たちのための防災ハンドブックー支援をする方へー」を頂きました。
いろいろな場面で、きめ細かな支援をしていくことによって
障害のある方々が、少しでも暮らしやすい環境が整うことが望まれます。
(昨年の特別支援士養成セミナーでご一緒した方が
偶然に、前の席に座っていらして、ご挨拶をしました。)
そして…熊本で過ごした充実した2日間が終わって
スッカリ気に入ってしまった市電に乗って、熊本駅に向かいました。
切符も前もって買ってありましたし、
新八代駅でリレーつばめと連絡している「つばめ号」の時刻も調べてありましたので
比較的スムーズに鹿児島の川内駅に向かうことができました。
(ただし、リレーつばめに乗るまで「つばめ」というのが
九州新幹線だということに気づかなかったなんて!!
我ながら、まったくノンキなものデス!)
木を使った座席やソファーの生地の柄や材質など
車内の雰囲気が、どことなく日本風で落ち着いた感じでした。
そこで、「あ~、あれだ!」と思い出したのが…
実は以前、夫の知り合いの方から
水戸岡鋭治著『ぼくは「つばめ」のデザイナー九州新幹線800系誕生秘話』という本を頂いて
読んだことがあったんです。
列車のデザインのお仕事のおもしろさや、その方ご自身の小さい頃からのお話なども
とても興味深くって、特に鉄道好きの方にはオススメです!
それにしても、どうも新幹線に乗ると、こんなにもウキウキとしてしまうのは…
一体、なぜなんででしょう?
小さい頃に乗ったときの想い出が蘇ってくるからなのでしょうか…
田んぼや緑の山なみの広がる風景を眺めながら、あっという間に目的地に着いてしまいました。
気がつくと、ずいぶん長々と書いてしまいましたが
そんなこんなで、夫の叔母の住んでいる薩摩川内市に到着したところで
そろそろ、お話を終えようかと思いつつ
(どことなく、未練がましく)もう少し書いておきたいことといえば…
往きの飛行機が、富士山のほぼ真上を通る航路だったようで
火口付近の白いところも見えましたし
大きな川や濃い緑色のダム湖らしきものや、灰色に光った都市部の様子など
日本列島の中央部を真上から眺めることができました。
それから、機内にあった「翼の王国」という雑誌に
「東京読書引力散歩」やフェア島やシェットランド諸島を訪ねるお話や
(例の海鳥のパフィンのこともありましたっけ。)
福岡伸一さんの「アメリカの夢フェルメールの旅」という文章もありました。
(フェルメールの絵が、ほんとうにお好きなんですね!)
それにしても、日本といっても南から北まで、ほんとうに広くって
まだまだ、あるところには緑が豊に広がっているように見えました。
そして、いろいろな方々とお目にかかってお話をすることができて
ほんとうに、盛りだくさんな充実した3日間を過ごすことができました。
(いろいろあって、予定より大幅に遅れて夜の11時を過ぎる頃)
すでに家族の眠っている家に着くと…
何があるというわけでもないのに、やっぱり「ホッとする」ものデス!
さて…今度こそ、kirikouの眠る顔を横目で見ながら、旅のお話を終えましょう。
皆様も、夏休みにアチコチへお出かけをする計画がおありでしょうか?
くれぐれもお元気で、良い出会いが訪れますように~!
心より、お祈りしておりますね!
夢のような一週間が行き過ぎて…
まるで「浦島太郎になって、帰ってきたような」心もちで、PCに向かっています。
私も今朝は、できればノンビリとすごしたいと思いつつも
ホントウにひさしぶりに「kirikouと二人きり」の時間を迎えて
いやぁ~、顔を合わせるとア~ダコ~ダと途端にウルサクなりますし
それでなくても、暑くって大変ですから
できるだけ、無駄な接触を避けつつ
「夏休みの通常モード」の過ごし方と
「適度な親子の距離感を模索中」というところでしょうか?
『親と子の間で距離感がいるなんて~?一体全体、どういうこっちゃ~!』というような
お叱りの声もあるかとは存じますが…
子どもとしての私自身のささやかな経験と、
kirikouとの10年ほどの付き合いと成長に伴う変化を重ねる中で
導き出されてきた、ひとつの視点なのかもしれません。
自分自身の親子関係を振り返りだしたら…
もうかれこれ50年の歴史をひも解くことになりますので、
とりあえずそちらは置いておくとして
kirikouも、ちょうど10歳と9ヶ月。
ある意味での、ひとつの変わり目の時期を迎えつつあるところでしょうか?
親子のようでありながら、傍から観ると「まるで姉弟ゲンカをしているような…」
それが「一人っ子」の特徴なのかもしれませんし
どこかしら「似たもの親子」のせいなのでしょうか?
その関係に着目すると…
どちらかの変化に伴って、当然その関係性は変化しますし
どちらかの変化に伴って、もう一方の変化が伴えば、またさらにその関係性は変化します。
ということで、親子関係ひとつとっても
いつも安定な一定の状態でいることは、ありえようもなく…
どこか、ギクシャクしたりすれ違ったりを繰り返しながらも
シーソーのバランスをとるように、お互いに(意識をするしないに拘わらず)工夫をしつつ
ア~ダコ~ダを繰り返すなかで、それぞれのベクトルの合わさった
それなりに安定的な方向へと進んでいくものなのでしょうか?
親子と夫婦…そして、そのそれぞれの親・きょうだい…とつながっていき
さらに、身近な友人や知人や隣人…
そして、その範囲を広げていけば、地球上の果てまでも限りがなくなって
ほんとうに、たくさんの方々との関係性の中に
「いまの自分が生きている」ということを、なにやらしみじみと想いました。
とはいえ、実際にお目にかかってお話を伺ったり
言葉を交わしたりすることができる方というと…
一人の人生の中では、いったい如何ばかりになるのでしょうか?
そんな、大切な貴重な出会いに恵まれて
心よりの感謝の気持が湧いてまいります。
さて、先日参加してまいりました「自閉症協会 全国大会inくまもと」では
かねてより、ブログを通じてお話させていただいたり
いろいろと教えていただいていたオニオンさまと虎右衛門 さまにお目にかかって
直接お話をすることができて、ほんとうに嬉しゅうございました!!
想像していたとおりの、いえそれ以上に素敵で
お優しくって、とっても頼りがいのある大先輩でいらっしゃいました!!
また、いつかきっとお目にかかってお話をさせていただく機会のありますことを
心より、待ち望んでおります。
その全国大会は、流石「自閉症協会」という素晴らしいもので
組織力も親御さんたちのパワーも圧倒的だなぁ…という印象を持ちました。
初日の大会記念講演は、ドナルドマイヤー氏による「「きょうだいの思いと支援」
講師のマイヤー氏は(以下引用)米国きょうだい支援プロジェクトディレクター。障害児・病児のきょうだいのためのプログラムである 「Sib shops シブショップ」を作ったことで、最も知られる。また、マイヤー氏はワシントン大学の拡大家族支援プロジェクト(障害児・病児の父親、きょうだい、祖父母のための先駆的サービス)の創設者でもある。(引用ここまで)
実は、始めたばかりの「はじめのい~っぽ!」でも
きょうだいのこと、ご家族のこと=母親はモチロン、特に父親、
さらにおじいちゃんおばあちゃんのことが話題になっていましたので
プロフィールにもあるように、きょうだいや家族、祖父母のための支援プログラムを
すでに実施なさっているというお話を伺って、そのような支援の重要性を強く感じました。
(ご参考までに、現在は鳥取大学にいらっしゃる井上雅彦先生のHPに
「発達障害児のきょうだいの心理と その心理的支援プログラムについて」の
ご紹介がありました。)
(2日目の大会終了後、以前にチラシを見たことのあった)
横浜でのきょうだい児支援をなさっている方ともお目にかかって
少しだけ、お話をさせていただいて
今後とも、いろいろなことを教えていただけますように、お願いいたしました。
さて、熊本城のすぐ近くの会場で記念講演が終わって…交流会まで少し時間がありましたし
陽射しも高くって、まだかなり暑いので、熊本城に行くのは後にして…
いったんホテルに帰って、一休みしてから
ゆっくりと市電に乗って、また熊本城前の電停まで行きました。
6時を少し過ぎても、辺りはまだ明るくって
「日本列島の西の方に来ているんだなぁ~!」なんてつぶやきつつ
加藤清正公の銅像を眺めながらお城のほうに向かうと、門が閉まっています。(はぜ方門とのこと)
7月19日からは夜間も開放しているようですが、それは別の門らしく
時間もないので、戻っていくと
お堀のような川沿いの芝生辺りに子どもや浴衣姿の方がいらっしゃいます。
伺うと「くまもとお城まつりの走馬灯点灯式」が開かれるとのこと。
「向こうのホテルまで行きたいんですけれど」と聞いてみると
「今のうちなら、通り抜けられますよ。」とのこと。
灯篭(?)が並んでいる先で
お揃いの赤いポロシャツを着た方々が、マイクやイスなどを準備していました。
ついつい、いつものクセで「催しがあるんですね~!」なんてお声をかけると
顔役らしき方が、「ドチラからいらしんたんですか?」と
親しげにお話をしてくださいました。
熊本城の守りが堅固なこと、清正公が優秀な武将としてだけではなく
治水や農業政策にも力を発揮して、領民からとても慕われていたこと
熊本は、阿蘇山系からの豊富な地下水によって、とても水が豊な土地柄であること
清正公から細川のお殿様に代わって、また文化的な意味で発展したことなど
いろいろなことを教えていただきました。
そして、坪井川沿いの長塀の続く緑の芝生の上を、心地よい川風に吹かれながら
ホテルの方へ、ゆっくりと歩いて行きました。
先ほどお話いたしましたように、熊本まで来るきっかけになったオニオン様とも
会場の受付で無事にお目にかかれました!
交流会では、熊本県の療育関係の方々ともお話をさせていただいたり
お名前は伺いませんでしたが、電停の場所を教えていただいた80歳前後のご夫婦の方とも再会して
福岡からいらしていることなど、お話を伺いました。
それから、オニオン様にくっついていって、
マイヤー氏にも「小さいですが、ピアサポートグループを開いています。」と
日本語で申し上げて、通訳をしていただきました。
大きくってニコニコとしていらして、とっても優しいあたたかな印象の方でした。
二日目は、(先に熊本駅に寄って、荷物をロッカーに置いてから)
市電で、会場に向かいました。(以下引用)
分科会1「自閉症を取り巻く人々への支援」
座長: 市川 宏伸 (東京都梅ヶ丘病院院長)
きょうだいへの支援: 川谷 正男 (小児科医)
保護者への支援: 宮内 賀永子 (京都市発達相談員)
保育・教育職への支援: 柘植 雅義 (兵庫教育大教授)
施設職員への支援: 福岡 寿 (長野県北信圏域障害者生活支援センター所長)
医療職への支援: 市川 宏伸 (東京都梅ヶ丘病院院長)
分科会2 「新時代の啓発」
座長: 野沢 和弘 (毎日新聞社)
報道: 神戸 金史 (RKB毎日放送)
政治: 福島 豊 (衆議院議員)
法曹: 辻川 圭乃 (弁護士)
防災: 福田 和臣 (知的障害者更生施設 愛心園園長)
行政等: 野沢 和弘 (毎日新聞社) (引用ここまで)
皆さん、様々な形での自閉症児者との関わりと支援のご経験を豊富にお持ちの方々ばかりで
そのお話は、とても実際的で具体的な内容でほんとうに勉強になりました。
分科会1では、市川先生のお話をはじめて伺うことができましたし
地域での福祉ネットワークが活発に機能している長野県での
素晴らしい連携のお話が伺えました。
会場からの質問の際に、私も手を挙げて
(支援する人を支えることのひとつとして、
「当事者からの声や要望を届けることが大切である」というお話を受けて)
「教育現場や行政に対して、効果的なお願い(要望等を含めて)をするには、
どのようにしたらいいでしょうか?」とご質問いたしました。
柘植先生からは、A4一枚程度にお子さんの「実態・経過・ニーズ」について
なるべく一行程度にまとめて、文章にして持っていって
それを元に、客観的事実を示しながら整理して(学校長?コーディネーターの先生に)
お話をすると良い、と具体的なお答をいただきました。
また、日本では「まだ京都だけ」という(親の会会員が研修を受けて行っている)
相談システムを進めていらっしゃる京都市発達相談員の宮内 賀永子さんから
行政担当者の方とも、正式な交渉の場もモチロン大切ですが
人としての信頼関係や意気に感じてくださる…
というような良い意味での「仲良くなること」も大切なのでは…というアドヴァイスを頂きました。
(質問する際に星槎大学の名前を出したところ、
去年のスクーリングでご一緒した方からお声をかけていただきました!!)
午後は…まずは、おてもやん弁当を持って
「せっかく来たんだから、お城には行かなくちゃ~!」ということで
備前掘を右手に見ながら行幸坂を登って、頬当御門から城内に入りました。
宇土櫓の横の広場に座って、下から眺めるお城は…青空を背にして
ほんとうに勇壮で立派な構えをしていますね!
まずは、木陰のベンチに座って、お城を見ながらお弁当を頂きました。
それから、右手の「闇り通路(くらがりつうろ)」から入って
お城の正面のほうに回りますと、
左手には(西南戦争で攻められた時に焼けてしまった後から、芽吹いたという)
大銀杏が立っていて
その向こうに、ひときわ大きなお城がどっしりと聳え立っていました。
お城の中まで入る時間がなかったので、しばしその場に佇んでから
(お土産にお漬物を買って…)はぜ方門へ向かって石畳を下りていきました。
途中には、特産のアサガオの苗が栽培されていたり
備後椿(?)などの植物も植えてあるようでした。
そして、午後の分科会2では…
(私も以前、大学のスクーリングで観たことのある)
RKB毎日放送で放映されたドキュメンタリー
「うちの子~自閉症という障害を持って~」を製作なさった
神戸金史さんが新聞記者として、「記者の目」にお書きになった
「自閉症児の父として知ってほしい先天性障害」という記事も資料として頂きました。
今は、テレビの報道部デスクというお仕事をなさっていますが
家族が自閉症だから…ということに対しては、厳しく自己規制しながら
多くの方に「自閉症児者のことを如何に伝えるか」ということを、考えていらっしゃるそうです。
(分科会終了後に、ホールの外で神戸さんに
「マスメディアの力は、やはりとても大きいと思いますので
今後も、とても期待しております。」と、お話させていただきました。)
また新聞やテレビ局にお勤めのお二人からは、報道のウラ話も交えながら
ようやく最近になって、自閉症についての正確な理解が進みつつある現状について
また、マダマダ関心の不十分な点などについて、お話がありました。
発達障害者支援法の成立に関わっていらした福島議員のお話を伺うのは、2回目でしたが
やはり、国政の場で議論されることの意味を強く感じました。
弁護士さんの立場からの辻川さんのお話では
自閉症児者や発達障害を持つ人が、事件に巻き込まれたり被疑者になることもあるので、
警察や裁判官の方々にも理解研修等を進めていただけるように働きかけているとのお話がありました。
また福田さんからは
阪神淡路大震災の経験から、災害時の障害のある方々への支援を考えた際に
当事者の方の情報を、普段からきちんと把握して
それをできるだけ円滑に利用できる体制や
福祉避難所の整備を進めることの必要性を教えていただきました。
また、災害時の様々な対応について書かれた
「自閉症の人たちのための防災ハンドブックー支援をする方へー」を頂きました。
いろいろな場面で、きめ細かな支援をしていくことによって
障害のある方々が、少しでも暮らしやすい環境が整うことが望まれます。
(昨年の特別支援士養成セミナーでご一緒した方が
偶然に、前の席に座っていらして、ご挨拶をしました。)
そして…熊本で過ごした充実した2日間が終わって
スッカリ気に入ってしまった市電に乗って、熊本駅に向かいました。
切符も前もって買ってありましたし、
新八代駅でリレーつばめと連絡している「つばめ号」の時刻も調べてありましたので
比較的スムーズに鹿児島の川内駅に向かうことができました。
(ただし、リレーつばめに乗るまで「つばめ」というのが
九州新幹線だということに気づかなかったなんて!!
我ながら、まったくノンキなものデス!)
木を使った座席やソファーの生地の柄や材質など
車内の雰囲気が、どことなく日本風で落ち着いた感じでした。
そこで、「あ~、あれだ!」と思い出したのが…
実は以前、夫の知り合いの方から
水戸岡鋭治著『ぼくは「つばめ」のデザイナー九州新幹線800系誕生秘話』という本を頂いて
読んだことがあったんです。
列車のデザインのお仕事のおもしろさや、その方ご自身の小さい頃からのお話なども
とても興味深くって、特に鉄道好きの方にはオススメです!
それにしても、どうも新幹線に乗ると、こんなにもウキウキとしてしまうのは…
一体、なぜなんででしょう?
小さい頃に乗ったときの想い出が蘇ってくるからなのでしょうか…
田んぼや緑の山なみの広がる風景を眺めながら、あっという間に目的地に着いてしまいました。
気がつくと、ずいぶん長々と書いてしまいましたが
そんなこんなで、夫の叔母の住んでいる薩摩川内市に到着したところで
そろそろ、お話を終えようかと思いつつ
(どことなく、未練がましく)もう少し書いておきたいことといえば…
往きの飛行機が、富士山のほぼ真上を通る航路だったようで
火口付近の白いところも見えましたし
大きな川や濃い緑色のダム湖らしきものや、灰色に光った都市部の様子など
日本列島の中央部を真上から眺めることができました。
それから、機内にあった「翼の王国」という雑誌に
「東京読書引力散歩」やフェア島やシェットランド諸島を訪ねるお話や
(例の海鳥のパフィンのこともありましたっけ。)
福岡伸一さんの「アメリカの夢フェルメールの旅」という文章もありました。
(フェルメールの絵が、ほんとうにお好きなんですね!)
それにしても、日本といっても南から北まで、ほんとうに広くって
まだまだ、あるところには緑が豊に広がっているように見えました。
そして、いろいろな方々とお目にかかってお話をすることができて
ほんとうに、盛りだくさんな充実した3日間を過ごすことができました。
(いろいろあって、予定より大幅に遅れて夜の11時を過ぎる頃)
すでに家族の眠っている家に着くと…
何があるというわけでもないのに、やっぱり「ホッとする」ものデス!
さて…今度こそ、kirikouの眠る顔を横目で見ながら、旅のお話を終えましょう。
皆様も、夏休みにアチコチへお出かけをする計画がおありでしょうか?
くれぐれもお元気で、良い出会いが訪れますように~!
心より、お祈りしておりますね!