夢の羅列<ハエの王様>
つづき。
ふとドアの右横に都合良く虫取り網が立てかけられているのが見え、私は手に取った。
ハエも1匹なら可愛いのだが、こんなにいると生理的に無理がある。
しかし、網なんかいつ買ったのか。まったく憶えがない。
「はっ」と私はヒザ下辺りで網を振った。
ハエはひと塊に群れて飛んでいたため、一気に網に入った。まさに一網打尽である。
網をくるっと返し、逃げられないようにして、さてどうしようか。
とりあえずそのまま激しく振り回してみた。気絶くらいはするだろう。
1分間くらい強く振り回したら、弱ったのか死んだのか、ハエの塊は動かなくなった。
よし、ゴミ袋にでも入れて捨てようと網から出し、コンクリの上に置いた。
なんだまだ生きているのか。ジジジ……などと羽音がする。そして、
私がじっと見ている目の前でハエは10数匹の塊のまま20cmほどふわっと浮き上がった。
驚きとともによく見ると、
なんと一匹だけが懸命に羽ばたいて他のハエたちを脚で抱えたまま飛び上がり
どこかへ逃げようとしているのだ。なんという根性。なんという生命力。
私はこれを見て、ふと先の大戦の南方戦線にて、まるでサイボーグのような
戦闘力と生命力をもって日本はおろかアメリカにおいても伝説と化した、あの
渋谷センター街入口の大盛堂書店創業者、舩坂弘を思い出した。
いや、これはまさしく蠅の王様ベルゼバブに違いない。
蠅に読み方が似ているというだけで蠅の王などと呼ばれた異教の神ではあるが、
ミルトンの失楽園においては、ルシファーに一歩下がりながらも、
男が男に惚れるというような、男子かくあるべしというような発言を遺している。
しかしさすがに群れを抱えては王様も高くは飛べないようで、
ごく低空をゆっくりゆっくり飛んでいく。
現実なら私はその強靭な1匹に免じて、いや免じるほど私も偉くはないが、
まあ一応免じて、そのまま逃がすところなのだが、夢の中の私は
本来の人間的冷たさをストレートに顕すようで、それに
ゆっくりゆっくり飛んでいく何かを網を手にしたまま見逃せるだろうか。
私はあっさりと王様たちを捕まえた。
さて、これをまたどうしようか。
まあ水だな。それしかないな。
でも水に濡れたハエの塊をその後に処理するのもイヤだしな。
もうこのまま竿を折って、網ごと捨ててしまおうかな。
コンクリートジャングル育ちの虫や自然に馴染みのない軟弱な思考では
せいぜいそんな方法しか思い浮かばなかった。
そんなことを考えているうちになぜか足元が冷たくなってきた。
「えっ?」
下を見ると冠水しているではないか。道路が一面、水である。
すでにヒザ上くらいまで冠水している。
ハエどころではない。私は網から手を離した。
網は王様および家来たちとともにどこかへ流れていった。
つづく。
つづき。
ふとドアの右横に都合良く虫取り網が立てかけられているのが見え、私は手に取った。
ハエも1匹なら可愛いのだが、こんなにいると生理的に無理がある。
しかし、網なんかいつ買ったのか。まったく憶えがない。
「はっ」と私はヒザ下辺りで網を振った。
ハエはひと塊に群れて飛んでいたため、一気に網に入った。まさに一網打尽である。
網をくるっと返し、逃げられないようにして、さてどうしようか。
とりあえずそのまま激しく振り回してみた。気絶くらいはするだろう。
1分間くらい強く振り回したら、弱ったのか死んだのか、ハエの塊は動かなくなった。
よし、ゴミ袋にでも入れて捨てようと網から出し、コンクリの上に置いた。
なんだまだ生きているのか。ジジジ……などと羽音がする。そして、
私がじっと見ている目の前でハエは10数匹の塊のまま20cmほどふわっと浮き上がった。
驚きとともによく見ると、
なんと一匹だけが懸命に羽ばたいて他のハエたちを脚で抱えたまま飛び上がり
どこかへ逃げようとしているのだ。なんという根性。なんという生命力。
私はこれを見て、ふと先の大戦の南方戦線にて、まるでサイボーグのような
戦闘力と生命力をもって日本はおろかアメリカにおいても伝説と化した、あの
渋谷センター街入口の大盛堂書店創業者、舩坂弘を思い出した。
いや、これはまさしく蠅の王様ベルゼバブに違いない。
蠅に読み方が似ているというだけで蠅の王などと呼ばれた異教の神ではあるが、
ミルトンの失楽園においては、ルシファーに一歩下がりながらも、
男が男に惚れるというような、男子かくあるべしというような発言を遺している。
しかしさすがに群れを抱えては王様も高くは飛べないようで、
ごく低空をゆっくりゆっくり飛んでいく。
現実なら私はその強靭な1匹に免じて、いや免じるほど私も偉くはないが、
まあ一応免じて、そのまま逃がすところなのだが、夢の中の私は
本来の人間的冷たさをストレートに顕すようで、それに
ゆっくりゆっくり飛んでいく何かを網を手にしたまま見逃せるだろうか。
私はあっさりと王様たちを捕まえた。
さて、これをまたどうしようか。
まあ水だな。それしかないな。
でも水に濡れたハエの塊をその後に処理するのもイヤだしな。
もうこのまま竿を折って、網ごと捨ててしまおうかな。
コンクリートジャングル育ちの虫や自然に馴染みのない軟弱な思考では
せいぜいそんな方法しか思い浮かばなかった。
そんなことを考えているうちになぜか足元が冷たくなってきた。
「えっ?」
下を見ると冠水しているではないか。道路が一面、水である。
すでにヒザ上くらいまで冠水している。
ハエどころではない。私は網から手を離した。
網は王様および家来たちとともにどこかへ流れていった。
つづく。