意外に思えるかもしれないが、もっとも小振りなエノコログサは、これまで紹介したアキノエノコログサなどよりも遅れて日本に到来した。縄文時代にアワとともに渡来したらしい。探さないとみつからないくらい、ほかのエノコログサに負けている。これらのどのエノコログサも、食用にすることができる。手がかかるだろうが、古代ではそれでも貴重な栄養源だったのかもしれない。ただし俳句の世界では、他のすべてのエノコログサの代表として好まれている。「われらみなゑのころ草のやうなもの 亭午 星野麥丘人」。
(2019-09 川崎市 道端)
エノコログサ(狗尾草、学名:Setaria viridi)は、イネ科エノコログサ属の植物で、一年生草本である。ブラシのように長い穂の形が独特な雑草である。
夏から秋にかけてつける花穂が、犬の尾に似ていることから、犬っころ草(いぬっころくさ)が転じてエノコログサという呼称になったとされ、漢字でも「狗(犬)の尾の草」と表記する。ネコジャラシ(猫じゃらし)の俗称は、花穂を猫の視界で振ると、猫がじゃれつくことから。逆に猫をじゃらす、草状のものを「お遊び草」と呼ぶようになった。穀物のアワ(粟)の原種とされ、交雑もよくおこる。
分布
全世界の温帯に分布する。日本でも全土の日当たりのよい畑地、荒地に分布する。縄文時代前半まではなく、日本にはアワ作とともにアワの雑草として伝わったものと推測される。
特徴
草丈は40cm - 70 cmになる。茎は細く、基部は少し地表を這い、節から根を下ろす。夏には茎が立ち上がって伸び、先端に穂をつける。
葉は匍匐茎にも花茎にも多数ついており、最大20 cm位、イネ科としてはやや幅広く、細長い楕円形、薄く、緑色でつやがない。茎を包む葉鞘と、葉身の境目につく葉舌は退化して、その部分に毛だけが残る。また、よく葉が裏表逆になっている。葉の付け根でねじれて、裏側が上を向くもので、そのような葉では、上を向いた裏側の方が濃い緑でつやがあり、下を向いた表側の方が、裏のような様子になる。
花序は円柱形で、一面に花がつき、多数の毛が突き出すので、外見はブラシ状になる。イヌビエなどの穂から出る毛は、小穂を包む鱗片(穎)の先端から伸びる芒であるが、エノコログサの場合、この毛は芒ではなく、小穂の柄から生じる長い突起である。
群生
利用
現在は、一般的に食用としては認識されてはいないが、アワ(粟)の原種であるので食用に使える。基本的に穀物であるので、粟やほかの穀物同様、種子の部分を脱穀・脱?して食用とする。近代以前の農村では、飢饉の際にカラスムギなどと共にこれを食用としたこともあった。オオエノコロは粟の遺伝子が流入しているので食用に供しやすい。
食用とする場合、エノコログサは脱粒しやすいのではたきなどで叩き落としざるで受けるのがよい。脱穀したのちすり鉢ですりつぶし、水選する。食べるときはアワと同様、粒のままでも製粉しても食べられる。
また、猫じゃらしの名の通り、これを用いて猫をじゃらすことができる。
狗尾草 の例句
うらがれてきてはゑのころぐさらしき 岸田稚魚
えのころの上手に枯れを見せにけり 岸田稚魚
お習字の濡れてゐる間のゑのころよ 波多野爽波
この秋の肋の痩や猫じやらし 石田波郷
なつかしきゑのころぐさを見しばかり 加藤秋邨
なにもなき坂ゆゑ狗尾草を手に 亭午 星野麥丘人
はにかめるごと銀の雨猫じやらし 佐藤鬼房
みちのべの狗尾草も野分かな 三橋鷹女
われらみなゑのころ草のやうなもの 亭午 星野麥丘人
ゑのころと頷きあうて軽患者 鷲谷七菜子 一盞
ゑのころのくすぐつたいぞ牛の鼻 石田勝彦 秋興以後
ゑのころや恋にはいつも敵役 岡本眸
ゑのころや船降りて来て眼鏡拭く 岡本眸
ゑのころ草男ばかりを逝かしめぬ 星野麥丘人
世阿彌忌やこのもの狂ひ猫じやらし 森澄雄
乾きゆくくさやの臭ひ猫じやらし 清崎敏郎
五月晴ゑのころ草の穂は曲る 飯田蛇笏 山響集
人住めるところ肥えをり猫じやらし 右城暮石 一芸
冬焦土萱.猫じやらし.竹煮草 森澄雄
夕映の草ゑのころもかやつりも 藤田湘子 てんてん
夢いくつ見て男死ぬゐのこぐさ 能村登四郎
大猫の棄場とわかり猫じやらし 阿波野青畝
太陽の金にあやかる猫じやらし 鷹羽狩行
女郎花ゑのころ草になぶらるゝ 野童
巌蔭にばかり嵐の猫じやらし 石田波郷
川越のゑのころ草になつかるる 燕雀 星野麥丘人
干烏賊の足のもつるる猫じやらし 清崎敏郎
新涼の机辺ゑのころ草を挿す 山口青邨
日曜の露おもたしや猫じやらし 石田波郷
朝夕を寒露となりし猫じやらし 森澄雄
木曾に入る秋は焦茶の猫じやらし 森澄雄
標高千米の道猫じやらし 右城暮石 句集外 昭和三十七年
歌枕ゑのころ草に碑を据ゑて 富安風生
汽笛とおし伸べし脚間の猫じやらし 古沢太穂 三十代
浜ははやえのころ草の穂に出でて 清崎敏郎
浦上のゑのころ草の日影かな 燕雀 星野麥丘人
海せまる関址や風の猫じやらし 角川源義
湖のいろゑのころ草も枯れに入る 森澄雄
犬の塚狗子草など生えぬべし 正岡子規 狗尾草
猫じゃらし見つつ暫く慰みき 相生垣瓜人 負暄
猫じやらし不愛想にもそと触れて 香西照雄 対話
猫じやらし二人子の脛相似たり 石田波郷
猫じやらし吾が手に持てば人じやらし 山口誓子
猫じやらし水をやるのに枯れて行く 永田耕衣
猫じやらし痴呆といふは眩ゆかり 斎藤玄 狩眼
猫じやらし絮まで枯れてをりにけり 清崎敏郎
猫じやらし脳裡にも水流れをり 森澄雄
猫死んでしづかにしづかに猫じやらし 加藤秋邨
秋はまづ街の空地の猫じやらし 森澄雄
空き地の子ゑのころ草をまぶしめり 細見綾子
空き腹にゑのころ草の従きくるよ 佐藤鬼房
老いて得し知己大切にゐのこぐさ 能村登四郎
胸の手に風とどまるや猫じやらし 岸田稚魚 負け犬
自動車路尽きて一面狗尾草 右城暮石 虻峠
臼しらぬゑのころ草もけさの市 鈴木道彦
草紅葉してゑのころも活けらるる 稲畑汀子
裏側はゑのころばかり蜜柑山 岡本眸
辛抱よ辛抱雨の猫じやらし 林翔
道傍にゑのころ草や希典忌 星野麥丘人
闖入ブルージンは大股 えのころ草 伊丹三樹彦
雨の貨車過ぎをり雨の猫じやらし 石田波郷
露けさに道うしなへり猫じやらし 水原秋櫻子 餘生
青く白く風百態の猫じやらし 山田みづえ 手甲
風木瓜をゆするに帯の猫じゃらし 橋閒石 無刻